第10話 浩輔の場合
浩輔の場合。
捕らえるつもりで捕らえられたのは俺だった。
☆
祖父は元代議士、家は資産家。
そんな環境で育った俺は、ガキの頃、どうしようもない嫌なヤツだった。
祖父や金目当ての大人たちにちやほやされ、天狗になっていた。
普通の子と同じように育てようと入れられた幼稚園でも大人の思惑は付いて回り、取り巻きに囲まれてお山の大将を気取っていた。
思い通りにならないものなんてない。
俺の存在は絶対である。
そんな驕りを、高くなりすぎた鼻をへし折ったのが透流だ。
幼稚園の年中の初夏、透流は俺の前に現れた。
園庭の隅で透流は泥団子を作って遊んでいた。
その団子は綺麗に丸く、つやつやとしていた。
何度団子を作ってもうまくいかなかった俺はそれが欲しくて取り巻きの一人を使って透流からそれを取り上げようとした。
その時まで、俺の命令は絶対で欲しいものは望めば簡単に手に入るんだと思い込んでいた。
透流が拒否するなんて思ってもいなかった。
「どうしてあげなきゃいけないの?」
そんな声が聞こえてきて、俺は頭に血が上った。
近づくとしゃがみこんでいる透流の側に立ち威圧するように見下ろし
「それをよこせ」
命令する。
「どうしてあげなきゃいけないの?」
大きな黒い目で俺を不思議そうに見る。
イライラした。
思い通りにならない透流に腹が立った俺は
「いいからよこせ!」
無理やりそれを奪おうと手を伸ばし、弾みで団子を跳ね飛ばした。
「「あっ!」」
泥でできた団子はあっけなく割れた。
立ち上がった透流は大きな目に涙を溜めて俺をにらみつけてきた。
その目に怯みつつも
「お前がそれをよこさなかったから割れたんだ!」
俺は透流に責任があるかのように言い放つ。
「だから、どうしてあげなきゃいけないんだよ!?」
唯々諾々と従うことしかしない取り巻きしか知らなかった俺は反抗する透流への怒りが増した。
「俺は偉いんだぞ!おまえなんかおじいさまにいいつけてここに居られなくしてやる!」
俺の言葉に取り巻きも「そうだそうだ、こうすけくんのおじいさんはすごいんだぞ、家だってすっごいお金持ちなんだぞ!」と同調し、透流を囲んで「こうすけくんにあやまれ!」と煽り立てる。
俺は鼻で笑い勝ち誇ったように透流を見たが、透流はまったく怯まず、キョトンと俺を見上げていた。
「えと、それって・・・コースケくんのおじいさんがえらくておうちがおかねもちなだけで、コースケくんがえらくておかねもちってことじゃないよね?」
目から鱗と言うのはこのことなんだと始めて実感した瞬間だった。
いや、そんな難しい言葉なんて知らなかったけれど。
舌足らずでたどたどしい話し方ではあったけど、俺をまっすぐ見て疑問系ではあるがきっぱりと言う透流のことを欲しいと思った瞬間でもあった。
俺たちが仲良くなるのはあっという間だった。
媚びる事も無く真っ直ぐに俺に接してくる透流の存在が気持ちよかった。
クルクルと表情を変え楽しそうに俺のことを引っ張りまわして・・・・・・
透流に出会ったことで俺は本当に子供らしくすごすことができたんだ。
小学生になって俺と透流二人の世界に朱里が加わった。
初めて会った時、あまりの美少女っぷりにすごく驚いたことをなんとなく覚えている。
なんとなく・・・と言うのには訳がある。
その後の印象のほうが強いんだ。
俺と透流が話していたらいきなり透流の腕を取り俺の事をにらみつけて地を這うような声でこう言った。
「透流くんは私のなんだからね」
その視線と声に俺は人生初めての本当の恐怖というものを味わった。
俺と透流と朱里。
朱里はモデルの仕事でいないことの方が多かったけれど3人で行動することが増えた。
俺と朱里にとって、透流の存在は絶対で。
依存してるとも言えるほどの執着。
俺たちに向ける透流の笑顔を誰にも見せたくなくて前髪を伸ばさせた。
他のヤツと話しているのが嫌で見かけるとすぐに引き離した。
ひどい執着心だよな。
その所為なのかはわからないが、小3の頃から透流はあまり笑わなくなった。
小中学校では友人らしい友人は俺と朱里の二人だけだったように思う。
高校になって何人か言葉を交わす友人はできたようだが・・・
俺と朱里の透流に対する執着は年々強くなっていく。
透流はそんな俺たちに気がついているのかいないのか・・・・・・
けれど透流を手放すなんてことはできない。
俺と朱里はライバルで共犯者。
二人掛かりで透流を縛り付けている。
そう、思い込んでいた。
☆
鮮やかな笑顔を浮かべて遠ざかる透流を見た瞬間、捕らえられたのは俺なんだと理解した。
透流は俺たちがいなくても生きて行ける。
だが俺は?朱里は?
透流が居なくてはダメなんだ。
「透流・・・・・・」
ギリッ・・・っと歯を食いしばる。
朱里がこっちを見たような気がするが、俺は透流を見つめ続けた。
絶対に、この手に取り戻してみせる。
どんな姿になろうとも、透流という存在をこの手に取り戻す!
そう決意した時、強い光が俺たちを包みとっさに目を閉じた。
軽い衝撃があり、落下が止まった。
頬に当たるざらついた感触はコンクリート?石?
目を開き、回りを確認する。
腕の中の朱里も半身を起こしたようだ。
朱里の手を引き一緒に立ち上がる。
薄暗い、石造りの・・・これは神殿か?
すぐ背後に祭壇らしきものと石畳の床に淡く光る魔方陣のようなもの。
ふと脳裏を過ぎるのは透流に薦められて読んだライトノベル。
荒唐無稽な異世界ファンタジー。
頭を使わないでも読めてしまう軽めのストーリーとともに
「そこが面白いんだろう?」
そう言ってクスリと笑う透流の顔が浮かんできた。
釣られて緩みそうな頬を引き締め視線を前に戻す。
そこには8人の人物がいた。
全員外国人。
いや、この場合、外国人なのは俺たちのほうか。
金や銀、赤茶色の髪。
薄い色彩の目を驚いたように見開いてこちらを見ている。
中世ヨーロッパを髣髴とさせる衣装。
真ん中で銀色の髪の女が祈るように膝を付いている。
なるほど、そういうことか。
俺が理解するのと同時に朱里も理解したようだ。
纏う雰囲気が剣呑なものになる。
たぶん、思っていることは俺と同じだ。
こいつらの所為で俺たちはここに来た。
怒りのために震えている朱里の肩を抱きよせ軽く背中を叩きなだめる。
見返してきた怒りを孕む朱里の目を覗き込み俺は軽く頷いた。
視線を戻すとハッとした様に女が身じろぎ俺を見つめ唇を開く。
聴いたことの無い、だが意味がわかる不思議な言葉で女はこう言った。
「救世主様・・・・・・」
知らず、俺の口角が上がる。
どういった作用なのかはわからないがこの世界に透流がいることがわかる、かすかだが、透流を感じる。
OK。
救世主だろうが勇者だろうが魔王だろうがなんにでもなってやるよ。
透流を取り戻すためにお前らを利用しつくしてやる。
話がちょっと短めなので連続投稿です。
すみません。