魔王様と討伐隊 □ 10
ラズアルさんとの晩餐を終え、イシュを伴い執務室へと移動した私は、行儀悪く椅子に胡坐を掻いて、椅子をぐるぐる回しながら他の三人が揃うのを待つ。
男女が一室で寝るのは良いのであろうか、と余計な心配もしてみたが、ここへ来るまで昼夜を共にしている訳だし、ばらばらになるよりかは安心だろうと一人で納得をする。
多少の時間を潰して暫くした頃、全員が執務室に揃ったので、先程ラズアルさんから聞いた話に付いて、他の大公達の意見も聞いてみる事にした。
「ラズアルさんの国……リオークア国ってさ、私が魔王になる前から、結構魔族が出入りしていたの?」
「妾の一族は、人間族は食べるのではなく玩具として扱っておった故、余程の暇を持て余さない限りはリオークアまで出るのは稀でありますのぅ」
顔を見合わせた大公等から、一番最初に口を開いたのはガルマだった。
ガルマの一族は陸地よりも水中や水際、沼みたいな湿地を好むので、リオークア国のように大陸の中央にある地へ出向く事自体が面倒なのだそうだ。
「我らが一族も、ノクレアン国かナエンカーレ国、スマニアナ国辺りが主でした。リオークア国までは少し距離がありますな」
「俺の一族も同じだな。リオークア国まで出るのが面倒ですね」
淡々とした声音でサナリ、次いでシャイアが答える。
サナリとシャイアの一族は、肉食系なので人間や家畜を食べる為に襲うのだが、それもクショーレア山脈に面している三国までが良い所で、その先にあるリオークア国まで行くのは簡単だが、手近な場所で済むのだから態々遠征する程では無いとの事。
ガルマの一族は余程暇であるか、機嫌が悪い時でも無ければ、人間族を無闇に襲ったりはしない。
人間が主食じゃないから、と言う理由だけなんだけどね。
ガルマの一族は、魔族の中でも一番食の幅が広くて、中には肉食もいるし、淫魔と同じく精や魔力、血を好むのもいるし、草食なのもいたりする。
余り襲わないからと言って、人間族に対して優しいのかといえば、イシュとは異なる方向で残虐な性質だから決して優しくは無い。
寧ろ玩具と言い切るだけあって、扱いはイシュよりも酷いと思われる。
ガルマの一族は学者タイプと言うか、マッドサイエンティストなタイプが多いのも特徴で、以前は研究したり発明した物を人間で実験していたのだ。
今、ガルマ一族の努力は、サロエナさんの監督の元、私が食べる食材の作成に全て注ぎ込まれている。
「無いとは思うけど、銀の髪を持つ綺麗なお嬢さんを集める趣味はある? 十五から十八歳位の年頃なんだけど」
私の質問が心外とばかりに、ガルマの細い目が一層細くなった。
「分かった。集めても無いし、興味も無いんだね」
ちょっと確認しただけじゃないの、と胸の中で零す私。
「サナリもシャイアも、お嬢さんを攫う理由は特に思い浮かばないよねぇ」
共に頭を振ってみせるサナリとシャイアの一族も、色気よりかは食い気だし、態々銀の髪のお嬢さんだけを狙うなんて器用な事はしないだろう
美味しそうと思えば、手当たり次第な肉食系の一族達なのである。
行き当たりばったりで、銀の髪を持つ美しいお嬢さん達だけと、遭遇するというのも無理があるし。
貴族の令嬢が消えてしまった状況であれば、大勢の人がいる中で誰にも見咎められずに攫うなんて、下位の魔族では魔力が少ないから無理なのである。
淫魔族以外の種族は、中位辺りからでないと魔力で移動が出来ないのだ。
下位であれば、獣族なら自分の足で、鳥族なら翼で、蛇族なら這ってといった具合で移動する。
中位なら魔力で、思う場所へと瞬時に移動出来るが、距離が限られてしまう。
世界各地、思いのまま移動出来るのは上位の魔族位である。
残るは淫魔族なんだけど、とイシュに目を向けた。
「三大公の一族と比べれば、我ら一族は世界のどこへでも行く事は可能でありますが、現在は無闇に人間族や妖精族と接触は行っておりませんし、先も申した通り当領地で許可無く人間を住まわせている者もおりません」
「そうだよねぇ……」
イシュの言葉を聞いて、腕を組み唸る私。
私が魔王となって、一番最初に手を付けたのが、生類憐れみの令である。
竜族、妖精族、人間族及び人間族の家畜を襲わない、殺さない、甚振らない、弄ばない、蹂躙しない等々。
勿論、食べる物がなくなれば、雑食である彼等は共食いを始めるので共食いも禁止。
この共食いを防ぐ為、法令を纏めるのと平行して、彼らが食べれる擬似人肉を、総監督はガルマとし、シャイア、サナリをアドバイザーとして作らせたのだ。
王都を始め、各地にある肉食屋へ行けば、擬似人肉が吊るされ売られている。
あのお偉い鬼子母神様だって石榴で満足したんだから、何とか成るだろう。
成るようにしろ! と三大公へ命令し、今では肉食を好む魔族は、人間界へ行く事も無く肉屋に並ぶという成果を上げている。
独特の臭みも無いし、生で食べるも、焼いて食べるも、煮て食べるも良しと大変好評なのである。
私は食べた事無いし、食べたいとも思わないけどね。
しかし、淫魔族は魔力や精を主食とする種族の為、この擬似人肉では空腹は満たされない。
擬似人肉も良い感じで軌道に乗り出したので、再びガルマを総監督として淫魔族の主食に付いてイシュと色々と話し合った訳よ。
ガルマを筆頭として、彼等一族は研究や開発が大好きだから捗る捗る。
結果として、私の余り余って垂れ流している魔力を、淫魔族の領地に分散する事で彼等の空腹事情は解消されたのね。
イシュ曰く、人間や妖精の少なくて質の低い魔力や精よりも、分散はされているが私の魔力の方が断然美味しいし満たされているとの事。
お陰で、淫魔族の皆様は大変色艶良く、唯でさえ色気は満点、妖艶さ満点、蠱惑さ満点なのに、磨きが掛かっちゃって大変、と嬉しい悲鳴を上げているそうです。
一人腑に落ちない私ではあるが、これも可愛い民の為と思う事にしている。
そんな訳で、人間族や妖精族に手を出せば、魔王である私からきつい仕置きがある上、自分達を差し置いて私の仕置きを受けるとは何様だ、と各大公等からも順にきついお仕置きを受ける羽目になるので、そんな事をしでかす魔族はいないのである。
寧ろ、私からの仕置きより、各大公等から順々に受ける仕置きを嫌がっている節もあったりするけど。
取り合えず、魔界に住む魔族に付いては、私は微塵も疑ってないのよね。
万が一、魔族が絡んでるとしたら、所謂ハグレと呼ばれる魔族である。
魔界には住まず、人間界に住み着いている魔族を称してハグレと呼んでいる。
そんなハグレ魔族も、最近の魔界は住み心地が良いからと戻って来ているようだし。
「うぅぅん……そうなるとラズアルさん達には悪いけど、やっぱり人間の仕業としか考えられないんだけどなぁ……」
それなら犯人は誰なのよと言われてしまうと、こちらの世界に来てから、一度も魔界の外に出た事が無いので、私にはさっぱり見当が付かないのである。
「食事と玩具以外で、人間に何か用ある?」
「そういう事か……」
困り果てて四人へ問い掛けたら、イシュが閃いた様子で呟いた。
「我々は人間族に対して用等はございませんが、人間族が我々に用があるのかもしれません」
「どゆ事?」
意味が分からず小首を傾げる私に、ガルマの言葉が続く。
「成る程のぅ。人間族が魔族を召喚しているやもしれませぬなぁ……どうじゃぇ?妾の一族への呼び掛けは僅かではあるがのぅ」
ガルマの流し目を受け、イシュが頷く。
「確かに。必要が無いので応じてはおりませんでしたが、ここ最近我ら一族への呼び掛けが多いように思われます。……確か、アンの月にも呼び掛けがありました」
「成る程、そういう事か。それなら、俺達にはお呼びが掛からないな」
と、笑いながらシャイアがサナリの胸を叩いている。
シャイアに叩かれたサナリは、相変わらず無表情だったけど。
大公達だけで納得し合っている様子に、私が小首を傾げていたら、イシュがもう少し分かり易く言葉を砕いてくれた。
「享楽嗜好の人間族が、娘を贄に我ら淫魔族を召喚しようとしているのですよ」
「えーっと、それはつまり……乱交パーティーのお誘いって事?」