魔王様と討伐隊 □ 27
ラズアルさんとロゼアイアさんと共に、無言で廊下を歩いていたら、ラズアルさんが緊張の残る声音で声を掛けてきた。
「魔王殿は……」
立ち止まり、ラズアルさんを見ると、表情にも幾分緊張が見えて不思議に思った。
「魔王殿は、お強い方でらっしゃいますね」
「は? …………そ……そっかな……?」
どういう流れで、そう思い至ったのかが分からなくて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
すみません。
真摯な眼差しを向けられる、という経験が無いので困ります。
自己満足というか、エゴというか、我儘なだけだから、そんな直向な目で見られると、後ろめたさを感じてしまう。
「リオークア国王へ忠誠を誓っていなかったら、魔王殿へ忠誠を捧げたい程ご立派な方でらっしゃいますよ」
少し重くなっていた雰囲気を流すように、砕けた調子でロゼアイアさんが続いて言ってくる。
何? 誉め殺しですか? 勘弁して下さいっ。
どう答えたら良いのか分からなくて、顔が段々赤くなってくる。
「い、いや、そんな事は……無いです」
日本人だった私は、誉めて育てるという環境で育った訳じゃないんです。
ぼそぼそと否定をすると、私と目線を合わせる為にラズアルさんが片膝を付いた。
いきなり何だろうと思えば、徐に私の手を取って、両手でしっかりと握り込んできたからギョッとする。
「いえ。本当にご立派な王で有らせられます。我等の愚行を罰するではなく、言葉を尽くし、お心を砕かれて下さいました。セネミアリナ嬢の浅慮に対しても、我等が教えるべき事柄であるにも拘らず、魔族の王で有られる貴女様が諭して下さったのです。あの後、セネミアリナ嬢は他の娘達に対しても同情を抱くようになり、貴族の令嬢として労わられておりました」
ラズアルさん。
貴方の微笑みに、私が諭されそうです。
諭す物が何だか分かりませんがっ。
そんな慈愛の篭った瞳で見つめないで下さいっ!!
ロゼアイアさんまでもが、ラズアルさんの隣に片膝を付いたりするから、更にギョッとする。
「セネミアリナ嬢はお父君より大事に育てられた為か、他者への思い遣りに疎い方でしたが、魔王殿からのお言葉で下々の娘達を労い、国に戻った際には不遇な扱いは受けぬようお父君に取り計らって貰うとまで仰ってました。偏に魔王殿のお陰でございます」
「い……いやっ……え、あ……えっ……」
二人掛かりでの誉め殺しに、私は狼狽え焦った。
ロゼアイアさんの瞳にも、尊敬っぽいものが混じっている気がします。
嘘でも演技でも、そんな瞳で見ないで下さいっ。
内心慌てまくっていた私でしたが、握り込まれていた私の手が緩く引かれたので、思わずラズアルさんを見ると、恭しく手の甲へ唇を押し当てているじゃありませんかっ!
「心より感謝を。魔王殿を敬愛致します」
私は、近年稀に見る間抜け面だったと思う。
ドッと汗を掻きそうな勢いで一気に体温が上昇し、思い余ってラズアルさんを突き飛ばしてしまった。
突き飛ばされて瞠目しているラズアルさんを見て、自分のしでかした事に気付くと、本当に汗が一気に吹き出てきてしまった。
「あ! いや! ご、ご……ごめんなさいっ! わ、態とじゃないんですっ。違うんですっ! ごめんなさいっ!!」
突き飛ばしたままの両手を必死に振りながら、弁解しつつ後退った私は、恥ずかしさの極致と居た堪れなさが極まって、無意識の転送術でその場を逃げ出したのである。
初めての転送術で逃げ出した先は、昼寝をしていたシャイアの腹の上だったけど気にしない。
何でかは知らないけど、私が現れる事が事前に分かったみたいで、ちょっと慌てた様子だったけど、両手を広げて受け止めてくれたので、そのままシャイアの胸に顔を埋めて、一人恥ずかしさに身悶えていたのである。
手にチューされるより、こうしてシャイアに抱き付いている方が、普通恥ずかしいと思うべきなのは十分承知しているけど、シャイアは私のワンコだ。
たまに、マウンティングしそうになるけど、きつく叱れば大人しくなるし、私のワンコとハグをした所で何ら問題は無いはずである!
ワンコの気持ちは取り合えず無視の方向だけど。
ギュウギュウしがみついていたら、シャイアもノリノリでムギュムギュ抱き返してきたから、流石に少々気恥ずかしいものを感じてきた。
「シャイア。ワンコ」
「……魔王様よ。俺は、犬ではないのだが」
「…………」
「………………」
少々憮然とした呆れ混じりの瞳で見られたが、無言のまま懇願の眼差しで見つめていたら折れてくれた。
溜息を零し、双頭双尾な狼の姿になったシャイアに礼を告げながら、心置きなく抱き付いて柔らかな毛に顔を埋める。
「シャイア、シャイア、シャイア――――ッ!」
叫び出したい所を、シャイアの名前を連呼で叫んで誤魔化す。
仰向けにさせたシャイアに抱き付き、胸の柔らかい所に額をぐりぐり押し付けて、色々溜まり込んだ恥ずかしい物を発散させていく。
でっかいワンコの癖に、四本の足が天井に向いてるのが可愛いっ。
前脚折れているのが、これまた情けなくて尚可愛いっ。
「俺は人型で魔王様と抱き合いたいのだがなぁ……」
情けない声音でぼやきを零しながらも、仰向けから横向きへと戻ったシャイアが、体を丸めて包み込んでくれたので、遠慮なくその中で甘える事にする。
別に初心な娘じゃないんだけど、あんな事されるの初めてだし、やたらと誉められるのも居心地が悪い私は奥ゆかしさが美徳な日本人なのだ。
その後、思い出しては突如見舞われる発作を静める為に、ワンコもといシャイアに無理矢理抱き付いてぐりぐりしていた私である。
私の許容範囲はレディファーストまでなのだと思い知った日でもあった。