魔王様と討伐隊 □ 18
無駄に広くて大きい魔王殿は、無駄に部屋数も多いのだけど、結局使う部屋なんて限られている訳でして。
重苦しい雰囲気の中、イシュとガルマと共に執務室へと向かう私。
寧ろ一人でいたかったりするんだけど、二人共付いて来るのだから仕方が無い。
部屋へ入り、執務をこなす私の椅子に腰掛けると、くたびれた気分で凭れ掛かる。
黙々とお茶を淹れてくれるイシュのその態度からして、不満なのがありありと分かる。
暫しの間お互いに無言だったのだけど、そこへシャイアが戻って来た。
「例の二人は閉じ込めておきましたよ」
「痛め付けていたりとかしてないよね?」
さぁ? と、家臣にあるまじき仕草で肩を竦めて返すシャイアに、唇を尖らせ不満を表す。
「魔王様」
普段とは打って変わった落ち着いた様子のイシュに、説教の気配を感じてそろりと視線を逸らす。
別に、普段が落ち着き無いって訳じゃないんだけど、あからさまに物申すって雰囲気が出ているんだもの。
「魔王様は人間に甘過ぎます。寛大なお心を持たれるのも結構ではありますが、人間共に軽んじられるのはいかがかと」
僅かに頭を下げて進言してくるイシュに、先よりも更に私は唇を尖らせる。
「……別に、甘い訳でも無いし、媚びているつもりもないよ」
そりゃぁ、確かに私は元人間だから、人間に対して多少は甘いのかもしれないけどさ。
湯気の立つカップを引き寄せ、だらしなく机に頬杖を付きながら見るとも無しにお茶を眺め更に続ける。
「イシュというか、みんなさ。竜族の王に跪かされて、その上頭を踏み付けられながら一族を次々殺されていったらどう思う?」
私は別としても、竜族の王が相手となれば、魔力の強い大公達だってどう頑張ろうと敵わないのだ。
「それは、今の話とは……」
「竜族の王を倒せなくても、せめて一矢は報いたいと思うよね? 僅かな傷だろうと付けたいと思うよね?」
遮る私に、イシュは言葉を飲み込む。
「魔族は確かに強いけどさ。妖精族と人間族が手を組んで、魔界を滅ぼそうと大挙して押し掛けて来たらどうなるかな? 魔族はいない方が良いからと、竜族が手を貸したらどうなる? 仮に人間族だけで魔界に押し掛けて来たら? 幾ら魔族が強いからといって、無傷では済まないでしょ。やっと領地の整備も隅々まで行き届いて、飢える事も無くなったから、人間を襲う必要も無ければ、共食いする必要も無くなったし、今の状況って結構平和だと思うんだよね」
吐息を零し、お茶を一口啜ってから並ぶ大公達を眺める。
「イシュ達が例え束になっても敵わない竜族の王へ対して、一矢でもと思うのと同じように、人間も魔族に対して敵わなくてもせめて一矢でも……って考えると思う。それで、魔族が傷付くのが私は凄く嫌なの。僅かな掠り傷が付くのも嫌だし、皆が住む場所が荒らされるのも嫌。だから、その可能性のある芽を少しでも減らしておきたいの」
元は人間だから、人間が傷付いたり死んだりするのは勿論嫌だよ?
だけど、それ以上に魔族が傷付けられるのがたまんなく嫌なのよね。
感情を持つ生き物だから、虐げられ続けていたら反発しようという気持ちが必ず生まれてくる。
自分では敵わない相手と分かっているから最初は虐げられているままだろうし、個々であれば反発の気持ちは萎縮して萎えるものだ。
だけど、同じ気持ちを持っている人がいると知れば、個々から次第に集団へとなっていく。
人間は脆く弱い存在ではあるけど、一番数が多いのも人間だし、繁殖能力が高いのも人間なのだ。
九ヶ国無いし八ヶ国が一丸となって魔界に来たら、魔族の圧勝は難しいと思う。
地球でだって、過去に幾度とその手の暴動があった訳だしね。
「……てな事を、私が勝手に思っているだけなんだけどね……まぁ……その、あれよ。王って立場をちゃんと考えてなくて、大公達に嫌な思いさせたのは悪かったと思っている……ごめん……」
さっきのイシュの言葉や皆の激怒っぷりに、ちょっと自分勝手過ぎたなぁとか、自分の理想を押し付け過ぎたなぁとか、皆の気持ちを踏み躙っていたんだなぁと反省した訳なのですよ。
これでも、一応ね!
大公達も黙って聞いていてくれるんだけど、この沈黙に私が耐え切れず、段々尻すぼみにはなるし、ぼそぼそと謝罪する有様でしたけどね!
自分でも顔が赤くなってくるのが分かるしで、居た堪れなくなってきたので椅子をくるりと回して背中を向けた。
何だかんだ前振りというか、言い訳してみたけど、やっぱり私も悪かった訳だから謝らないとじゃない?
ぼそぼそだったけど謝ったし!
以上。と付け足して手を振り、退出を促したんだけど三人共出て行きゃぁしない。
何だよ。
そこにいたって、もう何も言わないぞ。
と半ば意固地な気分でいたら、ガルマが徐に口を開いた。
「魔王様がそこまで深く我等の事を思うて下さっていたとは露知らず、浅はかにも人間に甘過ぎる等と、過ぎた振る舞い深く陳謝致します。また、我等の心情を察して下さる魔王様より、勿体無くも謝辞まで頂き、誠に臣下冥利に尽きるものでございます」
大公達に背を向けたまま、ガルマの言葉を聞いてはいたんだけど、やけに畏まった言葉遣いに違和感を覚える。
「そこまで我等の事を思うて下さるのであれば、妾は魔王様直々にお情けを頂戴しとうございますなぁ……」
情け? ここで言う情けって何? 武士の情けとは違うわよね?
眉を寄せて考えるも、ガルマの言っている意味が分からず背後を振り返る。
そして、後悔した。
大公達のさっきまでのお怒りモードは、静まってくれたのか鳴りを潜めてはいましたけどね、ガルマを見れば細い目が笑みで一層細くなっている訳なんですが、なんで背中寒くなるのかしら私。
と言うか、何? そのハンターみたいに、獲物見付けちゃったニタァ的な笑い。
「あぁ、それなら俺はご褒美がまだでしたから、一緒に頂きたいですねぇ」
と便乗するシャイアが舌なめずりした後に、野性味溢れる笑みを浮かべるから怖い。
「サナリもお情けを賜りたいとの事です。勿論、ワタクシもお情けを賜りたくお願い申し上げます」
イシュ! 勝手に通信しないっ! 色気全開で微笑んでくんなっ!
これは、アレですか? 女子が殿、お情けを~とか言ってしまう夜のお情けの方でありますか?!
「ちょ、ちょっと!」
「しかし、我等が魔王様は未だ成熟の域には達してはおりません。我等にお情けを与えて下さるにも、全員ともなれば魔王様の体力が保ちませんでしょう」
私を無視して、イシュがガルマに問い掛けている。
「そうよのぅ……であれば、妾は唇にお情けを頂戴する事に致そうかのぅ。腸が煮えくり返る人間共を相手するのも、幾らかは晴れた気持ちで出来るであろうしなぁ」
ガルマが笑顔で自分の唇を指して見せ、イシュが大きく頷いて同意をする。
待てと言っている私を無視して。
「それは良い案でございますね。流石はガルマ大公。では、魔王様のご命令に従い我等は退出致しましょうか」
「ガルマ大公は、無駄に長生きはして無いって事だな」
「シャイア殿よ。ひよっこのやっかみかぇ? 妾を相手にしたくば、その尻に付いておる殻を取ってから参るが良いぞ?」
待て! と声を上げて叫ぶ私の言葉を無視して、三人は剣呑なんだか和やかなんだか、取り合えず笑いながら執務室を去って行く。
パタリと扉が閉められ、残るは呆然とする私唯一人。
私は学習したね。
彼等は臣下である前に魔族であるのだと。
主の揚げ足を取って、脅迫する臣下がどこにいるんだ。
しかも大きく吹っ掛けて、妥協しました的なとこなんて詐欺と同じ手口じゃないか!
確かに、奴等を一晩ずつ相手にする位なら、キスのがマシだよねとか思ったけどさ!
それ、詐欺と同じですから!!
何で、反省して謝った私が崖っぷちに立たなきゃならんのよ!
当たるに当たれぬ、この八つ当たりをぶちまけたい思い。
明日は覚悟しろよ、阿呆共! お前等が全ての要因だ!
そしてスナイ! タダで済むとは思うなよ!!
悔し涙を滲ませながら、その後憤りの捌け口として、怒涛の勢いで執務をこなしていく私でありました。