第12話 見守る者(side狼の長)
残酷な描写、差別的発言、BL表現があります。
お気をつけください。
狼の長視点です。
黒竜様はいつも寂しそうだった。
その巨躯のために森へ降りることも叶わず、また、常に纏う竜の気のために殆どのものが恐れ近づくことができない。
常に孤独。
黒竜様は、洞窟の奥でひっそりと静かに棲んでいた。
先代の長に連れられ初めてお会いした時、その尊さに畏怖し、その孤独に心が震えた。
私は良い長ではなかったと思う。
群れを率いまとめ上げてはいたが、私の胸の内にはいつも黒竜様を案ずる思いがあった。
北にあれば黒竜様の元に馳せ、旅先で知りえたことを面白おかしく話し、南に下っている時は黒竜様の孤独を癒す存在が現れることを祈っていた。
何度それを繰り返したことだろう。
その年、いつものように帰還の挨拶に向かった黒竜様の元に一人の人間がいた。
いや、人間なのだろうか。
奇妙な形の衣を身に着けた、人にはありえない双黒の少年。
そう、人にはありえないのだ。
黒髪の者は少なくはあるが最下層の人々の中に見られることもある。
だが、黒い瞳は無い。
魔族の中には黒き目を持つモノがいると聞いたこともあるのだが・・・
このように美しい色をしているものだろうか?
射干玉の髪、長めの前髪の間から覗くきらめく黒曜石の瞳。
人が忌み色と嫌悪する黒を二つ身に付けた少年は当たり前のように黒竜様に寄り添っていた。
少年の名は西島透流。
黒竜様が教えてくれた。
異国の不思議な言葉を話し、黒竜様と楽しげに会話をする。
私には何を言っているのか理解し難くはあったのだが、その明け透けな表情や行動でおおよその見当が付いた。
根が素直なのだろう。
まっすぐに黒竜様への好意を示し、そして、黒竜様も少年を慈しんでいた。
黒竜様を癒す存在がついに現れたのだ。
――長、この者は小さく弱い。お前の牙や爪でたやすく命を落とすであろう――
懐でぐっすりと眠る少年を愛しげに見つめたまま黒竜様は静かに語り始めた。
――初めてこの者が我の前に現れた時から我はこの者に惹かれていた――
それは本当に優しい声で、
――我が心から欲しいと思った存在が、この者、透流なのだよ。我は透流を失いたくは無い――
聞いている私のほうが切なくなるようだった。
――我が守るにも限界がある。長よ、我の力が及ばないところはお前が守ってはくれないだろうか?どうか頼む、透流を守ってくれ――
初めの頃、透流様を守っていたのは黒竜様から託されたためだった。
しかし、毎日のように行動を共にするに従い、私も透流様の為人に惹かれていった。
こんなにも真っ直ぐで綺麗な気質の者がいるだろうか。
得難い存在、それが透流様だ。
私は自らの意思で透流様をお守りしようと誓った。
秋の終わりまでには次の長候補への引継ぎを終え、長を辞することに決めた。
この命が終わる時までお二方の傍にいようと決めた。
☆
その日、透流様と私は守護結界の近くまで遠出をしていた。
黒竜様も私も結界に近づくことは反対なのだが、透流様は
「大丈夫だよ、モーリオンの結界のこと信じてるし、長も一緒だ。それにさ、十分余裕で逃げられるだけの距離はとってるよ。オリンピックに未開の森の中を走る競技があれば金メダル間違いなし!」
そう言って得意気に笑うだけ。
黒竜様からそれを聞いたとき、オリンピックなるものが何かはわからないが、私たちに対する絶大な信頼が伺えて嬉しかったのを覚えている。
仕方がない、事が起きるようなことはめったにないとは言え何があるかわからないのは確かだ。
その時は、全力でお守りしよう。
人間の美醜はよくわからないが、透流様はとても愛らしい方だと思う。
今も異国の言葉で異国の歌を口ずさみながら釣をしている。
歌を口ずさむのは無意識の行動らしく、以前黒竜様がそれを指摘したら透流様はそれからしばらくは歌を歌わないように気をつけていた。
まことに残念なことだ。
それ以来、私たちは黙って聞いていることにしている。
のんびりと時が過ぎる。
異国の不思議な歌と風が揺らす木々の葉擦れの音。
その中に不穏な音が混じる。
まだ遠いが、人間の声だ。
私はそっと体を起こすと透流様に気が付かれないようにその場を後にした。
森の中を気配を消しつつ進む。
聞こえてくるのは耳障りな男の声と弱々しい子供の悲鳴?
気になるのはわずかな血臭。
身を低くし、気配を消し、藪の中から窺うと3人の男がいた。
そして、横たわる全裸の少年。
艶の無い伸び放題の黒髪を散らし、光を失った空色の目には何も映していない。
少年は死んでいた。
痩せ細った体に纏いつく臭いで何があったかは察せられる。
「・・・っまったく、普通死ぬまで犯るか?」
杖を肩に持たせ掛け座り込み手の中の魔宝石を玩んでいる魔法使いらしい男。
「お前の所為で荷物持ちがいなくなっちまったじゃねぇか」
その横に胡坐をかき大剣の手入れをしている剣士らしき男。
「しょうがねぇだろう?この森に入ってから2週間、最後に女を抱いてからはどれだけ経ってると思ってるんだ?溜まるじゃねぇか」
3人目は死体の横で身繕いをしている男。
「それくらい我慢できないのか?」
「できねぇなぁ」
呆れたような魔法使いの声に下卑た声で答える。
「まだ足りねーくらいだぜ」
嫌な声だ。
「お前だけだろ、そんなヤツは」
「まったくだ、こんなガキに手を出して挙句の果て犯り殺すとはな」
「うるせぇな、べつにいいだろうが。どうせ荷物も少なくってきたことだし連れまわしても邪魔になるだけだ。それに忌み色だ。最後に気持ちよくひーひー言いながら死ねたんだからお釣が来るだろう?」
男は二人の前に座ると荷物から大剣を取り出した。
「気持ちよく・・・ねぇ?」
「なんだよ、一緒に旅してきたから愛着でもわいてたのか?」
「あんな汚いガキにそんなわけあるか、気持ちが悪い」
「確かにな。よく抱く気になったと尊敬するぜ」
「ふん、つっこめりゃ忌み色なんざ関係ねぇ」
二人の仲間の言葉を鼻で笑い鞘走らせた大剣は魔力を帯びていた。
この3人の魔力は低い。
3人合わせたとしても結界を抜けることはできないだろう。
しかし・・・・・・
魔法使いの持つ魔宝石とこの男の持つ魔力を帯びた大剣が気になる。
「よし、出発するぞ」
「おいおい、もう行くのか?」
「俺たちは十分休んだからな」
「休まないで遊んだお前が悪い」
「チッ、しょうがない、行くか」
「荷物はちゃんと持てよ」
「あぁっ?俺の分多くねぇか?」
「「お前が悪い」」
「チッ」
男たちは腰を上げた。
たぶん大丈夫だとは思うが、用心に越したことはない。
放置された少年の死体を一瞥し、私は素早くそこを離れた。
魔法使いの持つあの魔宝石は魔力を溜めておくものだった。
あの大きさだといっきに全開放したら守護結界を破るかもしれない。
破るには結界を認識する必要があるのだけれど。
そしてもう一つ。
あの大剣。
あれは竜殺しの剣の可能性が高い。
嫌な予感がする。
杞憂に終ればいいのだが・・・・・・
☆
「おかえりー・・・って、手ぶら?狩に行ってたんじゃなかったんだ」
戻ると、透流様はニコニコと私を迎えてくれた。
纏わり付く腐臭がいっきに払拭された気がする。
これを癒される・・・と言うのだろうか。
などと和んでいる場合ではない。
あの男たちはこちらに向かっていた。
早くここを離れなければ。
私は透流様の袖を引いた。
「ん?何?」
嫌な予感が消えない。
私はさらに袖を引いた。
「何かあったのか?・・・・・・んじゃ帰るか、結構釣れたしね」
透流様は帰る準備を始めた。
人間たちの気配はさらに近づいてくる。
早く、急いで!
透流様が立ち上がるのを確認すると、私は先行して帰り始めた。
そう、気が急いたために先行してしまったのだ。
いきなり結界に向かって透流様が駆け出した。
それに気が付き振り返ったとき、すでに透流様は結界を出てあの人間たちと対峙していた。
なんということだ!
踵を返し、透流様の元へ急ぐ。
人間が剣を透流様に向けた。
魔宝石をかざしている。
竜殺しの剣も抜かれた。
間に合ってくれ!
一気に駆け抜け、透流様を飛び越えいちばん近くにいた剣士に襲い掛かる。
「何だ!?この狼は!!」
「くそっ!邪魔だ!!」
守らなければ!守らなければ!!
「雷よ悪しきモノを撃て!」
「長!だめだ!逃げて!!」
透流様の声にかろうじて魔法攻撃を避けたものの、剣で背中からわき腹にかけて切られてしまった。
「ギャンッッ!」
無様にも声を上げてしまう。
「長!!」
透流様が私の元へ駆けてくる。
来てはいけない!早く逃げて!!
声が、言葉が伝わらないのがもどかしい・・・・・・っ!
「滅びよドラゴン!!」
透流様の背後で掲げられた魔宝石が強い光を発した。
とっさに目を閉じる。
閉じていても焼け付くような光。
轟音が聴覚を奪う。
光が収まり目を開けると、私たちの周りを残し、森は破壊されていた。
聴覚を奪われた無音の世界。
私の目の前で竜殺しの剣で貫かれる大切な存在。
なんということだ・・・なんということだ・・・っ!!
私は・・・守れなかったのか!?
流れ出る赤と共に失われていく命。
必死に近づこうとするが下半身が動かない。
意識がぶれる。
黒竜様!どうか、どうか透流様を助けてください!
地に散らばる艶やかな黒髪、徐々に光を失ってゆく黒い瞳。
打ち捨てられていた少年が重なって見える。
嫌だ・・・嫌だ・・・失いたくない!
透流様!透流様!
振り上げられた剣がきらめいたその時、
――透流ーーーーーーーーっっ!!!――
黒竜様の悲痛な叫びが響いた。
☆
一瞬のことだった。
黒竜様の翼の一振りに吹き飛ばされた人間たちは、次いで放たれた炎の息吹によって森と共に一瞬で掻き消えた。
静寂が辺りを包む。
何も映さない黒い瞳。
鮮やかな命の輝きを失ってしまった小さな体。
私は霞む目で透流様を見つめた。
取り返しのつかないことをしてしまった。
私は償いきれないことをしてしまった。
わずかに残る意識、私の心は後悔で満たされる。
このまま死ねば私は魔物となるだろう。
――透流・・・透流・・・・・・・・・――
黒竜様の哀しい声。
申し訳・・・申し訳ございません。
私が付いていながら・・・・・・
もう、私の声は黒竜様に届かない。
薄れ行く意識の中、私は黒竜様の強い声を聞いた。
――透流・・・・・・死なせはせぬ。我はお前を死なせはせぬぞ!――
黒竜様の体を淡い光が包み、その光は透流様へと注がれ包み込む。
あぁ、よかった・・・・・・
透流様はきっと大丈夫だ。
これからもお二方は共に生きる事ができるのだ。
後悔はあるものの、私は安堵の息をつくと命の全てを手放した。