魔王様と討伐隊 □ 22
そこは、映画で観るような、中世ヨーロッパの舞踏会といった雰囲気だった。
侯爵達と間を置かずに移動して来たのだけど、本当に一瞬で移動して来た。
瞬いたら景色が変わっていたという位、違和感も無いのだ。
召喚で侯爵達が現れた事に喜んでいた人間達だったけど、続いて私達が現れたもんだから喜びが静かな響めきに変わる。
人間界なんて初めてだから、物珍しさもあって辺りを見渡すと、窓が無い様子から、ステアーナ侯爵の報告通り地下の部屋なのだと納得する。
しかし、淫魔の召喚を行ったという割りには、余り陰鬱した感じが見受けられない。
私の想像だと、真っ暗な部屋で蝋燭の明かりと、黒いフードを被った連中が少女達を生贄にしているの図だったんだけど。
地下らしき部屋は確かに背徳っぽいけど、広さはかなりあるし、天井から五個もぶら下がっているシャンデリアもどきは煌々と明るいし、この儀式の参加者達も、コルセットで腰を細く締め付けているドレスや、中世ヨーロッパのお貴族様みたいな服を着ていて、其々が仮面を付けて優雅にお酒を飲んでるのだ。
身内だけの仮面舞踏会ですよ、と言われても納得しそうな雰囲気なの。
陣の前に全裸で横たわっているお嬢さん達以外は、と注釈が付くけどね。
召喚では、大体魔族一人が気が向くと現れるのが通常らしくて、魅惑的な淫魔族が五人も現れた事も驚きだけど、更に上をいく蠱惑的な魔族が、その腕に少女を抱えて現れたものだから、人間達は非常に驚いたようだ。
身贔屓するつもりは無いんだけど、ここに集まっている人間達もこんな催しする位なんだから、それなりに地位があると思うのね。
でも、ウチの侯爵達やガルマの方が全然高貴さでは上と言うか、足元にも及ばないって思う程に、人間達が下衆に見えるんだよね。
「こ、これはこれは……高貴なる魔族の方が、これ程までにお越し頂けるとは恐悦至極にございます。嗜好を極めてらっしゃる魔族様に、お気に召して頂けるか……ささやかではございますが、こちらに用意致しております供物をお納め下さいませ」
現れた魔族の多さに動揺していた主催者と思わしき人物が、逸早く立ち直り今にも揉み手しそうな雰囲気で近寄り挨拶しだす。
目元だけを隠した仮面を身に付けたその人物は、衣服の上から見る分には、太鼓腹でもなくそれなりにスマートで、多少髪に白い物が混じり出した壮年といった感じだ。
老人と呼ぶには若く、中年というには些か歳をくった、精力的に活動しそうな男である。
精力的だから、こんな事をしているのだろうか。
その男を始めとして参加者一同が、一番力のあると思われるガルマへ媚びているのだ。
侯爵達も十分に美しい容姿ではあるけど、やはり魔力の差が大きいのか、大公となるだけはあるのか、ガルマの美しさは侯爵達の上をいっている。
人間達の媚びてくる様子を見て、媚びるでも色々あるもんだと気付いた。
可愛い媚とか憎めない媚とかね。
しかし、ここにいる連中の媚びは、正に媚び諂うの一言で醜悪そのもの。
男が言葉を重ねるごとに、私は眉間の皺が自然と増えていくのが自分でも分かる。
この卑しく醜い生き物は何なのだろう。
自分達の享楽の為に、罪も無い娘達を攫い、踏み躙る等許される事だと思っているのだろうか。
「供物というのであれば、遠慮なく貰い受けよう」
自分の欲望を訴える主催者である男の言葉を遮り、冷めた目で男を眺めながら私が告げると、ステアーナ侯爵を残して共に来た侯爵達と娘達は一瞬で消える。
上位の魔族だから、お嬢さん達を担ぐ必要も無ければ、陣を使って帰る必要も無いのだ。
移動する程度の術であれば、魔族なら詠唱の必要も無いけど、人間の持つ魔力では術の詠唱が必須みたいで、一斉に消えた魔族と娘達に、参加者達は小さく驚きの声を漏らす。
また、独特な雰囲気を持つ魔族達の中、場違いな程に平々凡々な少女が命令しているのにも驚いたんだろうね。
主催者と思わしき男が、私を見て、何か取り繕うとするように口を開き掛けたけど、あからさまに顔を背けた。
「ガルマ。存分に望みを叶えてあげて? でも、殺しちゃ駄目。傷付けても駄目だよ? 世間という日の目が二度と拝めないようにね」
ウチの連中を出汁にするような犯罪者達には、社会的制裁を喰らわせてやろう。
私にはソレが出来る権力を持っている。
それを驕りと断じるなら受けて立とうじゃないの。
文句があるなら魔王殿まで来やがれである。
ガルマだけに聞こえるよう、静かに告げるとその腕から下りる。
「お一人でお戻りになられますかぇ?」
「うん。後は任せる。好きにして良いよ」
「御意に」
一歩下がった場所で控えているステアーナ侯爵と共に、ガルマは私に向けて優美に膝を折る。
顔を上げた二人の笑みはこれからの行為が楽しそうな、残忍そうな笑顔だったけど気にしないし気にする必要も無い。
陣の上に立てば、ガルマが対の陣へと送ってくれた。
その後の事は、人間達の自業自得である。
同情する余地等ないのだ。
ガルマとステアーナ侯爵に、後は任せて魔王殿に戻った私。
対となる陣に私が戻って来た後は、手筈通り侯爵達が陣を消してしまう。
これで、人間界にある陣も消えてしまうのだ。
取り零しが無ければ、今後一切人間界からの召喚は行えなくなるはずである。
「どう? お嬢さん達の様子は」
二十五人もいるからかなり人口密度は上がっているけど、お嬢さん達は未だ意識を戻してない様子。
男性を前にしても問題が無い、簡易なワンピースを順に着せていくのを見ながら問い掛ける。
「薬で意識を無くしているだけの様子で、体に害は無いようでございます」
お嬢さん達の様子を、一通り確認したケネアイラさんが答えてくれた。
「彼女達、全員裸だったんだけど大丈夫かな」
未婚の女性が異性に裸を見られた場合、自害を厭わない程の強い道徳感を心配して言うと、ケネアイラさんが察してくれて頷いた。
「気が付かれましたら確認は致しますが、恐らく薬で全員が気を失った後に、衣服を脱がされたと思います。これだけの人数ですから、起きている状態で衣服を剥ぐのは抵抗も強いでしょうし、大丈夫かとは思います」
「そっか……それなら良いけど……。なるべく、お嬢さん達には今回の事、さっさと忘れて欲しいかなぁ。こっちで出来る事あれば協力は惜しまない積もりなんで、遠慮なく言ってね?」
ぶっちゃけ、記憶抜く事も考えたりもしたんだけど、記憶抜いた所でフラッシュバックとかあっても可哀想だしなぁと考える。
生憎、医学を学んでた訳でもないし、心理学なんて更に分からない。
一応、記憶を抜く術とかその影響度合いとかも大公達には聞いたけど、フラッシュバックに付いては保証出来ないって結論が出ている。
変に記憶を弄るよりかは、お嬢さん達が、早く心の中で折り合いが付いてくれれば良いな、と願う事しか出来ないのがもどかしい。
裸にされた記憶が無いだけ、まだマシなのかな。
私が出来る事は、ここまでなんだよね。
「魔王様、お嬢様方のご用意が整いましてございます」
束の間考え事していたら、侍女のクレアティヌが寄って来て教えてくれた。
「じゃぁ、先にお目覚め頂こうかな? ラズアルさん達も呼んだ方が良い?」
代表して、ケネアイラさんに尋ねると、先に目覚めさせましょうとの事。
お嬢さん達を保護してくれた侯爵達には、ご苦労様と労ってから退出をさせ、侍女のシアンゼーカに起こすようお願いする。
シアンゼーカは蛇族で、蛇族は薬物の専売特許なのである。
術を詠唱したのか少し唇を動かした後、長椅子に座らせているお嬢さん達に向かって、息を吹き掛ける仕草をした。
「直ぐに気が付かれましょう」
「うん、ありがとう。もう、下がっても良いけど……」
起きた時に魔族が多いと焦るかと思ったのだが、シアンゼーカを始めとした私の侍女達からの『とんでもない!』という無言の圧力に私が焦った。
シアンゼーカの言った通り、私がたじろいでる間に次々とお嬢さん達が気が付いていく。
「ここは……」
「……私、一体……」
薬のせいで気怠さが残るのか、少々ぼんやりしていたり頭を押さえながら呟いているお嬢さん達に、ケネアイラさんとリーデアルさんが近寄って静かに声を掛けていく。
「気が付かれましたか? もう、大丈夫ですよ。私達は、リオークア国王室師団の術師です。皆さん、お体に怪我等異常は見られませんか?」
リーデアルさんも、ケネアイラさんと同じように一人ずつ声を掛けて確認している。
大分意識がしっかりしてきたようで最初は動揺を見せたけど、ケネアイラさんとリーデアルさんが静かに声を掛けていったお陰か、直ぐに動揺は収まっていったみたい。
離宮に住む女性達が、甘くした温かなミルクを順に手渡していく。
戸惑いながらも穏やかな雰囲気の女性達にミルクを勧められ、おずおずと飲んでる様子を見ながらケネアイラさんに聞いてみる。
「全員、リオークア国で行方不明になったお嬢さん達かな」
「ざっと見た限りですが、四名程確かとは言えませんが、他の娘達の特徴は合いますので間違いは無いかと」
「もしかしたら、他の国から連れて来られたのかもね……リオークア国の人じゃなかったら後で教えて? ラズアルさん達呼んで来るんで、後は任せるね。一人置いて行くから、用があれば言付けて構わないから」
「シアンゼーカに後は任せるから、離宮の人達宜しくね。誰か、ラズアルさん達連れて来てあげて。私は執務室に戻るから」
「畏まりました」
適当に仕切った後、執務室へ戻ろうと扉へ向かう私に、ケネアイラさんが呼び止めたので振り返る。
「この度のご協力、ご厚情、そして娘達への配慮。一軍人の身故に私如きがお礼を申し上げる事は憚りがございますが、一人の女として厚くお礼申し上げます。誠にありがとうございます」
深々と頭を下げるケネアイラさんに続いて、リーデアルさんも頭を下げてきた。
「……まぁ……同じ女ですからね」
些か照れ臭く感じながら頬を緩ませると、後は人間同士に任せて私は執務室へと向かったのだ。
その後、戻って来たガルマからは『恙無く終えました』と、妙に生気溢れる艶やかな表情で報告を受けた。
ステアーナ侯爵も、エステ帰りのような笑顔だったけど、労いの言葉を送るに留め、詳細に付いては聞かなかったのだが、忘れ掛けた頃に参加者達のその後を聞く機会があった。
意識や常識は至って正常であるが、全員が色狂いとなったにも拘らず、不感症や不能で極限の欲求不満地獄を味わい、結果次々と人が離れていき落ちぶれていったそうである。
お嬢さん達を無事に保護した夜は、協力してくれた魔族在住の人間族や、侍女、侯爵達にお礼がてら労いの言葉を掛けた。