魔王様と討伐隊 □ 01
で、その件の麗人が現在、頻りにドンドンと扉を叩いている。
舌打ちを鳴らし、握っていたペンを書斎机に叩き付けると、勢い良く立ち上がって扉へと向かう。
未だに打ち鳴らす扉を、手加減せずに押し開いてやれば、案の定扉を叩いていた人物は派手に吹き飛ばされ、転がった先の向こう側の壁で蹲っていた。
プラチナブロンドみたいに、明るく白に近い金、ではなくて白に近い銀の腰まである長い髪が、転がった拍子で乱れている。
私に向けられる潤んだ薄紫の瞳は縋るような眼差し、倒れ横座りで痛みを抑えるように片手を添えられた頬は薄く色付いている。
「依子様……」
唇を戦慄かせて、私を呼ぶ様は正に妖艶。
無駄に妖艶過ぎる。
なぜ、今ここで、私に向かって妖艶さ全開で、秋波を送ってくるんだ。
その妖艶な雰囲気と潤んだ瞳で見つめられれば、私が男だったら間違いなく前屈みになっていたと思う。
実際、初めて会った時は、こいつが普通にしているにもかかわらず、蠱惑的な雰囲気に知らずと顔が赤らんだりもした。
そう、こいつの変態っぷりを知るまではね!
基本の性別は男。
容姿は美形の一言。
名は、寿限無以上に長いし、覚えて無いし、覚える気も無い。
基本、魔界にいる連中は名前が長い。
例外もあるけど、基本長い。
取り合えず面倒だから、略称でイシュと呼んでいる。
一応、変態ではあるが、私の宰相を務めている。
変態だが、淫魔族長でもある。
変態だが、私以外の生物には冷酷無情である。
私に対してだけは、ドMだけどねっ。
生まれたての子羊ですか、バンビですかってな具合で、プルプルと震えながら私を見るイシュに、ついイラッと来て蔑むように見てしまった。
しまった! と思った時にはもう遅かった。
薄く染まっていた頬は、更に紅潮して息遣いも激しい。
小刻みにプルプルと震えていた体が、ビクンビクンと痙攣。
挙句の果てに、嗚呼とか悩ましい声を漏らす始末。
「悔しい……また、イかされてしまった……」
悔しいなら、余韻なんか楽しまないでよっ。
悩ましい声で聞えよがしに呟かれ、こめかみの血管が切れそうになった。
「……っ……用件は何よっ!」
怒鳴り付けたい、殴り倒したいという気持ちを、指が白くなる程拳を握り締める事で、必死に堪えながら歯を食い縛り用件を聞いてみた。
「お仕置きして頂けないのでしょうか」
更に息遣いを荒くしながら、期待の眼差しを向けるイシュを見て、血管でない物が切れた。
踵を返し、自室へ戻ろうとした私へ、イシュは光よりも早い素早さで取り縋る。
「申し訳ございません! 申し訳ございません! 実は、人間界より魔王様討伐の一行がやって来るとの知らせを受け、報告に参った次第です!」
それならそうとさっさと言いなさいよ、と縋るイシュを素気無く振り払い、私は王の間へと向かい歩き出す。
「嗚呼、よもや冷たくあしらわれて、悦びを見出す日が来ようとは。依子様のような王に仕える事が出来て、イシュはイシュは……またイってしまいそうです」
背後から聞こえる声に、我慢し切れなかった。
これがイシュの手だと分かってはいるんだけど、我慢出来ない怒りが、勝手に雷となってイシュだけに落ちる。
悦んで悶絶する声が聞こえたけど無視をした。
イシュは、私がイシュへ対して行う事全てに、快感を覚えるのだ。
それが、私がイシュを変態呼ばわりする所以である。
炭と化したイシュは放置して、私は王の間へと向かった。
どうせイシュは一分と経たず、元の姿に戻るのだから構う必要も無い。
人間であった時は一六〇センチあった身長が、この魔界に来てから一三〇センチ程に縮み、歳も二十七から十歳児前後へと若返っていた。
若さで補っていた物が、補えなくなってきた年頃だったので、若返ったのは正直嬉しい。
嬉しいけど、どうせ若返るなら十八歳辺りのね、花も恥らう年頃が良かったなと思う。
脂で水を弾くんでなくて、若さで弾けちゃうお年頃ね。
何と言うか、今の私って赤ちゃん肌なんだよね。
今の自分の頬を摘むと異様に柔らかい。
女ですから、それはそれで嬉しいし、染みやそばかす、ニキビとか肌の事で一生悩む事は無くなったけど、小さくなって色々と不便だったりもする。
今、王の間へ向かっている現段階で不便である。
歩幅が小さい上に、距離があるから途中で息切れしそうになる。
というか、もう息切れしだしているし。
イシュに運んで貰えば、一瞬で移動なんて簡単に出来るんだけど、人間怠けだしたら怠けていく一方じゃない?
運動しないと筋肉は衰えるし、肉は弛んでくるしね。
なので、こうして息切れしながら頑張って歩いている訳。
なぜに魔界へ来て若返ったかと言えば、私の持つ魔力とやらが原因らしい。
イシュ曰く、私の持つ魔力とやらは底無しだとかで。
それこそ、指をパチンと鳴らせば天下統一ならぬ、世界まるっと魔界に模様替えなんて事も簡単に出来る程の魔力があるのだそうだ。
頭に魔が付こうが、覇が付こうが、愚が付こうが、王は王ですよ。
自分の事だけでも手一杯なのに、なんで世界まるっと面倒見なければならんのかと思うので、模様替えの予定はございませんけどねっ。
魔界は、大変分かり易く上下関係の世界。
魔力が多ければ上、少なければ下。
一番多い人が魔王。
この世界で一番魔力の質が良い上に、魔力が無尽蔵なので私が魔王。
実に分かり易い構図である。
もし、私の両親が魔族で、生粋の魔界生まれであれば、魔力底無しの私は絶世の美少女、傾国の美少女であったかもしれない。
と言うのも、魔力の多さに比例して容姿は美しく、寿命も長く、知性も伴う。
尚、知性というのは頭の良し悪しでは無く、基本は意思の疎通がはかれるって意味。
更に魔力が多くなれば知恵が付いてくるから、上位魔族の悪知恵とか狡猾さなんて、とっても冴えていて空恐ろしいです。
しかし、私は地球は日本、東京生まれ。
先祖代々混じりっけ無しの日本人である。
何で、死んだ『横山依子』の意識を持ったまま、この世界、魔界で気が付いたのかは分からない。
分からないけれど、『横山依子』の肉体で若返っている為、残念ながら容姿は平々凡々だ。
私の周りにいる魔族は、上位の連中ばかりなので、基本的に全員が美しい。
魔界で一番の美しさを競わせたら、常に最終選考で残るイシュは、淫魔族の頂点に立っている位だから、綺麗という言葉が陳腐になる程綺麗である。
美の結晶である。
ヤツの美しさに付いては、私も異論は無い。
変態だけどね。
もっとも、淫魔族は生態上基本的に綺麗所が揃っている。
一番魔力の弱い淫魔族でも、容姿に関して私は敵いませんよ。
しかし、寿命に関しては、いつ死ねるか分からない程長生きするそうです。
死んだばかりで、また直ぐ死ぬのも嫌だけど、だからと言って、自分の歳が数えられなくなる位、長生きするのも嫌だなぁと密かに悩んでる。
膨大な魔力を保持する為に、最低限必要となる身体が、私にとっては十歳児だったみたい。
私はこれから、気の遠くなる時間を掛けて、ゆっくりと成長していくのだ。
ちなみに、魔界でもこの身体はまだ未成年と言える領域でして、寧ろ歳だけで見れば魔界ではハイハイしたての赤ん坊同然。
魔界でちゃんと生まれていれば、私は早熟なタイプになるのかな。
目出度く成人した暁には魔力倍率ドン! 更に倍! ってな感じだそうです。
私、どこまで人間から離れていくのかしらね。
もう死んでるから人間じゃないけどさっ。