なんか唐突に降ってきたやつ
もう、果たして何合打ち合ったのだろうか?いや、この表現は正確ではない。青年騎士の槍撃は、そのことごとくがあっさりといなされていた。まるで飼い主にじゃれつく仔猫が軽くあしらわれるように。
対峙するは異形の悪魔。四肢の付き方と体躯のほどは人とさほど変わらないが、歪な角を冠し、丸みと艶のある身体に大仰な翼を背負い、竜種を思わせる太い尾を生やした、紛うことなき、人外の者。その腕ほどの長さもあろうかという爪が、騎士の繰り出す一撃一撃を弾き、或いは受け流してゆく。
「フンッ!!」
気を吐いた騎士の渾身の一突きは、しかしやはり悪魔の爪に摘み取られてしまう。次の瞬間、悪魔の腕の一振りで槍ごと騎士は投げ捨てられ、地を転げる。
「……愚かしいな」
捲き上る土埃の先を見つめ、悪魔が呟く。
「100年……いや、200年か。どれだけ時が経とうとも、人の仔は変わらぬものと見える」
見下す眼光が紅く、鋭く騎士を射抜く。
月下に崩れ落ちた礼拝堂を背負い、悪魔はニタリと笑ってみせた。
「せめて学べ。己の強さを。数年ごとにまるで思い出したかのように、貴様のような輩が集ってくるが、正直面倒になってきた。まぁ、おかげで腹は満ちるのだがな」
ククッ、と笑いが漏れる。
騎士が身体を起こすまで、距離を詰めるでもなく、追撃を放つでもなく。ただ強者の余裕と貫録をもってそこに佇む悪魔。その態度と言葉が、非常に迂遠ではあるのだが言っている。「見逃してやる」と。
だが、立ち上がった騎士は槍を構えた。呼吸を整えながら、呟くように言葉を吐く。
「人は変わらないと言ったが、200年前なら、まだA&C社はなかった」
月光を受けて篭手に刻印されたエンブレムが煌めく。
「100年前なら山猫亭のポテトサラダはあったかもしれないが、おばさんのクッキーは、まだなかった」
「ほう?」
「あぁそうだ。100年前にも100年後にも俺はいない。人は生まれ、やがて死ぬ。だからこそ先人から受け継ぎ、己で紡ぎ、次代へと受け渡していく。礼を言うぞ、悪魔よ。おかげで私は私の往くべき道が見えた!!」
堅く握った拳がその胸を打つ。鈍い金属音が澄みきった尾を引いて、闇へと吸い込まれてゆく。
「そう昂るな、人の仔が。個ではなく、種としての積み重ねなぞ、それこそ笑止。一枝摘めばそれで終わりよ。その先に実るはずだったものは永劫に得られぬぞ?」
拳を握り締める悪魔の顔には凄みが増し、余裕はもはや、失せていた。
「いつか誰かが誰かがその枝を継ぐだろう。ならばその未来へと到るために、人の脅威となるものを排し、時を造ることこそが騎士としての私の務め!さぁ、ゆくぞ!!」
再び騎士が打ち込む。鋭さを増した槍撃は、しかしながら、悪魔の爪に弾かれ、届かない。それどころか、爪に込められる力が増しているのか、弾かれた時の反動が大きくなっている。攻撃が、続かない。
「肝が座る、というやつか。多少はマシになったが……それをもってしても、まるで届かぬぞ?」
一際大きく弾かれて、騎士がよろめく。
「ぐっ……!!」
二歩、三歩と後ずさる。
不意に悪魔の顔から怒気が失せた。
「流石に厭いたわ」
漆黒の爪が、夜の闇に溶けるようにほどけてゆく。ほどけた先から新たに黒いもやが立ち上り、それは凝縮してゆく。やがて悪魔の身の丈を超えるほどの大斧が姿を現した。月光を受けて両の刃が黒く鋭く輝く。それを手にする悪魔の瞳に光はない。
「去ね。ここが袋小路だ」