魔王様と討伐隊 □ 29
見返りを正式に要求するのであれば、どうせならもう少し煮詰めましょうと、合流したロゼアイアさんも加わってあれこれと話し合った。
ロゼアイアさんが希望している、離宮で構成された術に付いては、条件付で構成に付いて教える事にしたの。
所詮、陣の形をしたビニールハウスだから、教えても何ら問題は無いと思うんだけどね。
人間界の術師達は、自分達が考えた術の構成に付いては、教えないのが基本なんだって。
この世界では、科学の代わりをしているのが、術の類だと思っていたから、もっと色んな研究をしているのかと思っていたんだよね。
生活に密着している術は、共有資産として見做されているけど、それ以外は個人の資産として門外不出なのだとか。
「へぇ……もっと進んでるかと思ったけど、随分と閉鎖的なんですねぇ……それじゃぁ……」
日本お得意の魔改造的な発展は無いんだと思っていたら、ロゼアイアさんが妙に喰い付いてきた。
「それじゃぁ、何でしょうか。是非お聞かせ下さいっ」
ロゼアイアさんの勢いに思わず仰け反る私。
「え。ですから、同じ術をより高めようという意識が無いって事ですよね? えっと……ウチの離宮で例えるならですよ? 人間界の術というのは、陣を構成させる為にこのテーブル全体を使用する必要があって、術を構成した所で終わっているんですよ」
私達がお茶をしているテーブルを差し、ロゼアイアさんが頷くの見てから、私は自分のお茶のカップを差し出して見せる。
「私達は、その術で得られる効果を維持したまま、ここまで小さくさせてこのテーブルにたくさんの陣を構成させています。更に……」
とラズアルさんのカップを引き寄せて、話を続ける。
「こちらの陣では、効果は同じですが、異なる影響を与える術を構成させている。これって、テーブルに組んだ陣を元にして、弄り回している結果ですけど、人間界ではそういう事はしてないんですよね? 構成した術を一人が抱え込んでいるから、新しい発想が加わらない。そこで終わっているって事ですよね」
新たな術を構成するというのは、術師にとっては一つのステータスみたいだから、そう簡単に他人へ教えられる物じゃないんだろうね。
自分の術を元に、別の人がそれ以上のを作ってしまったら、得られたステータスが失われてしまう訳だし。
そうなると特許とかの導入が必要なのか? と余計な事を考える。
ロゼアイアさんにとっては、術を共有して更に新たな術を構成していく、という発想が無かったようで少々呆然としていた。
「っ……叶う事ならば、私がこちらに残って離宮で使用されている術に付いて、色々と教わりたい程でありますっ」
何か、ロゼアイアさんの研究魂をかなり刺激してしまったようで、穏やかな雰囲気だった人なんだけど、目尻に滲んでるソレは悔し涙なのでしょうか。
「えー……っと、国王が許可するのであれば、ロゼアイアさんと……家族? の方も一緒に来られても別に構いませんけど……」
今回、魔界に残る事になったお嬢さん達に、離宮の部屋を割り振ってもまだ余っているし、ロゼアイアさんに関してはそれなりに親しくもなったから、私個人は別段困る事はないのである。
「と言っても、大挙して来られても、人間方の食事は基本自給自足ですから。収穫出来る以上の人数で来られても困っちゃいますけどね?」
ロゼアイアさんだけではなく、ケネアイラさんやリーデアルさんも凄く喰い付いていたのを思い出して、慌てて付け足しておいた。
「あー……研修感覚で、数日だけ滞在するという手もあるかなぁ。食材持ち込みとか?」
『住む』で考えていたけど、数日泊り込む程度ならば、問題は無いかと思い直す。
「しかし、そんなに多くの者に術を教えてしまって、大丈夫なのですか?」
ラズアルさんが素朴な疑問を投げ掛けてきた。
「ん~……売っても良いんですけどねぇ。でも、人間界にはたくさん術師がいるから、それだけ発想も無限だと思うんですよね。今の術より更に良い術が構成されれば、こちらもそれを元に新しい発想が刺激されるんじゃないかなぁと」
「感服致しました」
ロゼアイアさんが居住まいを正して深々と頭を下げてきたので、私は異なる次元の遥か遠くにある日本の魔改造者達に敬意を送っておいた。
貴方達のお陰で、私今凄い尊敬されています! ありがとう!
ラズアルさんとロゼアイアさんは、ちょくちょくスナイさん達を伺いながらリオークア国と連絡も取り合い、都合が付けば私とも色々話していた。
結局、リオークア国への見返りとしては、国札とリオークア国内に家と、それを管理する人で決まった。
魔界に残るお嬢さん達が里心が付いた時とか、ロゼアイアさん達が魔界に来る時とか、私が人間界へ遊びに行くとか、私が人間界へ見聞に行くとか、私が人間界へ社会見学に行く時の為の家である。
家も生き物だから、長い事放置していると傷んできちゃうので、住み込みで管理する人も任せる事にした。
人間界の貨幣に付いて心配はされたけど、実は人間界の貨幣はかなりの額を貯め込んでおりますの。
人間だった頃は貯蓄下手だったのに、魔王になってから地味に財テクに目覚めちゃって。
リオークア国の国庫には及ばないけどね。
そんなこんなで話が一通り纏まったのが、スナイさんと顔を合わせた三日後。
ロゼアイアさんから、スナイさん達も落ち着いたので、国に戻る報告を受けたのであります。
「スナイさん達、神殿側から何か言われたりしちゃうのかしら」
「そうですね。彼等は我々とは異なる命を受けていたようですし、戻ったら何かしら神殿側から言われるでしょう」
「平気かしら……」
「その辺りも含めて、帰国する事に致した次第でございます。彼等に時間を与えて頂きましてありがとうございました」
穏やかな笑みを浮かべるロゼアイアさんが低頭する様子に、思わず苦笑を漏らしてしまう。
「心構えが出来たのなら、多少の苦しい思いは、私に対する不敬罪として我慢して貰いましょう。それで、今回の件は不問と致します」
スナイさん達が私を殺そうとした件に付いては、これで決着とする事にした。
「此度の事で、浅慮であったと彼等も深く悔いて、お詫びしたいと言っておりました」
「必要ない。それも罰の一環って事で。前にも言ったけど、手を取り合って仲良くしましょうというのは無理だろうし、神殿側の反発は特に強いと思うからね」
「この数日のお話は、手を取り合っているようにも思えますが?」
「それは、純粋なるお互いの利益でしょ? リオークア国は令嬢を保護出来るという利益、新たな術を手に入れられる利益。私達は、人間界の情報を手に入れ易くなる利益、人間界での活動拠点を得られる利益。お互い悪い話では無いと見做した結果に過ぎないもの。一線を越えて来たら、いつでも手を引ける程度の内容でしょ」
「新たな術を得られる機会を失うのは、手を引くにはかなりな痛手ではあります」
「だったら、お互い持ちつ持たれつで良い距離を保てるように頑張りましょう」
お互いにニコニコとした笑顔での会話だったけど、ロゼアイアさんはなかなかの狸だと認識を改めた一席だった。