魔王様と討伐隊 □ 19
人生の中でも類を見ない集中力を持って、若しくは八つ当たりによって私が済ませなければならない執務は皆無となった。
このまま、長期休暇取っても問題無い程である。
私、優秀。
遣り遂げた感に浸り、一人悦に入っていた所へサナリがラズアルさんを伴って執務室へとやって来た。
緊張に強張った表情で、恐縮そのものなラズアルさんには一先ず座るよう促し、イシュがいないのでサナリにトアンを淹れて貰う。
「魔王殿。先程の、スナイ殿……いえ、スナイとライカエッタの愚行に付きまして、改めて深くお詫び申し上げます。リオークア国王に於かれましても、此度の件は……言い訳と思われても仕方無き事ではありますが、想像もしてなかった不測な出来事。魔王殿が、尚もご協力頂けると仰って下さいましたが、娘達の救出に関しては反故となされましても、已む無き事とリオークア国王も理解しております。又、我等はいかような処罰も甘んじて受ける所存であります」
「いかようにでも、ねぇ……まぁ、取り合えずあの二人は暫く預からせて貰う事にするけど。そこまで覚悟もあるし、リオークア国王も認めているというのなら、貴方達を隷属としても構わないって事なのかな」
隷属と聞いて、ラズアルさんの表情が険しく強張ったけど、唇を結んだだけでしっかりと頷いて応える。
魔族の隷属と言うのは、魔族が主となるのは勿論、その命は主である魔族に縛られ、人として死ぬ事も叶わず、どれだけ離れていようとも主の命令には逆らいたくても逆らえない。
主が隷属を放棄するか、死を命じた場合に解放されるけれど、どちらであろうと体を残して死ぬ事は無い。
隷属された場合は、人としての生がその瞬間に終わってしまうので、死ぬ時は魔族同様塵として消滅してしまうのである。
ちなみに、魔界に住んで魔族と婚姻状態にある人間も、寿命に歴然の差がある為隷属という立場を取っている。
一応、主となる魔族側が遠慮していたのだけど、人間に押し切られて隷属としたのだ。
隷属となる本人はなる気満々だったし、バカップルを相手にするのも阿呆らしいので許可したのね。
しかし、ラズアルさん達はリオークア国王へ忠誠を誓っている騎士でもある訳だから、魔族の隷属になる位なら死を選ぶってな程に屈辱以外の何物でも無いのだ。
そんな屈辱でも甘んじて受けましょうと答えてんだから、余程の覚悟なんだろうなぁという事は分かった。
その覚悟の潔さも、ちょっと引っ掛かるなぁとは思うんだけど。
本当に神官組のあの二人は、余計な事ばかりをしてくれる。
「隷属なんてしませんから安心して下さいな。それよりも疑問があるんで、教えて欲しいんですけどね? スナイさんも、ライカエッタさんも詠唱もせずにどうやって術を構成していたんですか?」
ウチの大公達だって、馬鹿じゃない。
寧ろ優秀なのだ。
攻撃の態勢があれば、直ぐに気が付いたはずなんだけど、大公達に気付かれる事なく、術を構成させた事を不思議に思っていたのだ。
人間が使用する術には、詠唱が付き物と聞いていたのだけど、それ以外にも術があるのだろうか。
その辺りをラズアルさんに聞いてみた。
「私も術に詳しい訳ではないのですが……神官が使用出来る秘術の部類と思われます。我々人間が使う術でも、比較的簡単な術であれば、詠唱無く術を構成する事自体は可能ではありますが、今回スナイ達が行ったような大掛かりな術は、術者への負担が激しく、命を落とす場合が多いと聞いております。又、詠唱以上に術の構成に時間を要しますので、まず使う者はおりません。正直、我々もまさかスナイ達があの様に術を構成しているとは微塵も思っておりませんでした」
またもや頭を下げるラズアルさんを余所に、サナリが横から更に説明してくれる。
「あの術は、人間族でも神官が使える術です。通常、人間族の魔術師では禁術とされ、知る者が少ないと記憶しております。術の構成に時間は掛かりますが、周りに悟られる事なく術を構成する事が出来るという利点がある反面、術者の生命を著しく削りますので術者の多くは死に至りますが、今回はライカエッタが補助として務めたのでしょう」
成る程。
だから、大公達は気付かなかったし、スナイさんも死なずに済んだという事か。
邪推すれば切りが無く、色々と考えられたりする訳なんだけど。
「今回は、神官というか、神殿側の独断先行ってとこなのかな……?」
でも、なぜ? と小首を傾げ呟いた独り言に、ラズアルさんが少し驚いた顔で私を見る。
「……魔王殿は、我々を疑ってはおられないのですか?」
ラズアルさん達が、共謀して事に及んだと思われても仕方の無い状況だとは思うけど、そこで一緒くたにするのも少し無理があると思う。
「ん~……善意で見れば少々ねぇ? だって、令嬢ってお嬢さんは王族繋がりというのもあるんだろうけど、かなり上の貴族……それなりにリオークア国王へ影響を持っている位置だと思うんだよね。国王主催の舞踊会で行方知れずになったからと言って、国の威信を掛けて捜査をするまでなら分かるけど、態々魔界にまで討伐隊を寄越すのは少し越権と思われてもってとこかなぁ。他のお嬢さん達は建前というか、越権の目眩しっぽくも見えるし」
街や村の娘が消えたといっても、せいぜいが二十人前後なのだ。
国の人口を考えれば、二十人なんて微々たる人数だと思うし、これが一つの村や街、王都下で集中しているというのならまた異なっていたと思う。
上から見ればその程度って思う人数に対して、十名とは言え軍人を動かすのだから、消えた令嬢様は余程力のある貴族の娘なんではという考えも出てくる。
何せ、魔族に襲われた村が一つや二つ、三つと廃村にされても、軍隊は疎か軍人だって寄越さない国もあるのだ。
クショーレア山脈に面している三国の事だけどね。
軍隊を寄越しても敵わないからと言うのと、村が貧村だったって事もあるんだろうけど、この三国の対応は基本的な考え方なんじゃないかな?
そういった認識の中で、正義感だけで助けに来ましたと言い切るには無理があるし、人間族では下々が犠牲になっても当然という認識が少なからずある訳だし、これってかなり破格な対応じゃない?
しかも、リオークア国の思惑に反して魔族が協力して、そのやんごとなき令嬢を保護すると約束までしてくれるのに、軍人であるラズアルさん達が、今事を起こすのは愚の骨頂でしかないでしょう。
但し、これって令嬢保護を第一に考えていた場合だけどね。
「後、考えられるとすれば、スナイさんが刺し違えても良いと思う位に魔族を憎んでるってトコだけど、そうなるとライカエッタさんが補佐していた所が矛盾するでしょ? スナイさんが、ライカエッタさんを言い含めるなりして協力させたというよりも、神殿側の意向で事に及んだと言う方が無理も無いなぁとね?」
私は事故で死んだ後、気が付いた場所が魔界だったし、早々と魔王となってしまったものでして。
一応、こちらの世界に付いての勉強はしているのだけど、他種族の存在やその性質はさらっとだし、主に魔界や魔族に付いて最優先で勉強している状態なのね。
人間界に付いての勉強なんて、殆どしてないも同然なんですよ。
だから、ここまで神殿が突っ走る思考というか、思惑がさっぱり見えないのよね。
まぁ、スナイさんが王の間で『悪しき存在』と貶してくれた辺りがヒントかなぁとも思うんだけど、一応スナイさん達はリオークア国預かりだから、国と神殿との関係とか国王と神官の位置が私には分からないので、なんともかんともなのであります。
「とは言ってもね。リオークア国がスナイさん達やお嬢さん達、ラズアルさん達を捨て駒とする可能性が無いとは言い切れないけどね」
そう。
令嬢保護が第一と言い切るには、ラズアルさん達の行動は少し弱いんだよね。
指折り上げていった推測に対し、目を丸くしていたラズアルさんへ、私はにんまりと笑ってみせた。