黒猫王子と弟 3
翌日。午前中にお誘いの電話をすると、蓮は快く誘いに乗ってくれた。
一緒に家でランチをすることになり、蓮がやってきたのはお昼になってから。
笑顔で現れた蓮の手には、私の好きなケーキ屋さんの箱がぶら下がっていた。
「ごめんね、蓮。急に誘ったりして」
「いや、別にいいよ。俺も久しぶりに柾に会いたかったし。はい、これ土産」
「ありがと!」
私にケーキの箱を渡すと、リビングから覗いている柾に手を挙げて挨拶しながら、靴を脱いで家に上がる蓮。
並んでリビングに向かおうとした私に、柾に聞こえないような小さな声で囁いた。
「ラウルの分もあるから、柾に気付かれないように食わせてやって」
「ありがと」
なんだかんだ言って甥っ子想いな蓮に、思わず笑みが浮かぶ。
リビングにはいると、待ちかねたように蓮に抱きつく柾。
「蓮、ひっさしっぶりー!!」
「おう、柾。ちょっと背―伸びたか?」
久しぶりの再会を喜ぶ二人を見ながら紅茶をいれてから、私はソファに腰を下ろした。そして、ソファの上で丸くなっていた黒猫を抱き上げて膝の上にのせる。
「蓮がラウルにもケーキ買ってきてくれたよ」
「………」
柾に聞こえないように小声でそう言うと、ラウルは返事の代わりにゆらりと尻尾を揺らした。一応、喜んでいるらしい。
「後でこっそり食べようね」
「…みぃ」
今度は私をちらりと見上げながら、問うように小さく鳴くラウル。
どうやら『もちろん人の姿でだろうな?』と尋ねているようだ。
確かに、猫の姿で食べるのでは嬉しさも美味しさも半減だろう。
「今日は大丈夫だよ。蓮がいてくれるからね」
蓮のことだから、事情を察してくれているだろうし、ラウルがゆっくりご飯を食べられるくらいの時間はつくってくれるに違いない。
「ねーちゃん。蓮も来たし、ご飯用意しよー!」
蓮との再会を喜んでいた柾は、落ち着いたのか笑顔でそう言った。
自分も一緒にやる気満々のようだが、それではこちらが困る。
「そうだね。でも、私一人で用意するから、柾は蓮と遊んでて」
今日のお昼はカレーライス。朝からこれを準備したのは、四人前作ってもわからないからだ。だが、一緒に用意されては、またラウルの昼食がミルクになってしまう。
「えー。サラダはこれから作るんだろ?俺の作ったの蓮に食べさせたい!」
やたら蓮になついている柾の発言にどうしようかと悩んでいると、蓮が笑顔で口を開いた。
「お前は女の子かよ。いいから、ひまわりに任せてゲームでもしてようぜ。俺らは、後で片づけ担当な」
「蓮も一緒に片づけてくれんの?」
「もちろん。ひまわりが作ってくれるんだから、男二人で後片づけ。男の約束な」
「わかった!!」
蓮に向かって元気よく答える柾。
相変わらず、蓮はお子様の扱いが上手だ。
「じゃ、ちょっと待っててね」
蓮にありがとうと言うように目を細めてそう言うと、任せとけと言うように小さく頷いた。
マジック見せてーと楽しそうにせがむ柾を見ながら、私はリビングを出てキッチンへ向かった。
トコトコと、黒猫も後を付いてくる。
キッチンへ入りエプロンをつけていると、足下をペシペシと肉球で叩く黒猫。
足下に視線を向けると、よほど訴えたいことがあるのか、後ろ足で器用に立ちながら私の足を叩いてアピールしている。
「何、ラウル?」
「みゃあ!」
「えーと、人の姿に戻りたいわけ?」
「みぃ!」
そうだと言うように返事をしたラウルは足を叩くのを止め、きちんと座ると、さあキスをしろと言わんばかりに顔を上に向けたまま目を閉じた。
リビングからは蓮と柾の楽しげな声が聞こえてきているし、あちらからはここは見えない。
蓮がいるなら大丈夫かと思い、私はしゃがんで身をかがめると、キスを待っている黒猫の額にそっと唇を寄せた。
光に包まれ、黒猫から可愛らしい少年の姿に戻るラウル。
にやっと不敵に笑うと、自分用のエプロンを引っぱり出して身につけ始める。
「ラウル、手伝ってくれるの?」
「うむ。俺の方が料理が上手いとわからせてやる!」
どうやら、昨夜、黒猫ラウルの前で柾の料理の腕を褒めたことを気にしていたらしい。
負けず嫌いの王子様は、同じ年頃の柾と張り合う気のようだった。
「はいはい。じゃあ、お手伝いよろしくね」
「任せろ!!」
腕まくりをし、やる気満々のラウルは、私の足を引っ張ることなく料理を手伝ってくれた。
確かに、はじめの頃と比べると、かなり料理の腕は上がったと思う。
だいぶまともな料理が作れるようになっていた。
「ふふ。どうだ、ヒナタアオイ!!」
「お。綺麗な盛りつけだね」
「俺がやったのだから当然だ!」
頼んだサラダの盛りつけを褒めると、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべるラウル。
実際、料理の腕は柾の方が上だが、一生懸命頑張っているラウルは褒めて伸ばしてあげたかった。
「ラウルは私の部屋で一人で食べてもらっていい?」
カレーとスープを温めなおし、お皿によそったところでそう尋ねると、ちょっと悩むラウル。
少しして、大きな瞳で上目遣いに私を見つめる。
「一人で食べるのは、美味しくないのだがな」
どうやら、遠回しに一緒に食べたいと言っているようだ。
「うーん。冷めちゃうともっと美味しくないけど…、待っててくれたら蓮達が後片づけしてる間に部屋に行くけど?」
「うむ。ではそれでよい」
「わかった。じゃ、それまではとりあえずさっきの姿ね」
「仕方ないのう」
小さく溜息をつくと、少し背伸びをして私にそっとキスをするラウル。
黒猫に戻ったラウルの背中を一撫でしてから、私はラウルのぶんの昼食にラップをかけ、こっそり部屋に持っていくと、二人の待つリビングへ料理を運んだのだった。
「ねーちゃんの料理はやっぱ美味いよな!」
「ほんと、ひまわりは料理上手だよな」
「みぃ!」
料理を食べながら褒めてくれた二人に、何故か返事をしたのはラウル。
それは俺の実力だと言っているらしい。
「ありがと」
作った側としては、美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しい。
いい食べっぷりの男の子二人を見ながら、私も楽しく早めに食事を切り上げる。
ラウルのご飯を温め尚して上げるのは無理っぽいので、なるべく早く食べさせてあげたかった。
それに気付いたのか、食後もそのままおしゃべりを続けていた柾の頭に、ぽんっと手をのせる蓮。
「柾。先に後片づけしてからゆっくり話そうぜ。デザートも、その時な」
「うん。わかった。姉ちゃん、ちょっと待ってて」
そう言って立ち上がると、テーブルに置かれていた食器を片づけ始める柾と蓮。
「二人とも、ありがと」
「いえいえ。ごちそうになったんだから、これくらいしないとね」
そう言って、ごゆっくりと目配せをしながら柾を促してキッチンへ行く蓮。
本当に、頼りになる。
「さ、ラウル、行こ!」
「みゃ!」
二人がいなくなり、意気揚々と二階へ向かうラウル。
柾に気付かれないように私の部屋にはいると、再び王子様の姿に戻してあげた。
「蓮もたまには役にたつな」
「たまにって…。結構力になってくれてると思うけど?」
私の言葉は軽くスルーし、お皿にかけられていたラップをはずすラウル。
冷めたままで申し訳ないと思っていると、ラウルは綺麗な指でお皿の上に何かを描いた。ふわりとカレーライスとスープが光に包まれる。
とたんに、二つのお皿から湯気が立ち上った。
「これならば、美味しいであろう?」
驚いてぽかんとしている私にそう言って微笑むと、食事を始めるラウル。
すっかり忘れていたが、そう言えば目の前にいる少年は魔法使いだった。
色々と事情があって魔法が使いづらくなっているらしいが、食事を温めなおすくらいはお手の物だろう。
実に便利だ。
「美味しい?」
「うむ」
朝食もまともな物を食べさせてあげられなかった事もあるからか、勢いよく平らげていく王子様。
柾と負けず劣らず、その姿は可愛い。
「ごめんね、ラウル」
目を細めてラウルを見つめながら、思わずそう言葉がこぼれた。
「何がだ?」
手を止めて首を傾げるラウルに、微苦笑を向ける。
「柾中心になっちゃって」
「別によい」
私の言葉に、ふふんと不敵な笑みを浮かべるラウル。
そして、勝ち誇ったように口を開いた。
「ヒナタアオイの弟と言うことは、俺の弟と同然だ。兄として、譲ってやるのは当然だろう。俺の方が大人だからな!」
「…そうだね」
思わず笑いそうになるのを堪えて、短くそう答える。
昨夜、柾にちびっ子扱いされたのを、相当気にしていたらしい。
ラウルらしいなーと思いながら、私はラウルの食事が終わるのを笑顔で待っていたのだった。