魔王様と討伐隊 □ 04
「で? 討伐隊がやって来るんだって?」
私はぐら付く身体を立て直し、正面にいるサナリへと問い掛けた。
私の問い掛けに、低頭したままサナリが頷く。
「はっ。クショーレア山脈に住むガーゴイルが確認した所、小隊が山脈の頂を越えたとの事です」
サナリの言葉に、私は彼の斜め後ろに控えている、ガーゴイルへと目を向ける。
彼だか彼女だか分からないけど、ガーゴイル君も皆と同様に低頭していた。
ガーゴイルと言えば、ヨーロッパの寺院とかに見る雨樋を思い浮かべる。
確かにパッと見た所では、私の知っているガーゴイルと同じような形をしているんだけど。
唯、目の前にいるガーゴイル君は、やたらとちんまい。
手乗りインコサイズのミニチュアだよ。
『何か、ちっこいわぁ。どうなってんのか良く見たいなぁ』
そんな事をつらつら思いながら、ガーゴイル君を見つめている最中も、サナリの報告が続いていく。
このガーゴイル君は、山脈の頂き近くに集落を作り、のびのびと生活していたらしい。
インコにも色々と種類があるように、ガーゴイルといっても種類が幾つかあって、目の前にいるガーゴイル君達は、岩場の多い山頂近辺に生息する種類の、石のガーゴイルなのである。
他にも木とか砂とか水とか、火のガーゴイルなんかいるけど、私は実物をまだ見た事は無い。
魔族に付いては、一応知識はあるんだけど、ガーゴイル種自体、初めて見るんだよね。
この石のガーゴイル達は、彼等自身では狩を行わず、弱って死んだ動物の腐肉を食べる、至って大人しい種族である。
その時も、動物の死体が良い塩梅に腐るのを、涎を垂らしてみんなでじっと待っていた所へ、討伐隊がそこ退けそこ退けとばかりにやって来て、自分達を蹴散らして行ったのだとか。
挙句の果てには、討伐隊は動物の死体を浄化までしてしまい、ご飯没収の憂き目となったらしい。
久々のご馳走を取り上げた人間を、何とかして下さいとばかりに、このガーゴイル君が代表でサナリへ直訴をしに来たのだ。
「……」
どっから突っ込めば良いのかしら、と軽く額を押さえる私に尚サナリの言葉が続く。
新たに偵察隊を送り、討伐隊一行の様子を確認した所、十名で組まれた小隊は山脈を超えて、後七日程で獣族の領地に到着するとの事。
一行は馬を利用しており、獣族の領地からこの王都へ到着するまでには、更に五日程掛かると見込まれるそうだ。
一通りの報告を終えてサナリが黙り、私からの指示を待つ。
ちらりとガーゴイル君を見ると、ご馳走を奪われて余程悔しかったのか肩が小刻みに震えて鼻を小さく啜っている。
ボロボロ零れている石の欠片は涙ですか?
どうしようかなぁ、と天井を眺め考える。
取り合えずは、ガーゴイル君達の食事だよね。
食べ物の恨みは怖いというしねぇ。
「インコ……じゃなくて、ガーゴイル君。と言うか面倒だから今からキミ、インコ君」
私に呼ばれて、ガーゴイル君改めインコ君は、石のように固まった。
実際、インコ君は石で出来ているけどね。
「許す。ちょっといらっしゃい」
インコ君は未だ頭を下げていたけど、私は構わずに手招く。
まさか、直接私から呼ばれるとは思ってなかったのだろう。
狼狽えている様子がなかなか可愛い。
縋るように見たサナリが渋々頷いたので、そろそろと近寄って来るインコ君。
余りまじまじと見れなかったけど、サナリを伺う時に見た横顔では、虹彩と瞳孔の色に違いが無いようで、小動物みたいにとても円らな深緑色の瞳をしているようだ。
地球の生き物であれば、大体はどんな虹彩であろうとも、瞳孔は黒のはずだけど、こちらの世界では不思議な事に、瞳孔も虹彩と共に色彩が豊かなのである。
インコ君、可愛い。
私は動物が好きだ。
鳥も猫も犬も狼も、両生類、爬虫類も大好きだ。
人間だった頃には、叶う事なら蛙とか蛇とか飼いたかった。
蛇なら鳴かないしも抜け毛も無いし、良いと思ったんだけど、実家住まいの身だった頃は、家族総出で反対されて諦めていたのだ。
一人暮らしになって、そろそろペットでも飼おうかと思った矢先に、交通事故で死んじゃったし。
しかし、虫は少々苦手だ。
黒くてつやつやで素早いあれは特に苦手を通り越して天敵だが。
幸い、この世界にはあの黒い生物はいないらしい。
でも、魔界に来てから、少し私の常識がずれたのは否めない。
このインコ君に対しても、人間だった頃であれば、多分可愛いとは思わなかったと思う。
多分、思わなかったはずだと思うんだけど、あの円らな瞳を思えば、可愛いと思ったかもしれない。
常識がずれたなぁと思う一番の良い例が、魔族の食事事情だ。
死肉腐肉を食べると聞けば、やはりドン引きというか、速攻逃げ出していたと思うんだけど、その辺りの嫌悪感情が欠落しているんだよね。
私は、勿論食べたいとは思わないけれど、彼らの食事が人肉ですと聞いても、それはちょっと困るなぁと思う程度だし、素材の形が残ってなくて腐った匂いがしていなければ、同じテーブルで食べても平気な位、拒否反応も無く至って普通に受け止めちゃっているのである。
恐る恐る近寄り、再び礼を取り直すインコ君との間はまだ差が開いている。
これ以上は近付いてくれそうにないから、私から玉座を下りて、インコ君に近寄ったらイシュが慌てて咎める。
「魔王様っ!」
イシュの声を無視して、近寄ったインコ君を掬い上げると、頭を柔らかく撫でてやる。
少し、人間の時の常識からずれてしまった今の私には、このインコ君は十分可愛いの範疇なのだ。
礼を取ったまま、私の掌で固まっているインコ君。
手触りは石なんだけど、インコみたいに温かい。
全身暗褐色の石で出来ているインコ君は、ピクリとも動かないと正に石像そのものだが、お構い無しに私は頭を撫で続ける。
ちょっと記憶見せてねぇと心の内で断りを入れつつ、インコ君の記憶を覗かせて貰う。
無尽蔵にある魔力のお陰で、魔術は使えるんだけど、私はまだまともには使いこなせてなかったりする。
私の魔術は、小説なんかで出てくる超能力みたいな感じで、ああしたいとか、こうしたいって考えで術が発動しているっぽいのね。
希望はピンポイントなんだけど、漠然と術が発動しているので、かなり大雑把となってしまうのだ。
今も、討伐隊と遭遇した辺りで良かったんだけど、現在から逆戻しで脳裏に映像が流れていく。
広間で私と会う所から、サナリに連れられて来る所、サナリに訴えている所、更に更に遡り討伐隊が動物の死体を清めている所。
そして、三十体程のガーゴイル達が、動物の死体を取り囲んで、腐っていくのをひたすらじっと耐え忍んでる所。
「……」
そこで私は一旦脳裏に浮かぶインコ君の記憶から、掌の上で石像となっているインコ君を見る。
君達は、唯ああして腐るのを待っているのか。
ちょっとした好奇心でもう少しだけ記憶を覗かせて貰ったのだが、彼等インコ君達は息絶えた動物を見付けてから優に一ヶ月もの間、食べ頃になるまで雨にも負けず風にも負けず、微動だにせずに、腐るのをひたすら待っていたのである。