黒猫王子と弟 6
夜。蓮にたくさん遊んで貰ったからか、夕方の一件で精神的に疲れたのか、柾は私がお風呂から出てくるのを待ちきれず、自分の部屋ですやすやと眠りについていた。
おかげでラウルは人の姿でゆっくりと入浴でき、機嫌がいい。
「あいつもなかなかやるな」
ずっと猫の姿にさせているお詫びに髪を乾かしてあげていると、ラウルは口元に笑みを浮かべてそう言った。
「まだ子供なのに、なかなか勇気がある。オレの弟になるのにふさわしいな」
「年齢変わらないと思うんだけど」
ぼそっとつっこんだ私の言葉はドライヤーの音にかき消され、ラウルの耳には届かなかったようだ。
録画しておいたラウルのお気に入りのテレビ番組を見ながら、へたくそな鼻歌を歌っている。
そんなラウルを見て、私は目を細めた。
夕方の一件以来、二人は互いを気に入ったようだった。
家に帰ってきてからは、柾はずっとラウルを抱いたまま褒めちぎっていたし、黒猫はその腕に大人しくおさまって満足そうに喉をならしていた。
協力して私を守ったことで、友情らしきものが生まれたのかもしれない。
「はい、終わり」
ドライヤーを止めると、ラウルは振り返って口元に笑みを浮かべた。
「うむ。ありがとう」
「どういたしまして」
お礼をちゃんと言えるようになったラウルの頭をなでると、私は立ち上がってドライヤーを戻しに行った。
その後を、何故かとことこついてくるラウル。
「何、ラウル?」
振り返って尋ねると、ラウルは私をじっと見つめながら口を開いた。
「いっそのこと、あやつの前で人の姿になるのはどうだ?」
「無理」
「むぅ…」
即答した私に、不服そうな声を漏らすラウル。
ぷぅっと膨れ、半眼になる。
「何故だ。いいではないか。弟になるのだから、いずれはわかることであろう?」
「いや、弟になるとも限らないし」
「人の姿ならば、ゲームも一緒にできるではないか」
私の返答にさらにふてくされた表情のラウルの言葉に、私は思わずくすっと笑う。
それに、唇を尖らせるラウル。
「何を笑う!」
「いやいや、微笑ましいなと思って」
「ぬ?」
私が笑った理由がわからなかったのか、眉をひそめるラウル。
「さ、そろそろ寝るよー」
私はドライヤーを片づけると、ラウルの背中を押して部屋に向かわせる。
話をそらされてむっとしているが、ラウルは素直に歩き始めた。
「何故ダメなのだ」
まだ引き下がらないラウルに、私は苦笑を浮かべた。
「うっかり柾が両親に話しちゃったら、柾も私も心配されて、あっちに連れてかれちゃうわよ」
いくらしっかりしてるとは言っても、柾はまだ子供だ。
ラウルの正体はむしろ私より素直に受け入れそうだが、口止めしたとしても、あまりにファンタジーな出来事についうっかり口を滑らせる可能性は高い。
両親の耳にそんな話が入ったら、急に子供じみたことを言い始めた柾もどうしたのかと心配されるし、私も一人暮らしの寂しさでおかしくなったと思われかねない。
「むぅ…。それは困るな」
「でしょ?だから柾と遊ぶのは猫の姿で我慢してね」
「むぅ…」
そのままラウルは、諦めたように黙って部屋に戻った。
ちょっぴり可哀想だが、こればっかりは仕方がない。
柾の事を気に入ったラウルは、人の姿で柾と遊んでみたかったのだろう。
こっちの世界に来てからは同年代の子と会う機会などなかったから、興味を持ってくれたならできれば遊ばせてあげたかったが…。
「あ、そっか」
「ぬ?」
ふと思いつき声を漏らすと、ラウルはベッドに腰掛けながら私を見上げた。
そして、小首を傾げる。
「なんだ、ヒナタアオイ?」
「いや、柾と遊ぶだけなら方法はあったなーと思って」
「どんなだ?」
少し嬉しそうに目を輝かせるラウル。
どうやらかなり柾と遊びたかったらしい。
私はくすっと笑うと、ラウルの隣に腰を下ろした。
「またちょっと、蓮に協力してもらえばいいのよ」
「む?」
「蓮の甥っ子として紹介すればいいのよ。それは事実なわけだし。猫が実は人間だったって事がわからなければ問題ないんだもん。緑色の瞳はちょっと問題かもだけど、瞳の色くらい変えられるでしょ?」
「うむ。それくらいの魔法なら容易いぞ」
ぱぁっと嬉しそうな表情になるラウル。
こんな顔は、年相応に子供らしくて可愛らしい。
「もちろん、魔法が使えるとか王子様だとか、そんな話はしちゃだめだからね?」
「まかせろ。こちらの世界の人間のふりをすればよいのだろう?俺に出来ぬことはない!」
ふふんっと自信ありげに微笑むラウル。
だが、調子に乗るとうっかり話してしまいそうで少々心配だった。
まぁ、そこは一緒にいてフォローすればいいだろう。
そうすれば、明日一日ラウルは人の姿で過ごせるし、子供同士で遊べて楽しめるはずだ。
「んじゃ、蓮にお願いしよっか。予定があってこれないとしても、口裏あわせしてもらわなきゃだしね」
「うむ」
機嫌よく微笑むラウル。
蓮から協力OKのメールが帰ってくると、率先して猫の姿に戻り、明日に備えてベッドの中で丸くなったのだった。