エピソード4/運命的な出遭い(2)
一瞬のはずの時間がとてもゆっくりと感じられて、目の前の少女の顔が瞼に、網膜に、脳裏に焼き付き刻まれる。もう、とにかく、目が離せないのだ。
着ている制服も可愛い。でも、ユウサクは学校なんてものに通ったこともないし、『ガラクタ町』にくるまでそういうことも気になんてしたことなかったし、一体どこの物なのか分からない。
齢はユウサクと同じぐらい。少し幼さの残ってはいるが、キリッとした目が印象深く、しっかり者の、気の強そうなイメージがしてくる。(将来もっと美人になるんだろうな)とか思ってみる。長生きしていないユウサクでは実際に経験があるわけでないし、分からないけど、とにかく本能的にそういう、将来を期待してしまう。
(あ、もしかしてあれが精霊……精霊? 天使じゃん! さっき京介と敦也が言ってた木蓮ってあの子のことなのかな!)後ろにふんぞり返っていたユウサクは興奮して、もっとちゃんと少女を見るために前のめりになる。
ユウサクは、一目惚れしたのだ。
――強気そうな顔の少女だが、ユウサクのジロジロと不躾な視線を不快に感じてしまったのだろう。半分、また樹の後ろに隠れてしまう。
(分かりやす過ぎるだろ)さっきまで威勢よく吠えていたのに、紅くなって黙り込んでしまったユウサクを見て横から見ていた京介、敦也、樹3人とも思考がハモる。
無関心な京介、敦也に対し、話を進めてくれそうな樹はこの手のことが大好物であり、ユウサクからは見えないよう口元を手で覆い隠すと横を向いて「むふふ」と楽しそうに肩を振るわせてた。これ以上待てない。それを見た敦也は(もうとっとと話を進めよう)話に口を出そうとした時、
「あ、あのさ!」
ユウサクが耳まで紅くした顔のまま、勇気を出して切り出す。
「俺はユウサクさ! 君が木蓮ちゃんだろ? 精霊ってやっぱ綺麗なんだなぁ!」
「違うわよ、私は叶枝。人間よ」
まずは叶枝に返事をしてもらってユウサクは(うおー! やったー!)と舞い上がってハイテンションになる。心臓がバクバクとなるのが自分でもわかるぐらいに。
しかし、その言葉を頭の中で復唱して、よーくその言葉の内容を理解してくると(あれ、てか名前、かなえちゃん!?)おかしなことに気づく。
「え?」
楽しそうに見守っていた樹はユウサクと叶枝の会話を聞いて京介と敦也に、目で「え。まだ説明できてないの?」と問いかけたら2人ともサッと目を逸らした。
(うがー! なんで誰も言ってくれないのさ! 先に言ってくれよ!)取り乱しそうになるけれど、なんとかそれを心の中までに止めて(かなえちゃん、かなえちゃんね! よし、覚えたぞ!)としっかり名前を自分の胸に刻み直す。
「かっかっかっ! ま、精霊がうんと美しい存在、ちゅーのはあながち間違うちょらんがな!」
豪快な笑いと、ユウサク以上の田舎訛りが叶枝の方から聞こえてくる。だがこの声の主はさっきの叶枝の可愛らしい声とは違って、もっと色気のある女性の声だった。
「え? 今の、誰なのさ」
周りを見てもこの場に姿の見えない人物の声にユウサクは動揺しながら聞く。
「妾ぜよ!」
そう返事だけされても、やはり姿は見えずユウサクは困惑するが
「ユウサクくんこっち、なえぽんのカンザシだよ」
樹に教えてもらって、ユウサクはまたそっちを向く。樹が少しズレて叶枝も自分の髪につけた満開の桜のカンザシを見せてくれるので、それに注目して見るが
(かわいいなー……あいやちがう、カンザシの話だったっけ? かなえちゃんかわいいな〜)
叶枝に見惚れて、カンザシの話と言われても叶枝以外に気が回らない。カンザシと言われても見当つかないし、それを含めて叶枝のことが気になって仕方ない。
「宝具っていうらしくて、精霊たちを封印し宿した代物なんだ。だから、木蓮さまは今なえぽんがつけてるカンザシの中にいる状態ってことだね」
「うむ、くるしゅうない!」
樹の説明に、木蓮も満足そうに返事をする。
そこでユウサクは木蓮を指さして全員に
「へー、ならこれが『魔物に詳しいヤツ』なのか?」と確認をする。
「む、『コレ』とはまっこと失礼な童ぜよ! ええか? 妾は木蓮! 確かに今はこのカンザシを本体にしちゅーが、封印さえ解ければ世界の始まりと共に生まれ落ちた原初の精霊の1つ『成長と進化』を司る『樹妖精』として……」
「あー! わかった、わかったからさ! そんなの付き合ってたら日が暮れるよ」
ユウサクは自分語りを始めた木蓮に耳を塞ぎ、面倒くさそうに手を払ってそれを遮ってしまい(あ、まずったかもさ?)言ってから思った。
「ふむ。まー、わかったならええ」
しかし木蓮が簡単に許してくれたのでホッとする。
「あ! そーだよ、もう日が暮れるぞ。ユウサク、お前どうすんだ? このままここに――」
「俺もついていくのさ!」
「あ“?」
敦也がそれに何か言いかけるが
「まあまあ、顔怖いのそーいうとこだよ?」
樹が宥めたので敦也は何も言わず、ひたすら嫌そうに顔を顰めてユウサクを睨む。
「お、おう……でもいいのか? まだこっちのことも全部話せてないし、ユウサクにも何か事情があるんじゃないのか?」
「そんなのないさ!」
京介の質問に、ユウサクがまさかの即答をして、京介と敦也の2人は特に(嘘だろ)と面食らう。
「ま、まあ何はともあれだね! みんな無事だったし、ユウサクくんの方も大丈夫ならあとは物資だけ回収して帰ろっか!」
樹がみんなの気を取り直して、本来の目的に戻ろうとしたところで
「な、なら俺が案内するのさ!」
ユウサクが叶枝にいいところを見せたくて意気込んで提案する。
「うん。じゃあお願いしようかな」
と、話がまとまりかけるがーー
「いらないわよ! もう場所は見つけているもの」
ユウサクをキッ、と睨みながら叶枝が言い放った。
(ガーン! なんでさ!!)ユウサクは大きなショックを受けて固まってしまう。
しかしもう初対面で相当のヤラカシをしでかしているのだし、嫌われても仕方ない。むしろ今までユウサクはこういう自業自得なところに、周りがより酷いせいで気づかなかったが、ユウサク自身も自分が相当マズい人間だと自覚すべきだ。
「まあまあ。ユウサクくんの方が僕らより詳しいだろうし、任せようよ」
「叶枝、妾は気にせんぜよ! それより早う帰還したいにゃー。ここは空気も地面も気にいらんきぃ」
「……わかりました」
なんとか樹と木蓮がフォローを入れてくれたので、渋々ではあるものの、叶枝も頷いてユウサクが案内役をすることになった。
(諦めないからなー!)ユウサクはそう息巻いて、先頭を行くと交換所まで道案内を始めた。