魔王様と討伐隊 □ 24
私の言葉を、鼻で笑った娘へと目を向ける。
腰まである艶を帯びた銀の髪は、金を掛けられている事が他の娘達と比べても良く分かる。
肌も白く、染み一つ見当たらない。
気の強そうな眦上がりの瞳は青とまではいかないけど、濃い水色をしている。
貴族の娘として育てられた為か、背筋が伸びて座っている姿勢も様になっている。
自信に溢れ、自分の美しさをよくよく心得ている、堂々とした娘だ。
しかし、今にも喧嘩を吹っ掛けてきそうなその目は頂けない。
「魔界が安全だ等と、よくも白々しく言えます事」
喧嘩吹っ掛けてきましたよ、このお嬢さん。
さて、どうしましょ。
正直、私は平和主義者なので、場の雰囲気が悪くなる事が嫌いなのよね。
悪く言えば流されるタイプなんだけど。
ラズアルさんを始めとした軍人組が、令嬢を一生懸命宥めているけど、寧ろ逆効果でラズアルさん達まで憎らしげに睨み付けている。
スナイさんといい、この令嬢といい、何でこうも自由に振舞えるのか不思議でしょうがない。
日和見な日本人の性でそう思えるのだろうか。
でも、態々同じ土俵に乗って、相手をする義理も必要も無いしなぁ。
「貴女方も、野蛮で忌まわしき魔族の世話になろう等と、浅ましき考えはお止しになる事ね」
令嬢は、四人のお嬢さん達に吐き捨てるように言う。
可哀想に、お嬢さん達は萎縮してしまった。
「ならば、貴女は魔界は安全でないと言う訳?」
「当たり前じゃありません事? 蛮行な振る舞いしか出来ない魔族のどこに、信用する価値があると思いまして?」
何と言うか。
思わず呆れた眼差しでその令嬢をまじまじと見つめた後、私はラズアルさんに目を向けて言った。
「もう少し、ちゃんと教育するよう、親に教えてあげた方が良いんじゃない?」
ラズアルさん以下軍人組は、私の含みに察して困った表情を浮かべている。
「なっ! お父様はご立派な方ですっ。魔族のような下等な者が、お父様の事を軽々しく口にする事自体が分不相応である事をお知りなさいっ」
尚も粋の良い令嬢を一瞥してからラズアルさんを改めて見れば、死ぬ覚悟を決めてしまったような、惨痛な表情を浮かべている。
「成る程。そういう『ご立派な考え方』をしているお父さんな訳ね……貴女、自分の立場をちゃんと理解出来ているのかなぁ」
「魔族に脅されようと屈する気はございませんわっ。こうしている間にも、我が国より魔族討伐の為に軍が大挙してやって来ているのですから」
「…………そうだったの?」
「いえ、参りません」
令嬢の言葉には呆れつつも、ラズアルさんに聞けば、この板挟みな状況が辛いといった声で答えてきた。
ラズアルさん率いる軍人組としては、お嬢さん達を無事に連れ戻したいという気持ちの手前、魔王である私の機嫌は損ねたくないし、勿論戦争にまで事を大きくしたいとも思ってはいないのだが、暴走するご令嬢を止めようにも、立場が弱くて止められないといった有様なのである。
現に、止めようとしても、ご令嬢がラズアルさん達を軽んじてて聞く耳持ってないようだし。
「何を言っているのですか、ラズアル! 我が国が魔族と手を組む等ありえませんでしょう!」
「セネミアリナ嬢。何度も申し上げてはおりますが、この度魔族の方々からご協力を頂く事は国王も承知されており、魔王殿へは略式ではございますが、国王からの感謝の言葉もお伝えしております」
興奮する令嬢の声に反して、普段のラズアルさんよりも、ゆっくりとした口調で説明している様子を見るに、この二日間ラズアルさん頑張ったんだなぁと思った。
他の軍人組へ目を向ければ、些か草臥れた雰囲気が背中に漂っている気もする。
「まぁ、良いや。リオークア国から軍が来ようがどうしようが構わないけどね。別に貴女を脅迫して言ったんじゃないわよ? 自分の立場ちゃんと理解しているのかって聞いただけなんだけど、意味分かるかなぁ」
令嬢の思い込みによる、ラズアルさん達との行き違いは何となく分かった。
そんな二人の遣り取りを遮り、令嬢へ問い掛ける。
「馬鹿にしてらっしゃるおつもり?」
「人間の立場に付いては詳しく無いけど、この中で一番偉いのは貴女なのよね? ラズアルさん達よりも」
「当然ですわ。私のお父様は、リオークア国王様の右腕とも呼ばれるお方ですもの。その娘である私が、一軍人より位が上である事は、魔界に住む貴女方にはお分かりにはなりませんのかしら」
ツンと挑むように顔を上げる令嬢に、思わず私は鼻で笑ってしまった。
「では、この場での責任者は貴女であるという自覚はある訳ね? 貴女の発言で、リオークア国と魔界が戦争になるという責任も、当然お持ちでいらっしゃるとみなしましょう」
「っ! 貴女、何を仰っているの? 私達を脅す気ですかっ」
私の言葉で、途端にギョッとした表情を浮かべる令嬢へ、軽く肩を竦めて返しながらテーブルを指先で数回叩く。
「普通に政治のお話をしているんですけどね? 何か勘違いされているみたいだけど、この場は立派に政治への影響力があるんだけど、貴女はそれをちゃんと理解出来ている?」
それなりに良い教育も受けてきたんだろうけど、甘やかされてんだろうなぁというのも十分に分かる。
父親が国王の右腕とか言っていたけど、こんな、ある意味真っ直ぐ過ぎる娘を、社交界に出していて大丈夫なんだろうかとか、余計な事を思ったりもする。
現に今も、私の言葉が理解しきれていないようで、困惑の眼差しをラズアルさんに向けているし。
「つまりね? ここで一番偉い貴女が、リオークア国の代表者として、リオークア国王の代理で、魔界の王である私と対面して会話をしている訳。貴女自身の考え方がどうであれ、それを垂れ流した結果に付いてちゃんと考えているのか? と私は聞いているの。自分の国で、自分の家で、魔族が魔界がというのは勝手だけど、魔界で魔族を相手にそんな事言ったら、ここにいる皆さんが蛮行の対象になるとは思わない? リオークア国より軍が押し掛けてくるなら、リオークア国を滅ぼしちゃえば良いやって魔族が考えないと思わないのかなぁ。貴女の対応一つ一つが、ここにいる人達全員の命を左右しているって事分からない? 貴女、凄く高飛車に色々言っているけど、ラズアルさん達が貴女を護れるなんて思ったら大間違いよ? 仮にリオークア国軍が山脈を越えて、魔界に進攻して来たとしても、リオークア国軍には微塵も勝機なんて無いから」
何でこんな事いちいち教えてあげないといけないんだかと、諭すように幾分ゆっくりと話していったら、次第に令嬢の顔が青褪めていった。
「貴女のお父様はご立派なのだろうけど、貴女自身には何も価値が無いから。こうしてラズアルさん達が無駄死にを覚悟して魔界まで来た事も、貴女のお父様の為であって、貴女自身の為じゃないという事も、よくよく理解しておく事ね。貴女、貴女のお父様がいなくて、どれだけ価値のある存在であるか理解出来ている? 人の上に立っているという自覚があるのなら、人の命も預かってるんだという事をきちんと理解しなさい。人の上に立てば立つ程、それだけ人の命も預かるんだから。預かった命を顧みずに、口先だけの人になんて誰も付いて来てくれないわよ? 自分の立場が理解出来たのなら、少しはその緩い口を引き締めてて。その頭は帽子を被る為だけにあるんじゃないんだから、しっかり使わないと意味は無いんだからね」
すっかり押し黙った令嬢を一瞥する。
この程度で黙るなら、スナイさんよりかは扱いは全然楽だけどさ。
正直、この令嬢が言っている分だけを聞けば、ご立派なお父様も高が知れているって感じはするけどね。
国王の右腕と言われているんだから、それなりに腹芸も出来るんだろうけど、どうせなら娘の教育にも腹芸を加えるべきだと私は思ったのである。