黒猫王子と弟 2
「全く、一体なんなのだ!」
私の部屋で人間の姿に戻るなり、ラウルは開口一番むっとした表情でそう言った。
「ごめんなさい」
全面的に私が悪いので、素直に頭を下げる。
柾の可愛さに負け、ラウルに酷いことをしたのは重々承知だ。
「あの服は、俺の為に買ったのではなかったのか?」
「はい。すみません」
「夕飯も、二人ではんばーぐを食べて、俺にはミルクだけとは何事だ?」
「申し訳ありません」
「さらにはデザートのしゅーくりーむまで食べおって!」
「本当にごめんなさい…」
反省して項垂れる私。
我に返ると、ラウルには本当に悪いことをしたと思う。楽しみにしていた物を、ラウルは何も悪いことをしていないのに奪ってしまった。責められて当然である。
しゅんとしていると、少しして小さな溜息がラウルの口から漏れた。
「まぁ、久しぶりに家族と会って浮かれるのはわかるがな」
顔を上げると笑顔ではないが、少し表情を和らげたラウル。
自分も家族と離れて暮らしているからか、不満は残るものの、どうやら許してくれるらしい。
「ほんとにごめんね、ラウル。服はまた買いにいこ」
「今日の物よりいいものを見つけるのだぞ」
「了解」
「うむ」
言うだけ言ってスッキリしたのか、ようやく口元に笑顔を浮かべるラウル。
だが、ほっとしたのもつかの間、さっさとお風呂から出てきたらしい柾の足音が聞こえ、王子様は再び猫の姿に早変わりせざるをえなかった。
「姉ちゃん!」
柾に続いてお風呂に入ってから部屋に戻ると、自分の部屋にいた柾が枕を手にしてやってきた。
「どうしたの、柾?」
私の膝の上で不服そうに丸くなっている黒猫の背中を撫でながら尋ねると、柾はベッドに腰掛けていた私の隣にすとんと腰を下ろす。そして、にっこりと微笑んだ。
「なぁ、今日姉ちゃんと一緒に寝ていいだろ?」
「え?」
「………」
柾の発言に、ぴくりと耳を動かすラウル。どうやら、ラウルは嫌らしい。
「何言ってるの、柾。もう小さい子じゃないんだから、自分の部屋で寝たら?」
「いいじゃん、別に。久しぶりに会ったんだし、それにまたしばらく会えないんだしさ」
「それはそうだけど…。ベッド狭いよ?」
「いいよ。くっついて寝る!」
にこっと無邪気に笑って、私にぴとっとくっつく柾。
正直言って、もの凄く可愛い。
膝の上に目をやると、半眼で私を見上げている黒猫の姿。断れと目が語っている。
弟に甘くなる私の気持ちはわからなくはないが、寝るときまで邪魔されたくないのだろう。
それは、わかる。
そして、先ほどラウルに悪いことをしたと反省した。
それはそうなのだが…。
「な、姉ちゃん、いいだろ?」
ねだるように小首を傾げながら上目遣いで見つめられ、私の中の理性がぷちっと壊れ、再び天秤がカタリと傾く。
「しょうがないなぁ、柾は」
「みゃ!?」
でれっとした笑みを浮かべた私に、非難めいた黒猫の鳴き声。
「わーい!だから、姉ちゃんって大好き!」
「もー、柾ってば」
抱きついてきた柾の髪を、くしゃくしゃと撫でる。
ブラコンとよく言われるが、否定できないとしみじみ思う。
久しぶりに会えたせいか、よけい可愛くて仕方がない。
たとえ、王子様がものすごく不機嫌そうに睨んでいたとしても、ちょっぴり心が痛むとしても、目の前の弟の笑顔には敵わなかった。
「じゃ、湯冷めする前に寝よー」
「そうだね」
「………」
私達の会話を聞き、しっぽをゆらりと動かしながら立ち上がるラウル。
とてとてと歩くと、ベッドのど真ん中で身を丸くして座り込んだ。
「なんだよ、お前も一緒に寝るのか?」
「いつも一緒に寝てるからねー」
ラウルの行動にきょとんとした柾に、微苦笑を浮かべながら答える。
ラウルは私達の言葉には反応せず、その場所を動くつもりはないというように、目を閉じたままだ。
「一緒に寝るのはいいからさ、もうちょっと隅っこ行ってよ」
「………」
「そこにいたら、姉ちゃんとくっついて寝れないじゃん」
「………」
本来なら言葉が通じるはずのない猫を説得しようとしているあたり、まだ子供らしくて可愛い。
「なぁってば。お前はいつも一緒に寝てるんだろ?今日くらいオレに譲れよー」
つんつんとつつく柾を無視し、寝たふりをしているラウル。
私が柾の言うことばかり聞くので、意地になっているらしい。
「えーと、ラウル…」
「………」
「ったく、もー」
おずおずと声をかけた私にも無反応だったのを見て、柾は小さく溜息をつくと、ラウルを抱き上げようと手を伸ばした。
とたんに、目を開いて半眼で睨むラウル。
柾は目をぱちぱちと瞬きながら、伸ばした手を引っ込める。
「この猫、姉ちゃんに相当なついてるんだな」
「うん。そうみたいだねぇ」
「そっか…」
柾はふぅっと息をつき、それからにこっとラウルに微笑みかけた。
「しかたないな。姉ちゃんの隣はお前に譲ってやるよ。お前の方が、ちびだしな!」
「みゃっ!?」
「オレの方がお兄ちゃんだから、我慢してやるよ」
「柾、大人になっだねー!」
柾の言葉に、思わずきゅっと抱きしめて頭を撫でる私。
と、そんな私達の前を、黒い物体が通過した。
ベッドの隅まで移動したラウルは、その場で丸くなる。
「あれ?気が変わったのかな?」
「そうみたいね」
私は笑いをこらえながらきょとんとした柾に短く答えた。
どうやらプライドの高い王子様は、柾に子供扱いされたのが不服だったらしい。
自分の方が大人だから譲ってやったのだと言うように、優雅に尻尾を揺らしている。
「譲ってくれてありがと、ラウル」
「みぃ」
お礼を言って背中を撫でると、当然だと言うようになくラウル。
さっきまでの態度はどこへやらだ。
「さ、寝よ、姉ちゃん!」
「はいはい」
電気を消して布団に潜り込むと、ぴとっとくっついてくる柾。
へへっと嬉しそうに笑っている。
私はそんな柾の頭を撫でて、目を細めた。
「明日はどうしようか、柾」
「そうだなぁ…。蓮は暇かな?久しぶりに会いたいな」
「蓮?」
「うん。桜子姉ちゃんは、どうせ忙しいだろうし」
「そうね。桜子はバイトだって言ってた。蓮はどうだろ?」
「みぃ」
どうせあいつは暇だと言うように、会話に入り込んでくるラウル。
普段蓮が来ることを好まないラウルだが、私と私にべったりな柾とで過ごすよりは、蓮がいたほうがいいと思ったのかもしれない。
「明日、電話してみよっか」
「うん。オレ、蓮のマジック見たい!」
きらきらと目を輝かせてそう言った柾を見て、どうか蓮が明日暇でありますようにと願う辺り、私は本当にブラコンかもしれないと思いつつ、すやすやと眠りについた柾とラウルの寝息を聞きながら、私もぐっすりと眠ったのであった。