魔王様と討伐隊 □ 11
目を丸くしている私に、イシュが代表で簡単に説明してくれた。
元々魔族は他族に比べて、一番まとまりの悪い一族なのである。
なので、個々が好き勝手に動き回るんだけど、それをまとめるのが魔王という存在。
魔王の持つ魔力が多大に影響しているらしいんだけど、この辺りの説明まで詳しく聞いていたら夜が明けちゃうから割愛ね。
先代の魔王が消えてから私が現れるまで、玉座は空のまま百年以上が経過していた為に、魔界は正にカオスの極み。
四大公と言われるイシュ達だけど、彼等の持つ魔力では魔王にはなれないのだ。
現在、五百歳前後の彼等だけど、仮に魔王となったとしても、数日も保たずに消失してしまうみたい。
まとめるトップがいない上に、唯でさえまとまりの悪い一族が、更に好き勝手していたのだから、人間族や妖精族は本当にいい迷惑だったと思う。
で、ここから本題。
シャイア、サナリ、ガルマの一族は取り合えず置いておくとして、淫魔族の主食は魔力とか精な訳なんだけど、人間族や妖精族が個々で持つ魔力や精なんて高が知れている訳ね。
生命力溢れる人間でも、下位の淫魔族にとっては一食分にも満たない。
ならばどうするか。
数で補う訳ですよ。
他の一族では、中位以上でないと魔力で移動は出来ないんだけど、淫魔族に限っては下位でも魔力で移動が出来ちゃうのね。
魔力で移動というよりかは、お盛んな雰囲気を嗅ぎ付けて、飛んで行くって感じなのかな。
単純な移動であれば、下位の淫魔族でも、魔力で移動する事は出来ないらしいんだけど、食事に関しては狙った獲物へピンポイントで移動が可能なのだそうだ。
私がこちらへ来る前までは、かなりの頻度で乱交パーティーを催していたらしく、百年以上の歴史がある訳だから、人間族でも知られているようなパーティーなのね。
空腹状態な下位の淫魔族なら、召喚という招待を受ければ気軽に出掛けていたみたいだし、中位や上位ともなれば自分が主催者になる事もあったみたい。
私は勝手に乱交パーティーとか言っているけど、多分黒ミサっぽい物なんだと思う。
集まった人間達は淫魔族の魔力でトランス状態となり、組んず解れつして高まった精気を淫魔族が頂くって所かな。
召喚方法に付いては、余り詳しくは教えてくれなかったんだけど、族長、つまりイシュに似た髪を持った綺麗なお嬢さんを餌に、淫魔族へお越し頂こうと張り切っている方々がいるらしいのね。
だけど、ほら。
私が魔王になっちゃってからは、人間や妖精へ手を出すのってご法度じゃない?
しかも、常に私の魔力というご馳走食べれる状態だし、味だって最高な訳でしょ?
なぜに怒られるの分かっていて、不味い物食べに行かなくちゃならんのよって事で、淫魔族は魔界から外に出なくなっちゃったから、必死に頑張っている人間がいるみたい。
そんな理由で殺されそうになる私って、と白けた気分になる。
「そんな癖になる程、凄い訳?」
ちょっとした好奇心で聞いてみた。
だって、何人もお嬢さんを攫ってまで繰り返し召喚しているんだよ?
どんだけ必死なのよって思うじゃない?
それとも諦め早いのって私だけ?
「淫魔族とまでは言わずとも、妾の一族でも蛇としての属性を持つ者であれば、魅了するは容易き事。蛇族との交わりは淫魔族とは少々趣が違いまするが、虜となるのは共に同じでございましょうなぁ……一度でも交わってしまえば、その後人との交わりが叶わぬ故に、一層焦がれましょうのぅ」
それを見るのがまた楽しいとガルマが笑っている。
「ガルマ殿が仰る通り、淫魔族との交わりは、至上の媚薬と称される程でございます。例え下位の淫魔であろうとも、一度でも交わった人間は再び淫魔を求めてまいります。魔王様もご存知のように、我ら一族は精を糧としますが、精を吸われるという事は生命力が弱まる事に繋がります。下位の淫魔が精を吸った所で簡単には死に至りませんが、肌は荒れ髪も艶が無くなり病にも掛かり易くなります。我々が美しい者を求めるのは精、つまり生命力が溢れている人間だからであり、精が希薄な人間に対しては下位の淫魔でさえも見向きは致しません。しかし、一度淫魔と交わった人間は、淫魔を求める余りに気が触れてしまうといった事も以前は多かったように記憶しております」
成る程。
ダメ。ゼッタイ。てのと同じなんだね。
正にその一回が命取り。
恐ろしい。
他人事のように淡々と続く説明に、ちょっとだけ視線が泳いでしまった。
「しかし、ラズアルとやらはリオークア国から出向いて来たとの話でしたので、迂闊にも気付くのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて詫びてくるイシュに小首を傾げる。
「と言うのも?」
「はい。頻りに我らへ呼び掛けておりますのは、ノクレアン国からなのでございます」
控えめなお誘いを受けていたガルマも、イシュの眼差しを受けて同じくと頷きで答える。
ガルマを見て、イシュを見て、そして私は天井を見上げ眉を寄せる。
「面倒な事になりそうだなぁ……」
翌朝、朝食を済ませた後、イシュとシャイアを伴ってラズアルさん達が待つ部屋へと向かった。
既に、サナリとガルマは部屋にて控えていて、私は用意された席へと座りラズアルさん達へ目を向ける。
うん。
昨日みたいに殺気立って無いようだから、少しは会話が出来るだろうと踏む。
美人術師さん、以外はだけど。
私には例の如くイシュが淹れてくれたコーヒーが用意され、ラズアルさん達には慣れ親しんでるトアンが用意された。
「昨夜はゆっくり寝れたのだと良いけど。それでですね、昨日ラズアルさんから話しを伺った範囲で、こちらでも確認したんですが、この一年の間で新しく魔界に来た人間族の方はいないんですよね。五年前に来られた方が一番最近となりますし。リオークア国で発生している誘拐事件に、魔族は絡んで無いと思うんですが……ラズアルさん達ではお話まとまりました?」
私はラズアルさんを見て話し掛けたんだけど、答えたのは美人術師さんだった。
と言うか割り込んで来たんだけどね。
「ラズアル! 貴方、まさか懐柔された訳じゃありませんよね? 魔族が言う言葉を信じる気ですか?!」
「お待ち下さい、スナイ殿。確かに、信じがたい話ではありますが……」
「言い訳ならば黙りなさい、ラズアル! これまでに、我々人間に対して、魔族がどれ程の非道を重ねてきたか、忘れた訳ではないでしょう!」
激昂している美人術師さんは、スナイさんと言うらしい。
「あー……スナイさん?」
埒が明きそうにもないので、口を挟んだら勢い良く睨まれた。
「魔族に名を呼ぶ許しを与えた覚えはありませんっ!!」
面倒臭い女だなぁ。
ちっとも話が先に進まないじゃないか。
「まぁ、許して貰う筋合いは無いけど……それじゃぁ聞きますけどね、これからどうするおつもり? 私を倒しに来た訳よね? 貴女達の力じゃ私を倒すなんて無理でしょ? 行方知れずになったお嬢さん達を助ける以前に、私を倒す事も出来ない上、その人数じゃ魔界を掌握する事も出来ない、お嬢さん達を捜す事も出来ない。ラズアルさんを怒鳴り散らす以外で、貴女は一体何が出来る訳?」
唖然としたスナイさんだったが、直ぐに顔を紅潮させ、言い返そうと唇を動かすけど更に畳み込んでやる。
「癇癪起こすなら国に戻ってからやりなさい。貴女が無駄に叫んでる間も、お嬢さん達がどういう扱いを受けているかなんて、誰も保証出来ないんだから。私は、無駄が大っ嫌いなの。建設的な会話が出来ないなら、邪魔だから出て行ってちょうだい」
スナイさんが屈辱を堪え、唇を噛み締めて黙ったのを一瞥しラズアルさんに目を向ける。
「正直な話、今の魔界では人間を必要としてないので、人間界へ出る魔族自体が極稀なんですよね。実際に、ここ最近での魔族による凶行とか聞いた事あります?」
私の問い掛けに、ラズアルさんは仲間達を見渡す。
リオークア国からクショーレア山脈に至るまで、魔族と遭遇もしなければ、魔族の被害にあったという集落も無いはずである。
思い至った様子で、聊か驚いた眼差しを戻してくるラズアルさんに、そうでしょうともと私は頷く。
「ラズアルさん達が、魔族の言う事は信用出来ないと言うのであれば、魔界を虱潰しに捜すのも構わないですよ? でも、お嬢さん方はこの魔界にはいないと断言出来ますね。その後、ラズアルさん達はどうするつもりなの? 手ぶらでは帰れないでしょ?」
私の言葉に、ラズアルさん達が押し黙る。
スナイさんも、消沈した様子で黙っていた。
死を覚悟して来たは良いけど殺されないし、魔王は倒せない、お嬢さん達さえも見付けられずに魔界を追い出されても、彼等が素直に国へ戻れるはずも無いのだ。
重苦しい空気が漂う中、コーヒーを飲んで口の中を潤す。
冷めてしまっても、イシュが淹れるコーヒーは大変美味しい。
カフェオレが良い、と言ってイシュにお代わりを強請った。