黒猫王子と弟 4
食後、私はソファに座りながら、蓮に遊んでもらっている柾を目を細めて眺めていた。
ラウルはまともなご飯を食べてお腹がいっぱいになったからか、黒猫の姿に戻された後も機嫌よく、今は私の膝の上で丸くなってお昼寝をしていた。
「あー、もうっ。また負けたー!」
「ふっふっふ。まだまだだな柾」
お兄ちゃんと弟という雰囲気よりは、むしろ同年代の友達のように遊んでいる二人。もちろん蓮が柾にあわせてくれているのだろうが、見ていて微笑ましい。
「ねーちゃん、交代!蓮にリベンジしてよー」
「うーん。蓮はゲーム強いからなー。リベンジは無理だと思うよ?」
ソファまでやってきて私の手をとる柾に、苦笑いを浮かべる私。
勝ち負け以前に、立ち上がるとせっかく心地よく眠っているラウルを起こしてしまいそうで、できればこのままでいてあげたかった。
だが、やんわりと断る私の意図は、柾には伝わらなかったしい。
「いいから、姉ちゃん。ほら、一緒に遊ぼーよ!」
どうやら私が一緒に遊んでいないのが気になっていたらしく、強引に自分たちのもとへ連れて行こうと、両手で私の手をひっぱる柾。気を使ってくれるのは嬉しいが、昨日はぐっすり眠れなかったらしいラウルの睡眠を、蓮がいる今くらいは確保してあげたかった。
だがその時、どうしようと思っていた私の膝の上で、もぞっと黒猫が動いた。
美しい緑色の瞳を開けると、ゆっくりと立ち上がり思い切り伸びをする。
「ラウル、起こしちゃってごめ…」
話し声で起こしてしまったと謝ろうとした私だったが、膝の上から軽やかに飛び降り、ラウルの向かった先を見て、言葉が途切れる。
柾と蓮の視線をあびながら、黒猫ラウルが向かったのはゲーム機のコントローラーの前。
そしてその前にちょこんと座ると、小さな肉球で器用にゲームの開始ボタンを押した。
「みぃ!」
かかってこいと言わんばかりに、もう一つのコントローラーを握っている蓮を見上げ、可愛いらしい声でなく黒猫。
どうやらリベンジ不可能な私の代わりに、自分が蓮を倒すつもりらしい。
私の手を握りながら、柾はぽかんとゲーム好きの子猫を見つめている。
「えーと…」
「みゃー!」
困惑の声をあげながらちらりと私に視線を送る蓮の横で、前足で器用にボタンを連打しながらゲームをするラウル。
信じられないものを見るようにぱちぱちと目を瞬いている柾の肩に、私はぽんっと手を置いた。
「あーやって、一緒に遊んでるつもりなのよ。私のやること、すぐに真似したがるの。可愛いでしょ?」
「そっか。びっくりした。って、でもなんか、ちゃんとゲームしてるっぽいけど…」
「偶然よ、偶然。じゃ、せっかくだから私がゲームしようかな」
ラウルが普通の猫ではないと疑っていそうな柾に、誤魔化すように笑顔を浮かべる私。
さすがに肉球ではうまくボタンを押し切れず、人の姿の時よりは下手なラウルだが、あまり続けさせると猫がゲームのやり方を理解している事がばれてしまいそうだった。
不思議そうな顔をしている柾の手を引きテレビの前まで行くと、ゲームに熱中しているラウルの横に座る。
「さ、ラウル。こうたーい!」
「みぃ!?」
強引に膝の上に抱き上げると、不服そうな鳴き声をあげる黒猫。
四肢を伸ばして抵抗している。
「ゲームはまた今度ね、ラウル。今は私がやるから」
「…みぃ」
お前の代わりにやってやっているのに…と言うように半眼で睨むラウル。
お詫びのつもりで背中を撫でると、諦めたように瞳を閉じた。
「へぇ。すっごいなついてるんだなぁ」
私の膝の上で再び大人しくなったラウルに、感心した声をあげる柾。
手を伸ばしてその背中を撫でると、ラウルはぴくっと身体を揺らし、イライラしたように尻尾を揺らした。
自分の方が大人だと思って我慢はしているものの、昼食の時以外ずっと猫姿で好きなことも出来ずにいるのは、やはりストレスがたまるらしい。
そんなラウルを見て、微苦笑を浮かべたのは蓮だった。
「ひまわり。このゲーム終わったら、夕飯の買い物でも行ってくれば?俺が柾と遊んでるからさ」
ちらりとラウルを見ながら、笑顔でそう提案する蓮。
ラウルがイライラしているのを悟って、気分転換に二人で出かけてくればと言ってくれているのだろう。ラウルもそれに気づいてか、今度は嬉しそうに尻尾を揺らしている。
ありがたい申し出を笑顔でうけようとした私だったが、その前に柾のほうが口を開いた。
「何言ってんだよ、蓮。買い物行くなら、荷物持ちに男が行かなきゃだめだろー。女のねーちゃんに重い荷物もたせるのかよ」
「えっと…」
まともな反論をされ、苦笑を浮かべる蓮。
叱るような眼差しの柾に返す言葉が見つからないうちに、柾は私に向かって笑顔を向けた。
「いつも大変なんだろうから、男の俺がいる時くらいは、俺が荷物もちしてあげるからな、ねーちゃん!」
「あ、ありがとー、柾」
蓮の気遣いが、瞬時にして水泡に帰す。
ラウルには申し訳ないが、柾のいる間はやはり我慢してもらうしかないようだ。
柾の相手を思いやれる成長を嬉しく思いながら、私は残念そうに尻尾をだらんとたらしたラウルの背を、優しく撫でたのだった。