魔王様と討伐隊 □ 09
今頃になって、何故魔界まで来たのかを、率直にラズアルさんへ尋ねた。
「クショーレア山脈近辺に住む人間や家畜への被害は無いと思っているし、最近は人間や妖精を攫ってくる連中もいないはずなんだけど?」
私の問い掛けに、ラズアルさんは暫くは答えず、私の様子を窺っていたんだけど、漸く重い口を開いて語ってくれた。
「我々は、リオークア国から来たのだ。我が国にいる妖精族の被害は不明だが、容姿の整った美しい娘が消える事件が、頻繁では無いものの後を立たない。勿論、人身売買による犯罪組織の可能性もある為捜査を行ったが、消えた娘達の行方は一向として分からなかった。魔族が絡んでると思ったのも、娘達の特徴が同じだった為だ」
単に捜査が下手なんのでは? とも思ったけど、力不足に肩を落としているラズアルさんへ、追い討ち掛けるのも可哀想なのでそれは黙っていた。
しかし、リオークア国というのは、クショーレア山脈からノクレアンという国を挟んでる為、被害はノクレアン国に比べ多く無かったはずである。
「その消えたお嬢さん達の特徴は? 後、ラズアルさんが知っている中で、一番最近いなくなったのっていつ頃なの?」
「場所は様々だが、全員街や村で美しいと評判の銀の髪を持つ娘達だ。年頃は十五から十八歳の間だな。消えた一人の娘が、王家の血筋に繋がる貴族の令嬢と言う事もあり、国の威信を掛けて捜索したが足取りさえ掴めなかった。俺達が旅立つ前に消えた娘は……今年のアン月の始め頃だな」
「今年のアン月ねぇ……」
今年のアン月と言えば、元の世界感覚だと二ヶ月位前って辺りだ。
その頃であれば、私は疾うに魔王となっていたし、設けた規則も行き渡って、十分に落ち着いていたはずなのである。
晩餐の間、私専属の給仕として傍らに立っていたイシュを見上げる。
「魔王様となられた頃であれば有り得た話ではございますが、今現在魔王様からの余りある恩恵に浴している我らが仇を成す等ありえません」
質問を口にする前に、イシュが答えてくれる。
こういう所は、本当に頼りになる宰相なんだけどね。
そこへ、大人しく話を聞いていたシャイアが口を挟んで来た。
「しかし、歳は十五から十八で銀の髪で美しい娘といったら、淫魔族が好むタイプでは無いか?」
「愚弄する気か?」
シャイアに返すイシュの声は、静かで落ち着いていた割りには、室内の温度が一気に下がった。
「イシュ、ラズアルさんが凍死するから止めて。シャイアも挑発しないでよ」
イシュへ挑発的な笑みを浮かべるシャイアと、冷気全開のイシュを窘め、再びイシュを見上げる。
「で、淫魔達の好みってそうなの?」
「魔王様一筋でございます」
畏まって、私に向かい低頭しながらイシュが即答する。
私の質問の仕方が、悪かった事は認める。
質問を変えよう。
「私が来る前の、淫魔達の好みは、銀髪の綺麗所だったの?」
「人間族には、ワタクシのような髪を持つ者が非常に少ないので、似たような銀の髪を持つ者が好まれてはおりましたが、ここ最近で我が領土に人間族を連れて来た者はおりません」
魔族は自分より力のある者、つまりは族長へ傾倒するので、イシュの答えに納得と頷きながらも、節操が無いなぁと、据わった目で思わずイシュを一瞥してしまった。
私が魔王となる前の、荒廃していた時期には、銀の髪を持つ若くて綺麗なお嬢さん達の道を踏み外させていたんだな。
ちなみに、彼らが傾倒する族長が、魔王である私に傾倒しているので、魔族全ての愛情は私へ絶賛傾倒中なのである。
黒髪少女が、現在の魔界ブームなのだ。
ははは……。
でも、こちらの世界では黒い髪の人は、まずいないみたい。
私ってば、レッドリストに載っちゃうような希少種なのよ。
しかし、幾ら淫魔族好みのお嬢さんが消えたからといって、魔族が攫ったというのも、些か強引過ぎなのではないか? とラズアルさんに尋ねた所、自宅で消えたお嬢さんの場合は、賊が侵入した形跡は皆無で僅かな魔力が残っていたとの事。
また、とあるお嬢さんは買い物へと出かけたまま行方知れずとなり、消えたと思わしき現場では争った形跡も無く、やはり僅かな魔力が残っていたそうだ。
更には、件の貴族のご令嬢の場合、国王主催の舞踊会にて忽然と姿を消してしまった。
この時も、僅かな魔力が確認されているらしい。
幾ら調べても消えたお嬢さん達の足取りは掴めず、現場に残された僅かな魔力、消えたお嬢さん達の特徴は淫魔族が好む美しい容姿に銀の髪。
ましてや、国王主催の舞踊会で令嬢が消えてしまったとなれば、国の要となる国王周辺の警備はいかがな物かと威信に傷も付く。
厳しい警備の隙を突いて令嬢を攫う等、人に出来るのであろうか?
という事で、人が成したとも思えない犯行に、魔族が攫ったのではという結論に至り、討伐隊を結成して、貴族様の令嬢を含めたお嬢さん達を奪回しようとやって来た訳なのだそうだ。
何か安易というか、安直というか、とこめかみを掻く私。
「ん~……ラズアルさん。やはり、貴方の国の事件に、魔族が関わっているのは非常に薄いみたいなんだけど……。リオークア国との距離を考えると、態々魔族が出向いて行くとも思えないんですよねぇ。事が発覚したのも、アン月の始めという事だし、これが数年前というのならまだ話は分かるんだけど」
「魔族が拘っていないという根拠はなんだ」
イシュの話を聞いた所で、ラズアルさんが素直に信じるとは思っていなかったけど、案の定剣呑な眼差しで聞いてきた。
「アン月であれば、既に私が王となっていたから。私が王になる前の話ならば、可能性はあったのかもしれないけれど、私が王となっている今では、魔族が人間に手を出すのは有り得ないもの。私の命令は絶対だから。一応、この魔界でも住んでる人間族の人達がいるから、明日会ってみる?」
私の説明を聞いても、ラズアルさんは不審な眼差しを向けていたが、この魔界で住む人間がいると聞いて、驚愕の表情が嫌悪感で染まる前に私は慌てて掌を見せる。
「恥ずかしながら、以前に魔族が攫って来た人達がいるのは事実ですけど、今は本人達の希望で残っているから。無理強いして残している訳じゃないから、私達に文句は言わないでね。残っている理由に付いては、直接本人達に聞いて下さいな」
私に遮られ、渋々と頷くラズアルさん。
「もしかしたら、一人二人はラズアルさんの国の人がいるかもしれないしね。色々思う事もあるだろうけど、今夜は大人しく寝て下さい。寝首を掻かれるなんて心配も無用ですから。あー……心配なら、皆さんが同じ部屋で寝れるように用意させましょうか?」
「皆は無事なのか?!」
ラズアルさんが驚きの声を上げる。
人を何だと思ってんだ? とも思ったが、私ったら魔王だったのよね。
しかも、思いっ切り脅していたんだっけ。
と胸の内で自分に突っ込み、少しだけやさぐれた気分で肩を竦めた。
「脅しでもしないとご飯食べないでしょ? 緊張する環境が続く中で、碌に食事も睡眠も取っていなければ、まともに話なんて出来ないじゃないですか」
ラズアルさんは少し言葉に詰まっていたけど、結論としてみんなと同室の部屋で休む事にした。
コーヒーを飲み干して、今夜の会談はひとまず終了する事にする。
後はシャイアにラズアルさんを任せ、イシュを伴い私は執務室へと向かったのである。