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ペットな王子様 番外編集  作者: 水無月
短編集
9/12

出会い ラウルVer.

「こんな複雑な魔法、いくら私でも解除できないかもしれないな」

 そう言った父上の笑顔が、その時ばかりは悪魔の微笑に見えた。

 あれから数日、俺はか弱い小さな子猫の姿で異世界を彷徨っていた。



「ふみゃぁ…」

 無理やり抱かれた腕から必死に逃走し、ようやく巨漢な女性の気配を感じなくなったところで、俺はため息をついた。

 しかし、口から漏れるのは子猫の鳴き声…。

 そろそろこの姿にも慣れてきたが、やはり人の姿の方がよい。

 一刻も早くもとの姿に戻りたかったが、なかなかいい相手が見つからなかった。

 猫になっても隠し切れない俺の愛らしさに惹かれ、声をかけてくるものは数知れない。

 だが、いくら俺が女性に優しく心の広い男だったとしても、鼻水をたらしたお子様や、この小さな身体が埋もれそうなほどたぷたぷしたお腹のご婦人と真実の愛を見つけられる自信はない。

 相手を惚れさせる自信はあるが、自分が愛する相手は選びたかった。


 しかし……。


「みぃ…」

 少し歩いたところでふらっとし、思わず小さな声をあげてその場にしゃがみこんだ。

 この異世界に来てからろくな物を食べていないし、身体が休まるところで眠ることもできていない。

 さすがの俺も、徐々に体力を失っていた。

 魔法が使えればまだいいのだが、こちらの世界では魔法の元となるマナが少ないうえに、この身体では簡単な魔法すら発動できない。

 このままでは相手を見つける前に倒れそうだ。

 力尽きれば、さすがに父上も助けてくれるだろう。

 だが、それは悔しい。

 たとえどんな無理難題だろうと、未来の国王としては与えられたものは自分の力で解決したかった。

「みゃう!(よし!)」

 気合を入れて、すっくと立ち上がる。

 しかし、そんな俺に無常にも冷たい雨が降り注ぎ始めた。

 しかたなく、雨をしのげる場所を求めて歩き始める。

 魔法を解いてもらう女性を探している間に、この辺りもだいぶ歩き回った。

 せっかく母上の生まれ育った世界に来たのだからと、色々と観察もしている。

 だから、なんとなく雨風がしのげる場所はわかっていた。

 わかっていたのだが、たまっていた疲れと気温の低さ、そして雨に体温を奪われ、途中で身動きが取れなくなってしまった。

 道の片隅にうずくまり身を震わせながら、徐々に意識が遠くなる。


 このままだと、本当に危険かもしれない…。


 そう、思ったときだった。


「君も一人なの?」


 寂しそうな声が、俺の耳に入った。

 『君も』という事は、声の持ち主も一人なのかと、朦朧とした意識の中で思う。


「大丈夫?」


 気遣う声が聞こえたかと思うと、冷たい手が俺を包んだ。

 そして、そのまま声の持ち主に抱きしめられる。

 俺と同じように、冷え切った体。

 だが、声の持ち主は俺を温めようとしてか、優しくその背を撫でてくれた。

 ふわりといい香りがする。

 心地よい、匂い。

 まるで母上のようだと思った。

 思わず、力の入らぬ手で彼女の服にそっとしがみつく。

 そしてうっすらと目を開けて彼女を仰ぎ見ると、寂しそうな瞳に出会った。

 今にも壊れそうな、悲しみに満ちた瞳。

 レンと同じ年頃の女子だった。

 残った力を振り絞れば、逃げ出すことも出来るだろう。

 だが、今にも消えてしまいそうな自分よりも、こんな俺を心配している彼女を、俺は放っておく事ができなかった。


「一緒にいこ」

「にゃぁ(仕方がない、一緒に行ってやろう)」


 寂しそうな微笑みを浮かべて俺にそう声をかけた彼女に答えたが、猫語では意味は通じなかっただろう。

 だが、彼女は了承を得たと感じたらしく、今度は嬉しそうな笑みを浮かべると、俺を腕に抱きながらゆっくりと歩き出したのだった。


 


「ここが私のうちだよ」

 彼女はそう言うと、小さな家の中に俺を連れ込んだ。

 それから自分より先に俺をタオルで包み込み、優しく全身を拭いてくれた。

 そして俺をタオルに包んだままばたばたと動き回ると、少しして俺の目の前に皿を置いた。

 よい香りが、ぼぅっとした俺にもそれが食物だと教えてくれる。

 もそもそと温かかったタオルを抜け出して、皿の前に立つ。

 皿の中にあったのは、白い液体。

 それは、どう見ても皿に注がれたミルクだった。


 ラスティーダ王国の王子である俺に、コップではなく皿に注がれたミルクを飲めというのか…。


 そう思って目の前に座る彼女を見上げると、無邪気な微笑を返された。

 そして、温まった彼女の手が俺の頭をそっと撫でる。


「どうぞ、黒猫さん」

「にゃー(仕方がない…)」


 人の好意を無にするものではない。

 それに、先ほどよりもいい笑顔を浮かべた彼女を、再び悲しそうな顔にさせては男が廃る。

 俺は意を決すると、皿に注がれたミルクに口をつけた。

 だが、思いのほかに美味い。

 相当空腹だったのか、この姿だと味覚が違うのかわからないが、気がつけばどんどん皿の中身は減っていった。


「美味しい?」

「みゃー(まーまーだな)」


 そう答えると、彼女は再び嬉しそうに微笑み、俺の頭を優しく撫でた。

 それから、彼女は俺と共に風呂に入ると、すぐに俺を抱いてベッドへ連れて行った。


「名前は、明日考えようね」

 

 お前が考えなくとも、ラウルという立派な名前がある。

 そう言う前に、彼女は俺を柔らかな胸に抱いたままベッドに横になった。

 そして、すぐに目をつぶる。


「おやすみ」

「にゃー(うむ。ゆっくり休めよ)」


 彼女も疲れがたまっていたのか、おやすみの言葉の最中で半ば眠りに落ちているようだった。

 目を閉じ意識が遠のいているような状態で、俺を引き寄せるとその唇をそっと俺の額に押し当てる。


 俺を、人の姿に戻すためのキス。


 身体が光に包み込まれると共に、俺は人の姿に戻った。

 だが、彼女は既に眠りに落ちていたらしく、それに気づいた様子もない。

 すやすやと眠る彼女を、俺はそっと抱きしめた。

 

 自分も壊れそうな瞳をしていたのに、俺を助けようとしてくれた彼女。

 見た目も十分合格点だし、この娘ならば、愛せるような気がした。

 

「何があったか知らぬが、ゆっくり休め。俺が、傍にいてやろう」


 眠る彼女にそう言いながら、長い髪をそっと撫でる。

 少し微笑んだように見えた彼女の寝顔を見ているうちに、俺もいつの間にか眠りに落ちたのだった…。



END


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