魔王様と討伐隊 □ 20
瞠目していたラズアルさんが、気を取り直した様子で深く頭を下げる。
「……魔王殿のご慧眼には、感服致しました」
少し躊躇ったラズアルさんだったけど、意を決して様子で更に言葉が続く。
「魔王殿のご推察通り、唯の街娘や村娘だけであれば、我々は魔界へまでは派遣されなかったでしょう。リオークア国は、王を要とした派閥とは別に二つの派閥があります。その派閥の一つでもあり、王権に多大な影響力を持つ貴族の令嬢が、今回行方知れずとなったのであります。当初、対抗する派閥による工作とも思われ、今まで均衡が取れていた派閥間に乱れが生じ、一時期は統治が儘ならない状態となりました。勿論、既に魔王殿へはお話致しましたように、他に行方知れずとなっていた娘達の捜査も行いましたが足取りは掴めなかった訳であり、魔界へ連れ攫われたと推測に至り国王の名の下、我々が魔界へ赴いた次第であります」
ふむ。
国の中には犯人はいないが、AとBの権力者達が疑心暗鬼状態。
困った王様は、王様勅命で討伐隊を派遣する。
娘達は、魔界にいるという証拠は無いけど、今迄の事を思えば黒に近い灰色だし、討伐隊派遣したから名目も立つし、上手く魔王討伐出来たら俺ヒーロー。
討伐隊が逆にやられても、人間族の認識では力の差は歴然だからしょうがないという流れにもなるし、娘達は魔族の犠牲になりましたとでも言えば諦めも付くだろうし、時間が経てば落ち着くだろうから派閥の争いもいずれは立ち消える。
所がどっこい、魔族から協力貰えて令嬢保護が出来ちゃうかも。
娘達が保護出来るならそれに越した事は無いし、令嬢戻れば親であるお貴族様にも恩は売れるし、派閥の争いも自然に沈静。
上手く行けば、国民から王や国への支持も上がるし、事情を聞けば他国のお偉い所が噛んでるみたいだから、何かの折には外交も有利になちゃうかも?
だったら、魔族からの話に乗るのも有だよね。
国の立場として魔族が協力してくれたなんて、都合が悪いなら黙ってれば良いかもだし。
魔族からの協力があった事だって、国王と側近しか知らないんだから情報操作だって軽いよね。
「……てな流れかな? リオークア国王もなかなか狸だねぇ……そうなると、やっぱり最初はラズアルさん達捨て駒にするつもりだったのかぁ」
身も蓋も無い私の言葉に、引き攣りながらも黙っているラズアルさん。
うん。
沈黙は金ですね。
国を運営する人が、お人好しだけで統治出来るはずもないしね。
その辺は追求しないでおきましょう。
「で、神殿側はどう絡んでくる訳?」
そして、残る疑問点をラズアルさんに問い掛けた。
粗方予想していた通りだったけど、その確執は予想を上回っていた。
勧善懲悪では無いけど、人間族にとって魔族は、善い存在には成り得ない悪の存在だったのね。
まぁ、中には魔族と恋愛して押し掛け隷属する人もいる訳だけど、そんな人は本当に希少種だし、魔界にだって二人しか生存してないしね。
高位の神官が持つ魔力とか精が、淫魔族にとっては当時のご馳走だったというのも大きな要因だね。
共食いする程荒れていた魔界では、良い餌が見付からないからと、淫魔族が高位の神官を乱獲なんてしていたから、親の敵以上に憎い存在なのだそうだ。
魔族と見れば、躍起となって成敗したがるようになったのが百年前位と言うのだから、ちょっとやそっとじゃその意識を変えるのも無理ってな程根が深い。
魔族討伐に関する研究が一番進んでいるのも、神殿なのだそうだ。
一応、神殿にも神軍と言われる軍隊があって、魔族討伐魔界撲滅をスローガンに掲げているんだとか。
その神軍とやらも、山脈を越えて来るには、まだまだ力不足という現状ではあるらしいけどね。
成人してから、神殿に所属する人も少なからずいるらしいけど、宣教師のように各地を回る神官達が、魔力の高そうな子供を見付けては神殿に勧誘しているのだそうだ。
神殿に所属するとなると、その親にも幾らかお金を渡されるし、微々たるものだが本人にも給料が支払われるから、上位以下の家庭では喜んで子供を預ける事が多い。
給料も歳や位によって上がっていくようだし、ちょっとエリートになって、権力とお金が持てるかもという夢が見れるみたい。
逆に、魔力があるからと、子供を推してくる親もいるんだとか。
実際には、実力主義のようにも見えるけど、かなり権力渦巻く魔窟って部分もあったりしてね。
そういったグログロした部分は置いても、子供の頃からの情操教育で魔族は悪なり! 滅亡させる存在! と教え込まれたら、自然とスナイさんみたいな方が育つという仕組みな訳ですよ。
なので、ここに至って、軍人組と神官組で行動が別れてしまった訳なのね。
当初は討伐隊を犠牲にしてでも、王宮の揉め事を何とかしたかったのだし、魔族の協力であれ王宮が通常運営になれば問題解決になる。
リオークア国で最優先にしたいのは、派閥間の安定であり、令嬢及びお嬢さん達の保護なんて付属事項なのよ。
魔族と手を組むなんて事が世間に知れたら、結構ダメージも大きいと思うんだ。
ラズアルさんが、どのように報告していたかまでは知らないけど、リオークア国王側でもそういった不利と有利を天秤に掛けて、有利だと思ったから魔族の協力には賛成としたんだしね。
神官組の勝手な行動には、リオークア国王も困ったって所なのだろう。
普通に人間族同士でも同じじゃない?
国同士の関係が宜しくない所へ、片方から援助してくれると言ってくれたのに、その国王を殺したら戦争モンでしょう。
王宮内が乱れている所に魔族一丸で乗り込んで来ましたなんて、リオークア国王だって考えたくは無いわよねぇ。
参りました状態のラズアルさん曰く、リオークア国王も神殿側には、控えめに抗議をしている状況なのだとか。
リオークア国は、クショーレア山脈に面している三国程、魔族による被害は受けてないので、神殿側からの影響に付いても、非常に深刻であるとは考えていないようなのだが、鬱陶しい程度には影響があるみたい。
単純に神殿というのは、日本で言う神道に近い物と私は認識している。
神道程神様は溢れていないけど、創造神を頭に複数の神様をひっくるめて、モザネアイ教と称されているのね。
中には商業の神様とか、農耕の神様もいるけど、全部まとめてモザネアイ教となる。
日本各地に神社や道祖神の石碑、祠が溢れているように、このモザカレアス大陸の各地にモザネアイ教の神殿が大小溢れているの。
唯、信仰心はかなり深くて、神殿側が国民を煽れば、多少の暴動は起こり得る可能性は秘めている。
国益の為という思想を持って、国は国民を軍として動かすけど、神殿は信仰で直接国民を動かすから、その辺がリオークア国にとっては鬱陶しいみたいね。
宗教の良し悪しは別としても、上の権威から命令されるのと、自分達の信念で動くのとでは、機動力が違うもの。
ラズアルさんとサナリとで暫し話し込んでたら、夕食の時間を過ぎてしまっていた。
「お互い不測の出来事でドタバタはしてしまったけど、当初の予定通りでこちらは動きますね。リオークア国に関しても、今の所は報復とかも考えてないし、ちょっかい掛けて来なければ、どうこうしようとは思ってないです」
そうラズアルさんに告げ、我々は少し遅めの夕食を取る事にし解散したのである。