エピソード7
「久方ぶりの野営ぜよ!」
叶枝の頭に飾られるカンザシはどこか、伸びやかに言う。しかしその声とは違い、叶枝は目を瞑ったまま俯いていた。
「これ、叶枝や。そー気にするもんでもないぜよ。もうあの不憫な土地から出て妾の能力も存分に発揮できるきぃ、安心せい!」
「……はい」
叶枝が木蓮と話しながら荷車を降りる。
◇
「……何してんのよ」
ユウサクは今、掘った穴に缶と集めた落ち葉を埋めている。
「うぉ? 叶枝ちゃん! これは俺が飯を作ってるのさ!」
叶枝は信じられないようなものを見る目でユウサクを見た。
「心配しなくても大丈夫さ! 任せてくれ!」
安心させるためにニカッと笑って言うと、再び作業に戻る。
「いやよ。私たちの分は私が用意するから。やるなら自分の分だけにして」
「妾にかかればどこであろうと果実も、野菜も、なんでも作り放題ぜよ」
叶枝はハッキリ物を言う。木蓮がいればその辺りもどうにかなるらしい。
それを聞いてユウサクの耳はぴくり、と動く。
「え、叶枝ちゃんも何か作るのか!? 俺も、俺もそっちがいいさ!」
何を言われても元気に叶枝へ迫るユウサクに、
「おんし、まっことめげんにゃあ」
木蓮がいっそ感心したように言う。
叶枝はユウサクを押さえつけようとするが、止まらず寄ってくるから仰け反る。
「もう、なんなのよアンタ」
「叶枝ちゃんは何作るのさ!」
「……木蓮様の力で、果物でも野菜でも、植物ならすぐ収穫できるから、そうするの!」
「うぉー! なんでもできるのさ!」
「言っとくけど、アンタにはあげないからね?」
聞いて小躍りを始めたユウサクに、叶枝はしっかり釘を刺すが、聞こえているのだろうか?
叶枝がテンションの違うユウサクに戸惑っていると、「なえぽん、今日はユウサクくんに任せよーよ」すっかり顔色も良くなった樹が2人に声をかけてきた。
「な、なんでさ! 俺も叶枝ちゃんの作ったやつ、野菜で良いから食べたいのさ!」
「おまん、野菜苦手か?」
ユウサクは良い子ぶって、野菜を食べたいと言ってみたが、木蓮に図星を突かれパクパクと口を動かすのみだった。
「だから、そもそもあげないってば!」
話を聞かないユウサクと木蓮に叶枝がもう一度、ちゃんと宣言する。
「え」
ユウサクの顔から表情が抜け落ちるが、樹から3人に「まあまあ。なえぽんも、木蓮さまも、魔法使いすぎると倒れちゃうでしょ? 今日はまだ長いし、体力を温存しておくのは大事だよ。特にあの『復興支援都市』では疲れただろうしね」揉めても仕方のないことだし、そう説明をする。
「む、それもそうだにゃー」
「そういうことなら……」
「よくわかんないけど、事情があるなら任せてほしいのさ!」
樹のおかげで、ユウサクが引き続き食事の準備をすることに全員納得する。
ユウサクは缶を3つ穴の中に並べるが、穴が小さくて入りきらないし、底が浅い。ユウサクは缶を取り出すと、またチマチマ土を蹴って穴を掘る。
「……手伝おうか?」
「え、叶枝ちゃんが……めちゃくちゃ嬉しいけど、それは気持ちだけ受け取っておくのさ。これは俺1人でも大丈夫さ! そうだ、疲れてるなら一回寝たらいいさ! 俺もさっきまで寝てたから元気がいっぱいさ」
不安になった叶枝は、自分で準備しようとするが、ユウサクに勘違いされた挙句断られた。
「げに叩かれても折れんやっちゃが」
叶枝はユウサクから数歩離れて「樹さん、あれで大丈夫なの?」と聞くが、
「あぁ、俺は大丈夫さ!」ユウサクが穴を掘りながら答えた。
「大丈夫。そんなに気にすることでもないよ」
けれど樹もそう言うので、周りを見て叶枝は別の話を聞く。
「そういえば兄たちは?」
「あぁ、きょーちゃんたちはね〜」
「えっ、誰が?!」
わざわざ距離を置いていたのに、またもユウサクが反応して話に混ざろうとしてくる。
「今2人は見回りに行ってくれてるよ。それから、きょーちゃんはなえぽんのお兄ちゃんなんだよ」
ユウサクは返ってきた情報を処理するために、直立したまま目と口を開けて考える。
(京介の妹? 誰が)
何度か頭の中で復唱する。
(あの目つき悪い輩が叶枝ちゃんの兄貴をさせてもらってるのか? ……あでも、髪の色はおんなじさ。確かに言われてみればアイツ、目が怖い以外はかっこいいしな)
「そっか! じゃあ兄妹なのか! アイツ強そうな顔してるしな」
手を打ってユウサクは納得する。
「何よ?」
叶枝にキッと睨まれるが、ユウサクは(もちろん分かってるさ!)と思いながら「京介はアニキなのさ!」と答える。
「ワハハ、しれっとアニキ呼びしちゅーが!」
顔を顰める叶枝と、逆に大笑いする木蓮。
「笑い事じゃないですから! 樹さんも、どうにか言ってよ?」
「まあ本人楽しそうだし……」
叶枝はしばし上を向いてから「もう! 寝る」と言って荷車の方に戻ろうとするが、そこでユウサクは「できたら俺が起こしに行くさ!」と伝える。
「結構よ、6時過ぎには自分で起きるから。あとは静かに寝かせて」
「でも……」
渋るユウサクに目眩を覚える。
「なえぽん、心配しなくても僕だっているし。ゆっくりおやすみ」
樹が言うけれど、木蓮が「叶枝。童どもが悪させんよう監視しとき、置いてってくれ」と言う。「童ども」、なんて言い方するということは2人とも信用がないらしい。
「わかりました。お願いします」
叶枝が髪を解いて、カンザシを樹に渡すと改めて荷車の方へ戻って行った。
ユウサクは、カンザシを抜いて髪を下ろした叶枝の後ろ姿に夢中だった。
「わっはっは。まっことわかりやすいき、見るぶんには楽しいぜよ」
「ふふ。でもわかります。なえぽんには悪いけど」
試行錯誤するユウサクを肴に、木蓮と樹は談笑する。
「けど、木蓮さまは男の子がなえぽんにアピールするの嫌じゃないんです?」
「ガハハ、それは無問題ぜよ! 絶対相手にされんっちゅーのがわかっとるき、その分むしろ応援できるちゅーんは楽しいがぁ!」
「ははは……本人泣きますよ? ほら、今もあんなに浮かれて準備してるのに」
「知ったこっちゃないぜよ!」
健気に準備するユウサクと、容赦のない木蓮。
◇
「やっとできたぞ! あとは燃やせばいいだけさ!」
穴の深さは20cm弱といったところだろう。道具を使わずに掘ったにしては大きい。
ようやく缶を全部埋められるぐらいの穴が完成し、ユウサクはガッツポーズをとる。
――ばんっ。
ユウサクが虫を捕まえる時のように手を合わせ勢いよく叩くと、小粒の火の粉が弾け、宙で更に分かれて飛び散っては消える。どれも、大きな炎にはなってくれない。地面に散って、枯れ葉を食い、大きくなる前に溶けて消えてしまう。
「む、おかしいな。上手くいかないのさ」
ユウサクは落ち葉を新しく集めて来ると、穴の上に盛ってまた火種を放り入れる。
「あれ? これでもダメか。なんでついてくれんのさ」
何度試しても火はつかない。
ユウサクは、すぐに消えてしまう火種を観察して(あそうか。『ガラクタ町』と違って汚染がないから燃えてくれないのか)と気づいた。
落ち葉といっても、ユウサクがこうやって起こせる程度の火の粉で火を起こすには少し乾燥が足りないのだろう。
(うーん、困ったぞ。これじゃ料理できないさ)
「ふふ」
樹は、火をつけるのに四苦八苦している様子のユウサクを楽しそうに温かい目で眺めていたのだが、
「……ありゃ、やっぱし魔法だにゃー」
木蓮が言った。樹はそれを、どこか嫌なものを含んだような言い方に思えた。