魔王様と討伐隊 □ 08
とっても素敵な剣士さんの名前は、ラズアル・ギャイジスとおっしゃるのだそうだ。
ラズアルさんか、良い名前だね。
取り合えず、ラズアルさん以外の方々は、別室にてお持て成しをする事にして、ラズアルさんには強制的に、私とディナータイムを一緒にして頂く事にしました。
戦意喪失した様子の皆様には、まず長旅の埃を落として頂く為にお風呂へ強制送還。
この時点でラズアルさん一人、後は男グループ、女グループと三組に別れさせて、駄々を捏ねたら悪役らしく、他の人達の安否が~と脅し付けておきました。
すっきりさっぱりして貰ったけど、他のメンバーは用意させた食事に関して、まだ手を付けていないみたい。
男グループはサナリへ、女グループはガルマへ面倒を見るように任せてある。
「さっ! どうぞ遠慮なく召し上がって頂戴」
ラズアルさんに勧めてみたけど、やはり不信そうな顔して手を付けてくれない。
でも、私はお腹空いてきたので食べる事にする。
「心配しなくても、作っているのは貴方と同じ人間族の人だし、人間界と同じ料理だよ」
胡乱な表情で、料理を見ていたラズアルさんが顔を上げた。
というか、何で睨んでくるのかしら。
ウチの料理長は、とある国の宮殿料理長をしていたから、腕は良いのだよ?
ちゃんと面談もして、ヘッドハンティングして正規に雇い入れたのだ。
我が家の料理長は、高給取りなのである。
唯、そろそろ四十歳になろうというのに、未だ独身の上職場が魔界なので嫁の来てが無いのが、非常に申し訳なかったりするんだけどさ。
「人間を攫っておきながら、何が何もしていないだ!」
「え?」
テーブルを叩き付け、怒声を上げるラズアルさんが腰を浮かせると、素早くラズアルさんの後ろで見張っていた、ボディーガード隊長のシャイアが鋭い爪をラズアルさんの首筋に伸ばす。
「シャイア。ご飯が不味くなるような事しないで」
不満そうに片眉を上げたけど、大人しくシャイアが爪を引っ込めて一歩下がるのを見てから、行儀悪くも背凭れに寄り掛かり私は溜息を零す。
「別に攫ってはいないよ? ちゃんと、職場が魔界だというのも伝えたし、給料だって納得して貰っているし。まぁ、料理を任せているのは彼一人だから休日に関してはもう少し何とかしてあげたい所だけどね。人間界より、よっぽど安全面はしっかりしているし……不満は無いと思うけど……多分」
ふと言葉を切り考えてしまった。
料理長を務めるサロエナさんは、大変穏やかで勤勉な人で、職場への不満は無いように思えたんだけど、実際は不満あったりするのかしら。
好条件で雇ったけど、まともな休日を与えられない、というかまるっきり休みが無い現状だからちょっと不安を覚える。
これが日本なら、確実に労働法違反に引っ掛かる。
ましてや、彼は結婚を意識する年頃な上に、未だ独身でいる事に対してコンプレックスを持っているようなのだ。
出会いが皆無な上に、出会いを求める為の休みが無いのだから、辞めたいと言われてもおかしくは無い。
彼に去られてしまうと、私のご飯を作る人がいなくなるから絶対困る。
この問題に付いては、最重要項目として早急に解決策を見付けようと、密かに決意する私であった。
しかし、ラズアルさんは未だ料理に手を付けてくれない。
無理に食べろとまでは言いたくないけど、ここに辿り着くまで、碌な食事をしていない事は安易に想像も出来る訳でして。
「それ、食べないと仲間の人達どうなっちゃうか、保証出来なくなっちゃうかもしれないなぁ……」
なんて、聞こえよがしに呟いたら、ラズアルさんに険悪な眼差しで睨まれた。
焼き立てのパンは美味しいものだ。
腕の良いサロエナさんの作るパンは、実に美味しい。
私は、焼き立てパンを千切っては口に運んでいたのだけど、渋々とラズアルさんも見慣れないパンを手に取り、私の見よう見真似で口へと運んだ。
ラズアルさんの様子を伺っていたら、ちょっと目を見開いていた。
うん。
口に合うようで良かったよ。
こちらの世界では、パンという食べ物が存在しないのである。
こちらでの主食は、クスクスみたいな穀物を、水とかでオートミール風にするか、水と合わせて捏ねて円状にして焼いた物が主流らしい。
元の世界でのクスクス料理は嫌いじゃないけど、こちらのクスクスもどきは、正直余り美味しいとは思えないのだ。
バターもどきを付けてパンを食べて見せると、同じく不慣れな手付きでバターもどきを付けて食べるラズアルさんが更に目を見開く。
本日のスープは、アスパラガスのような味わいがある緑のポタージュ。
魔界の初晩餐が肉料理では不安だろという事で、メインは魚料理にして貰った。
最初は渋っていたラズアルさんだったけど、残す事なく綺麗に平らげて、デザートが出る頃には抵抗は無くなっていたようなので一安心である。
私には、イシュが淹れてくれたコーヒーを、ラズアルさんには人間界で良く好まれるトアンというお茶が用意された。
私は、生まれも育ちも日本であり、戦争を知らない世代で平和な生活で安穏と暮らしていた訳だ。
そんな礎があるのだから、出来る事なら話し合う事で物事を解決していきたいのである。
甘ちゃんと言われようと、力での解決は極力避けたい。
「さて、食事には満足頂けたかな?」
コーヒーの香りを楽しんでから、ラズアルさんに目を向けると、ちょっとだけ頬が赤くなっていた。
サロエナさんや、イシュが顔を赤くしているのを見ても何とも思わないけど、ラズアルさんの赤くなった顔はちょっと可愛かった。
これは、あれですか?
敵に塩を送られて、最初は憤懣モノだったけど、平らげちゃった自分が悔しいってニュアンスですか?
悔しくて恥らう逞しい男って萌える。
但し、私好みの男に限ってだけど。
「礼は言っておく……」
悔しそうに言う所が、またツボというか。
監禁拘束した上で、更に恥ずかしがらせたいというゲージが、MAXを振り切りそうになって危なかった。
深呼吸で自分を落ち着けると、本来の目的を切り出す事にする。
私が魔王となってから、魔界は勿論人間族、妖精族へ防衛以外での殺傷殺戮行為は厳禁としてきたし、実際厳しく処罰も行ってきた。
勿論、最初の頃は行き届かない所もあったけど、今では被害が多かった人間族や妖精族の犠牲は無いと自負している。
但し、大人しく住んでる魔物の巣に冷やかしで行って、返り討ちで殺されましたなんて件は、対象外としているけどね。
他にも色々と規則を設け、攫われて来た人間や妖精も解放したし、希望して残った人達にも、安全に暮らせるよう配慮はしているつもりだ。
その辺りをラズアルさんに説明しても、話が長くなるだけだから省く事にして、私がラズアルさん達に聞きたいのは、なぜ今になって討伐しにきたのか? である。