魔王様と討伐隊 □ 06
さぁ、これで可愛いインコ君の命を脅かす者は二人に減ったぞ。
私は気合を入れてサナリへと目を向けた。
魔王就任して以来、イシュは常にどついているので、少しは扱いにも慣れてきていると思う。
思いたいので、取り合えずイシュは後回し。
どうせこの後も、あれこれくっついてくるんだろうしね。
問題はサナリである。
ガルマ程度じゃ誤魔化されてくれないだろうし、何せインコ君を無事に実家へ帰してあげなくてはならない。
その為にも、もう少しサービスをしなくてはいけないんだけど。
どこまでサービスすれば良いのかしら、と小首を傾げる。
大公達は、私と接触している面積、接触時間が多い程喜ぶので、まずは様子伺いでくっついてみる事にする。
「サナリ」
「はっ」
サナリの目の前まで近寄り、名を呼んでみたは良いがその後どうしよう。
面を上げぃとか言うのも、何となくイヤだし。
その台詞だけは、言いたくない。
お互い無言のまま、暫しの時が流れた。
いちいち私が言わなければ、顔も上げられないのが不便で仕方無いのだが、ここはしょうがない。
私は、片手を伸ばすとサナリの顎先へと触れ、顔を上げさせる。
「散歩、付き合って」
ほんの一瞬だけ目を合わせただけで、氷柱が消えた。
まだ、霜は残っているが気にしない。
「散歩でしたらワタクシも!」
慌てた声でイシュが駆け寄ってくるが、ぞんざいに手を振って返す。
「邪魔だからいらない。処理済の書類が結構あるから、それさっさと片付けておいて」
「し、しかし! サナリ殿と二人だけ等とは、余りにも……」
尚言い募るイシュを振り返り、眇めた目で見れば黙り込む。
私が迷っている時は、イシュはあの手この手で言い包めようとするが、私が決めた事に関しては案外素直に引き下がるのだ。
今も、表情では非常に不満を表しながらも、綺麗に臣下の礼を取って広間から出て行く。
後でカップルのように腕でも組んでおけば、ネチネチ言われる事もないだろう。
これで、広間に残る霜も直ぐに消えるかな。
「……宜しいので?」
「ん、構わない。運んで頂戴。庭が良いかなぁ、天気も良いし」
そう言ってサナリへ片手を伸ばす。
多分、嬉しいんだろうね。
うん、普段無表情なサナリが笑顔を見せてくれているんだし。
すんごく邪悪そうな笑顔だけど。
ちょっとだけ。いや、すっごく背中が寒くなったけどさ。
ガルマ程じゃないけど狐目な細い目を更に細めてさ、口角が吊り上っているのよ。
これ以上、サナリの笑顔見ていたら、寒くて仕方無いので視線を逸らす。
失礼と断りを入れ、サナリは私を抱き上げて腕に座らせた。
サナリへと伸ばした片腕は、彼の肩へと乗せる。
事故で死んで、こちらの世界で気付いてからというもの、事ある毎に大公達に抱き上げられる習慣が付いてしまった。
横抱きにされると、どうにも落ち着かないし。
歩くという選択もあるんだけど、歩幅という大変重要な問題が立ち塞がるのね。
結局、片腕一本を支えに、腕へ座るように抱かれて運ばれる形に落ち着いてしまった。
この姿勢だと、両腕は自由だし、相手の肩にも腕を乗せられて安定感もあるしね。
多分、私は膝を自由に動かせない姿勢が、長時間続くのが無理なんだろうなぁと思った。
以前、毎回抱き上げてて重く無いのかと、大公達其々に聞いてみたけど、重く無いというより体重を感じ無い程軽いのだと返された。
重いです。とか言われたら、自分から聞いたとはいえ、女心が傷付くってなモンだけど、本当に体重を感じないみたいで、頼みもしない内にヒョイヒョイと抱き上げてくれる。
軽く感じるのは、私が持つ魔力のお陰かなとも思ったり。
寧ろ、率先して抱き上げてこようとする位だ。
抱くというよりかは、くっついていたいのかなぁと、最近思うようにはなってきた。
私を揺らさないように、ゆっくりとした足取りで扉へと向かいながら、私の真っ平らな胸に顔を埋めるサナリの様子に思わず笑ってしまう。
甘えてんのかなぁ、と思うと案外可愛かったりもするのだが、そのまま胸の服を唇で食んだりするから油断がならない。
「あ、そうだ。この子」
服を食んだり、鼻を擦り付けているサナリを見て、思い出したインコ君を慌てて懐から取り出す。
「随分真っ白になっちゃったね……」
取り出したインコ君は、灰褐色から既に真っ白な状態になっていた。
ついでに、白目を剥いて気絶もしているようだ。
「魔王様の魔力の影響でございましょう」
憎々しげに、インコ君を見るサナリが説明してくれた。
「消えちゃう?」
破裂する様子は無さそうだが、インコ君の命は風前の灯火なのかと少し焦る。
「いえ。ガーゴイル種にしてはかなり魔力が強まっただけで、消える心配はございませんね」
「そ? 良かった……ちゃんと家に帰してあげてね」
ガーゴイル如きが、とばかりの怒気を含んだ低い声には負けず、インコ君をサナリに差し出しながらお願いする。
「後、今回無くなっちゃった、ご飯の代わりもよろしくね」
お願いの念押しに、サナリのこめかみへ唇を軽く押し当てる。
広間から、私だけの庭園へと続く廊下の途中で立ち止まり、サナリが酷薄そうな薄い水色の瞳を向けてくる。
あんまり長時間目を合わせていると、目的地の庭園には辿り着けなくなりそうだから、ちょっとだけ視線をずらす。
何だよ、キス一つじゃ足りんのか。
仕方ない、これで譲歩しときなさいよね。と胸の内でぼやきながら頬にも唇を押し付けてやった。
「…………」
だから、その邪悪な笑みはどうにかならんかね。
多分、凄く嬉しいのであろうサナリに運ばれ、庭園へと向かったのである。
討伐隊が来ると、報告を受けて約二週間。
正確には十三日目に、討伐隊ご一行様は無事獣族領を抜けて王都へと入り、脇目も振らずに我が家である魔王殿へ到着。
正門を潜ってから、ご一行がこの王の間へ来るまでに少し時間があるので、イシュにコーヒーを淹れて貰い寛いでいる所である。
本当はコーヒーじゃないんだけど、味はコーヒーそのものなので勝手にコーヒーと位置付けている。
酸味が少なく、苦味が強いのが特徴で大変私好み。
少しずつ魔界も春めいてきて、差し込む陽の光が暖かい。
長閑だわぁとまったり良い気分で寛いでいた所へ、漸く討伐隊ご一行が到着したのである。