魔王様と討伐隊 □ 16
ラズアルさんからサナリを通して連絡を貰ったのは翌日、儀式が行われるだろうと推測している前日の午前だった。
断る理由も無いし、その日に済ませなければならない執務だけ片付けてから、ラズアルさん達の待つ部屋へと向かう。
先日話し合った同じ部屋にて、私は席に腰掛けた。
例の如く、ラズアルさん達にはトアンを、私にはイシュがカフェオレを淹れてくれる。
口火を切ろうとするラズアルさんに、思わず掌を見せて一言告げる。
「口上は良いから、要件にいっちゃいましょ。結論、出たんですよね」
かなり畏まっていたラズアルさんが出鼻を挫かれて、ちょっと戸惑った顔をしていた。
やはり、長々の口上から入るのが基本なのか。
面倒臭い風習だね。
「魔王殿のお言葉に甘えまして、今回の件に関してはご協力頂きたくお願い申し上げます」
気を取り直したラズアルさんの言葉に、神官二人以外が低頭してきた。
「まとまってはいないようだけど、良いの?」
スナイさんの硬い頑なな表情には苦笑しつつ、ラズアルさんに問い掛ける。
「リオークア国王より下知を賜りました。この度、魔王殿からの協力を頂ける事に対しましても、我等が王より感謝の言葉も預かっております」
「そっか。うん……それじゃぁ、明日の事に付いて詳しく話進めちゃおうか。一応、こちらで進めていた調査の資料はラズアルさんに預けるので……リオークア国王へ渡して貰えば良いかな? その辺りは、お任せします。出来ればこちらでも関係者は掌握しておきたいので、明日以降まとめてお渡しする事になるけど了承して貰えれば助かります」
「……ありがとうございます。我等に異論はございませんので、魔王殿のご采配にお任せ致したく、重ねてお願い申し上げます」
私を見るラズアルさんの目が、こう感嘆というか、感動しているっぽく見えるんですけど、気のせいでしょうか。。
余りキラキラした目で見られるのも、かなり恥ずかしくなったりして。
「えっと。それでですね、流れとしましては、召喚の儀式で喚ばれましたらウチの連中が行きまして、贄となっているお嬢さん方をそのまま魔界に連れて来ちゃおうと考えてます。儀式が行われるまでは、そう無体な事はしないだろうと思ってはいるんですが、無理矢理攫われた状況を考えれば、少し落ち着いてから家に戻してあげた方が良いと思うんですね」
私の説明に、相槌にて合いの手を入れる軍人組。
特に異論は無いようなので、そのまま話を続ける。
「いきなり場所が魔界に変わったりしたら、かなり怯えてしまうのも当然あると思いますので、魔界に住んでる人間の女性方にも、その場にて待機して貰うようお願いもしてあります。リオークア国の貴族の令嬢もいるのであれば、ラズアルさん達を見てそんなに怯えなくても済むかと思いますので、やはり待機していて貰えればとは思っているんですよ」
「魔王殿。我等人間の為に色々とご考慮ご配慮を頂き、何とお礼を申し上げたら良いのか感謝の言葉もございません」
「いえいえ。唯、召喚しますのが淫魔でありますから、その……贄とされているお嬢さん方の格好がですね……男性方に囲まれていたら、困る状況かもしれませんので隣の部屋とか……少し離れた場所で待機して頂いた方がお互い良いのではと思うんですよ」
そう。
淫魔族の召喚では、贄が裸にされる事が殆どらしいのね。
こちらでは、結婚までは貞淑であれという道徳感がとても強い上に、既婚者であれば旦那以外に、未婚であれば異性に裸を見られるという事は、非常に忌々しき事なのである。
未成年に見られちゃいました程度であれば、感心しませんが致し方ない程度で済むんだけど、こちらは十五歳で成人と見做されるので、今回攫われたお嬢さん方は全て成人扱い。
連れ戻したは良いけど、うっかり男性諸君に裸を晒す事にでもなったら、お嬢さん方揃って自害なんて事にもなりかねない訳であります。
問題は? と小首を傾げて伺う私に、ラズアルさんが深々と低頭する。
「異論ございません」
「良かった。一応、こちらでも女性の姿をしている者を控えさせておきますので……顔を合わせられる用意が出来ましたら、直ぐに会ってあげて下さい。安心すると思いますし」
ウチの大公達にも別室で控えているよう、そこはきつく言い渡してあるので問題は無い。
まぁ、イシュやガルマの一族は、好きな性を選べるから本当はいても良いんだけどね。
魔王討伐として来ているラズアルさん達は、精神面も鍛えているようだから然程影響は無いようだけど、一般人であったらイシュやガルマを見て普通でいる方が難しいのだ。
簡単に言ってしまえば、抱いてー! と自分から飛び込んでくる状況は安易に想像出来ちゃう訳です。
純情というか、免疫の無いお嬢さん方には、この二人が揃っているとその後色々と問題になりそうなので、控えていて貰う事にしてある。
連れ戻したお嬢さん方を最初に面倒見るのは、魔界に住み込んでる人間の女性方。
その女性方をサポートする為に、私の侍女が輪から少し離れた場所で待機。
二十五人のお嬢さん方を一気に連れ戻すから、十分に広さがある客室は用意してあるんだけど、そこにカーテンで仕切りを作ってラズアルさん達に待機して貰うか、別室に待機して貰うか。
どっちが良いかを検討して貰う。
スナイさんにケネアイラさんとリーデアルさんは女性であるから、一緒にいて貰いたい旨も合わせて伝えたんだけど、スナイさんの表情は相変わらず硬いまま。
寧ろ、部屋に入って来た時よりも顔色は青くかなり具合が悪いように見える。
スナイさんの隣に座るライカエッタさんの表情も硬く、幾分顔色も良くないのが少し気になったけど、魔族が協力する事が気に入らないからなのかと思った。
スナイさんは返事しなかったけど、ケネアイラさんとリーデアルさんは快く応じてくれたし、私がそこまで気を使ってくれる事を逆に感謝もしてくれた。
神官組は相変わらずだけど、軍人組とは少し打ち解けた雰囲気も作れて、お嬢さん達の事は気掛かりだけどちょっと気分が解れた。
その後は、お嬢さん達のパニック状態をいかに素早く落ち着かせるか。
希望があれば、早々に国まで送る事も引き受ける。
か弱いお嬢さん方に、モザカレアス大陸で一番険しいと言われる山脈を越えさせるのなんて酷な話だしね。
気分が落ち着くまで離宮で過ごして貰っても構わない事や、首謀者達の対応に付いてはこちらで任せて貰うといった細かい部分も詰めて話していく。
首謀者達の対応では少しラズアルさん達も渋ったけど、余り大っぴらにしてはお嬢さん方の名誉もある訳だし、こちらに一任してくれるという事でまとまった。
ちなみに、ラズアルさん達の報告でリオークア国王とその側近達だけが、贄としてお嬢さん達が攫われた事を知っているらしい。
首謀者側から、お嬢さん方の情報が漏れないようにする事だけは、約束したので良しとしてくれたみたい。
他にも、トラウマのサポートとか考えたんだけどね。
これは、人間として育った私の気持ちが強かったから。
無事に連れ戻したら、本人達に聞いて、どうするか考えようと思っている。
お互い納得出来たって所まで話を煮詰め、認識にずれが無いか確認していた時、突如白い塊が一気に私の胸に飛び込んで来た。
控えていた大公達が、為す術も無かった程の一瞬。
形はレイピアの剣よりも少し太いかもしれない。
鋭利で細くて長い、真っ白な氷柱のような物が、私の胸、心臓の辺りに突き刺さっていた。