魔王様と討伐隊 □ 26
そして、残る問題は唯一つ。
そう、神官組の処分に付いてなんだよね。
その為に、ラズアルさんとロゼアイアさんが残ったのだ。
面倒だから、放逐しちゃいたいんだけど駄目かなぁ。
大公達は、私が襲われた日を境に、過度な過保護から過保護にと一応控え目になった。
正確には、イシュとサナリが過度じゃなくなった過保護で、ガルマとシャイアは過保護から静観しているって感じかな。
基本的には、私の人間へ対する扱いに就いては、度が過ぎない限りは何も言わなくなった。
スナイさんとライカエッタさんに付いても、大公達から異論も反論も出なかったので、なぜか悪い事をしているような、そんなちょっとした後ろめたさを感じたりもしたけど。
普段、五月蝿い位にあれこれ言ってくるのに、何も言わないから不気味でしょうがない。
なんとなく、非行に走って親と顔合わせれば喧嘩ばかりだったのに、とうとう親に見捨てられて何も言われなくなった瞬間みたいな気分?
いえ、人間だった頃にそんな体験した事はありませんし、大公達が私を見捨てた訳ではないんだけどさ。
少しは成長したと思ってくれてんだなぁ、と思いたい。
思いたい。
唯、スナイさん達に会う時は、絶対一人で会わないようにとだけは、散々念を押されたので、そこは素直に頷いて従う事にはしたのね。
という訳で、ラズアルさんとロゼアイアさんを引き連れて、スナイさん達と会う事に致しましたよ。
スナイさん達を軟禁している部屋には、勝手に自害とか術が構成出来ないような術が掛かっている。
三度の食事も運んでいるので、こういうのを飼い殺しと言うのかしら? と不謹慎な事を思いながら部屋へと入ったのである。
スナイさん達が、この部屋で過ごすようになって、大体一週間位かな。
多少は、落ち着いただろうかと思っていたら、憔悴して暗くなっていた。
ライカエッタさんは特に酷く、ちょっと精神的に追い詰められた感が強い。
素人の私でさえ分かるんだから、ラズアルさんとロゼアイアさんが気付かないはずもなく、私を護るように自然と前に出てくれた。
ごめん。
こんな状況だったけど、ラズアルさんにまたもやときめいてしまった。
あ、ロゼアイアさんも好感度上がりましたよ?
でも、彼は既婚者だから、ときめきの対象外と言いますか、ね?
ラズアルさんとのスタート地点が違うとか、ね?
ロゼアイアさんも、十分に素敵なんですよ?
それはさて置き、スナイさんの目も当初の勢いは無くなったけど、ギラギラとした雰囲気が一層強くなっている感じがする。
私を見る目も、恨みがたっぷり篭っているから、流石に腰が引きそうになった。
「穢らわしい魔族の王よ、私達を殺しに来たのか。殺したくば殺せば良い。しかし、私達を殺した所で、お前達魔族を滅ぼす思いは潰えたりはしない。必ず、私達の思いを引き継ぐ者がお前達を滅ぼし、お前を消し去る事だろう」
呪詛でも唱えているかのように呟くスナイさんを見て、私は寧ろ不思議に思う気持ちが強くなった。
人間だった頃もそうだし、魔王となってからも、隙あらば殺そうとする、そういう強い思いも向けられた事も無ければ、これ程強く恨まれた事等なんて無いから正直焦るよ。
人間族からは忌まわしき存在として、魔族が憎まれている事は知っていたけど、魔界にいる人間達は、既にそういう殺気も無くなっていたし、ラズアルさん達が魔界に来た事で、初めて向けられた憎悪というものを私は実感したのだ。
怖いとは思うんだけど、分からない。
日本にずっと住んでて外国にも行った事無いし、外国人に知り合いもいないのに、見ず知らずの外国人に憎まれ殺されそうになる状況って言うか。
ラズアルさん達が護ってくれているし、私自信が簡単に殺されそうにも無いから、そんな事を考える余裕があるのかもしれないんだけど、怖いという思いよりも不思議とか戸惑いの気持ちが強かったのは確か。
「……攫われていた令嬢を含めたお嬢さん達は、全員無事に保護して先日リオークア国へ帰られましたよ。一部のお嬢さん達は、家庭の事情もあって魔界で暫く住む事になりました。少なくとも、二十五人の少女達は攫われた事で心に傷を負いましたけど、この先の将来を考えられる環境へ戻って来れましたよ。貴女達のした事って、二十五人もの少女の人生を踏み躙ってまですべき事だったのかな。二十五人の命なんて、貴女達にしたら『その程度』って感覚なの? 貴女達が信仰している神って、多少の犠牲は付き物だって教えているの? その犠牲は当たり前だと教えているの?」
私の問い掛けに、最初は何を言っているんだ、当たり前な事を、みたいな顔をしていたスナイさんだったけど、立て続けな言葉に表情が次第と無くなっていく。
「貴女、人を殺して平気な人なの?」
「っ……魔族の癖に! 散々人を弄び、殺して喰らってきたお前達が、それを言うのかっ!」
「過去に魔族がしてきた事を、正当化するつもりは無いけど、私自身はまだ誰も人を殺した事なんて無いよ」
興奮するスナイさんとは反して、私は自分でも意外だが冷めていた。
私の言葉に、スナイさんを始めラズアルさんもロゼアイアさん、そしてちょっとイっちゃってるっぽいライカエッタさんも驚いた表情を浮かべている。
魔王だから、人を殺すのなんて当たり前と思ってたのかな。
「人を殺した事が無いってさ、私にとっての枷だと思っている。だって、魔族にとって人間は食べ物なんだもの。貴女達が、食べる為に家畜を殺すのと同じように、魔族に取っては食べる為に人間を殺す。私が貴女を殺したら、私はこれから人間を『人間』とは思わなくなると思うんだよね。こうして、言葉を交わして理解し合える可能性があるのに、私はその可能性を選んでいるのに、何で貴女は私の枷を無理矢理外そうとしているんだろうね…………そんなに家畜になりたい? 人間全員を家畜にしたいの?」
事故で死んだ後、気が付いた時に初めて見た、魔界の阿鼻叫喚の様を思い出す。
私は、あの時に見た光景を『当然』と思いたくは無いのだ。
憤っていたスナイさんの瞳を見ながら、私は瞬きもせずに淡々と告げていた。
スナイさんの憤りは静まったけど、その瞳は恐怖が滲みだしていて誰も言葉を出さない。
魔界に来てから無尽蔵な魔力のお陰で、私は栄養を取る必要も無くなったし、本当は食事という行為も必要が無いのだ。
食べた物だって全部魔力が吸収しちゃうから、所謂排泄なんかも無いし、髪も爪も自然と伸びたりしない。
気分転換で、髪とか爪は伸ばしたり縮めたりは出来るんだけどね。
『人間』だった頃の意識があるから、『人間』を食べる事を嫌だと思っている。
死を直面する程、飢えてもいないからなんだろう。
でも、もし『飢え』を感じるようになったら?
仮に、人を食べなければ為らなくなったら?
もし食べなければ為らなくなったら、私は自分自身を誤魔化す為に、自分の心を護る為にも人を『家畜』と思うようになる。
人を食べたら、『人間』だった意識は無くなって、本当の魔族になるんだと思う。
仮に食べる為でなくとも、人を殺してしまえば罪悪感を抱くと思う。
でも、この世界、魔界に於いては罪悪感を抱く方が異質であって、周りから問題無いと言われてしまえば、気持ちが楽な方に流れていってしまうと思う。
人を殺す事は、私が『人間』だったという意識を薄れさせていくものだ。
だから、人を殺すような事はなるべく避けたい。
簡単に人を殺す事が出来る力があるからこそ、私はこの世界で一番強いと言われる魔力を以って、自分自身に強く枷を強いているのだ。
「私に、貴女達人間を殺させないで欲しい」
静かに告げた私の言葉に、スナイさんは押し黙り項垂れてしまった。
ライカエッタさんも、なぜか大人しく項垂れている。
「私の持つ魔力は、過去の魔王の中でも群を抜いているようだから、貴女達の寿命が終えた先も生き続けるみたい。貴女達が魔界に手を出して来ない限り、私が魔王で有り続けている間は、過去のように魔族が人間達を襲う事も無いと思う。魔族の言葉を信じる信じないは貴女方の自由だけど、これから先も人間と手を取り合って仲良くやっていこうとも思ってない。絡んでこなければ魔族からは何もしない。そこの所、よくよく覚えておいて欲しい。数日後には、ラズアルさん達と共にリオークア国へ帰って貰うつもりでいるから」
私の言葉で、魔族は敵だからと、突進してくる意識が無くなるとは思わないけど、乗り込んで来た時に比べれば、幾分憑き物が落ちたような感じもするから、後は本人次第と思う事にして、ラズアルさんとロゼアイアさんを連れて部屋を後にしたのである。