エピソード3/運命的な出逢い(1)
ユウサクが下山を始めた頃。
ーー同刻、麓の『ガラクタ町』には今までにない、どこか異様な暗い雰囲気が漂っていた。普段この時間になれば瓦礫やスクラップを集めるこの街の住人たちのせいで喧騒止まぬはずだが、今はひたすら静かなゴミの街だ。
そんな普段と違う『ガラクタ町』に、同じく普段ここらじゃ絶対見かけることのない綺麗に整った学生服の2人組がいた。
時々崩れそうな瓦礫と、目の前の邪魔なスクラップをガラッと手で押し除かし道を作りながら先を進んでいるのは鋭い眼光とオリーブの短髪をオールバックにした青年、京介。間隔をあけて周囲の警戒を行いながらゆっくり歩を進める表情の固い藍色の髪と瞳の青年、敦也。
2人とも、何か探しながら進んでいるようだったが、途中で京介が足元に何かを見つけ立ち止まる。
地面に落ちていた、まだ熱の残ったそれを京介はそっと拾い上げ手の中で眺める。
(間違いない。今朝か、昨夜か、いずれにせよ直近で薪に使われていたものだ)
焦げた小さな瓦礫の燃えカス。生活に余裕のない『ガラクタ町』の住民は火を起こすのによく足元の物を使うのだ。
「クソッ!」
京介が握っていたそれを思いっきり地面に叩きつけて感情に任せ叫ぶが
「やめろ」
すぐ敦也に宥められた。
その後、敦也は表情こそ変わっていないが、僅かに語気を強くして「俺たちの目的はあくまで現地に残った住民の保護と物資の確保だ」と自分たちの目的を再確認し、そのうえで「また奴らに先を越されたな。この分では生存者も絶望的だろう」あえて分かりきった状況を復唱する。
生存者がいない場合、京介たち2人のすべきことは、あくまで“物資の補給“に限られる。それを問うためのものだ。
京介は「あぁ。分かってる」と頷いたが「だがこの『復旧中都市』を全部見て回ったわけじゃない。樹たちと合流するまでまだ時間はあるだろ」と向き直って聞く。
敦也はこれに「確かに合流まで時間はあるが、余裕があるわけじゃない。俺たちが都市から離れている間、それだけ拠点の防衛機能はダウンするんだ。例え、ここに生き残りがいるとして、そこまでしてそいつらを助けてやる必要もないだろ」。そう反論しようとして「ふん……」それらの言葉を全て溜息にして堪える。
今向き直っている目の前の突進的な幼馴染と、『ガラクタ町』に入る前二手へ別れた親友のことを思い出し(コイツらみたいなお人好しの考えることは同じか)。自分とは違う2人に呆れつつ、そんなところに惹かれてしまった自分の非合理をつい、笑ってしまう。
敦也としては京介の提案は断って、物資だけ確保したらすぐに引き上げてしまいたい。だがそれでは自分以外誰も納得してくれないだろう。
「まったく、仕方ない」
敦也は自分が折れることにして、インプラントを起動すると時間を確認する。日が沈むまであと約4時間といったところだ。
「向こうも同じ考えだろう。ここの管理施設の発見までは樹たちに任せて、俺たちは生存者の捜索に専念する。ただしあと1時間以内だ」
条件は付けたが、結局一緒に『ガラクタ町』の探索を続行することにした。
「おう、サンキュー!」
京介もニカッと礼を言うが、敦也はそれに反応をすることもなく淡々と「とにかく場所を変えるぞ。さっきので敵にバレた可能性もある。一度クリアリングするべきだ」と返して、速度を上げると今度は京介よりも先に移動し始めてしまった。
(目指すべきはあの山の麓だろうな。あそこなら見渡しも良いし、背後に山があれば死角ができることもない)
敦也が先導し、2人は丘に瓦礫が積みあがってできた山の麓へ向かった。
◇閑話休題◇
「うぉ! あっぶないのさ!」
早く下山して状況を知りたいからと、浮足立ってしまったユウサクだったが、足元にあった瓦礫が踏んだ瞬間、ガラガラと崩れ落ちていくのを口をあんぐりと開け冷ややかな汗を流し見ていた。
(慎重にしなきゃな)普段は慣れてるし、適当に上り下りするユウサクであるが、死にかけたので、流石にゆっくり進むことにした。
(あ! よし、今度はあれにしよう)ユウサクは昨日、登ってくるときにも見つけた遺跡の赤棒を次の足場に決めた。だいぶ剝がれているけれど装飾の込んでいた物だろうからユウサクは(見た目立派だし、丈夫だろ!)と思って、下りるために足をかける。
「うぉー!!」
足場にしようとしたそれは半ばポッキリ折れて、ユウサクは掴んでいたガラクタたちと一緒に勢いよく落下していく。
◇
ーードスッ!
高くから落ちたユウサクは、麓にいた京介の脇腹へ突き刺さるようにして足から無事に着地した。
ユウサクはかなり高い位置から落ちたのにも関わらず、大した痛みとかもなかったので(俺、死んだりしてないよな?)そう心配していた。衝撃に備えてギュッと閉じていた目を「いてて」と言いながら、恐る恐る開けてみるとギロリ。ユウサクの下敷きになって倒れていた京介と目が合う。
鋭い目つきにイカつい緑髪、第一ボタンを外したカッターシャツは上着がないから学生服とは分からなかったし(『ガラクタ町』にいるくせして妙に髪も綺麗だし、服も上等なヤツだ……もしかしてマフィアか!?)ユウサクは盛大に勘違いし、京介を踏んで跳ね起きる。
「な、なんだお前!」
ユウサクは距離をとりつつ、装備していたパイプの先に火をつけて構えた。
そんなユウサクに、京介は鈍い動きで打った箇所を右手でさすり、立ち上がりながら
「こっちのセリフだ、バカ! いってーな」
口から文句と血を一緒に吐き捨てる。ユウサクとは違ってそれなりに重症に見えるが、それでも京介の表情はさっきよりも柔らかく余裕がある感じだ。
「くく。京介、よかったな。一応、1人は生存者がいたようだ」
離れたところにいた敦也もやって来て、京介に声をかけた。
それに京介は鼻の下をこすり「あぁ、そうだな」と同意する。
ユウサクには2人の会話の意味も内容も分からないし1人だけ取り残され、キョトンとした顔でいた。分かったことといえば、後ろから出てきた敦也を見て(怖い顔のヤツが増えたしぞ)ということぐらいか。
「どうやら樹たちも物資の備蓄所を見つけたらしい」
「うっし! じゃあこっちも連絡して合流するか」
「あぁ。どうやら入ってきた時とは反対の方にあるらしい」
「そうか。少し遠いな」
敦也が来て、人数が増えたことでさらに警戒を強くしていたユウサクだったが、おそらく何かしら通信をしながら話し込む2人に(コイツら、何もする気ないのか?)火のついた鉄パイプは構えたまま、近づいてみる。
「なんだ?」、「どうした?」2人はユウサクの不審な様子を見て不思議そうにする。
どっちもユウサクに危害を加えるような素振りがないのを見て(もしかして悪い奴じゃないのか?)と思い直す。
普段こうやってまともに会話できそうな人間が『ガラクタ町』にはいないからすぐ手を出すか、逃げるしか選択肢がないけれど、もし話せるのならそうした方が絶対いい。それはユウサクもよく知っているから、向けていた燃えるパイプを少しだけ下げ「それで、あんたらは何者さ?」と、自分も話し合いをしてみることにした。
ユウサクの質問のタイミングは続いていた会話に割り込むようで、明らかに話すのが下手でぎこちないものであったが、特に2人共嫌な顔はしなかった。
ユウサクの質問で思い出したように「そうだったな、わりぃ。俺は京介、で、こっちの能面みたいなのが敦也だ」と京介が2人分の自己紹介をする。
ただ、その言い方に不満があったのか敦也も「お前だって人のことを言えないぐらい厳つい顔をしているだろう」そう京介の胸をグサリと抉る返しで黙らせてから「とにかく、生存者も発見したんだ。時間にもそろそろ余裕がないし早く合流しよう。お前、他に生き残りはいるか?」とユウサクへ質問する。
しかし聞き返されたユウサクは不機嫌に顔を顰め「俺はユウサクさ。他には誰もいねーよ」と返事する。
ユウサクとしては、この場に武器になるような物を持っているのは自分だけだし、ならこの場の話の主導権は自分が持って進められると思ったのに。そうならなそうで嫌だったからだ。
『ガラクタ町』でチンピラたちから酷い目に合わされてきたユウサクは、そのせいでついた疑い癖がある。ほとんど話してすらいないが、この2人はそういう人間でないとユウサクも内心では思うものの、可能なら自分の不利にならないように話をしたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
が、そんなユウサクの個人的な事情を京介と敦也は知るはずもない。
そのまま敦也は「そうか、なら付いてこい。これから仲間と合流する」改めてインプラントで連絡を入れると、振り返って行ってしまおうとする。
それにユウサクは(まずい!)なんとなくそう思って下げていたパイプを構えなおし、敦也の背中に向けて「ま、待てよ! 行くってどこに行くのさ! それにお前らが誰かなんて聞いてないぞ!」と威嚇する。
吠えるユウサクを見て敦也は面倒くさそうに眉を顰め、京介にも付いて来るように視線を送る。多少強引になるが、自分たちが先に行ってしまえばユウサクもついてくるしかなくなる。早く合流したいし、そうしてしまうのが楽だろう。
しかし京介は「たしかにあんまり詳しくする時間はねぇけど、もう少し説明してやった方がいいかもな」とユウサクの味方をして、敦也を説得してくれる。
敦也はそれに一瞬、何か別のことを言ってやろうと口を開いたが、ここで京介と言い合っても仕方ないと、また溜息を吐く。言っても聞かないだろう。
「……分かった、いいだろうそれは。だが、だとしても先に場所は変えるぞ。ここは見通しが良すぎる。目的を果たしたのであれば留まるメリットは皆無だ」と移動してから説明をすることになった。
ユウサクは結局、会話をリードできていないから不満ではあるが付いていく。
◇
まだかろうじで1面だけ残った建物の壁の裏に全員で隠れる。壁とはいっても、ギリギリ3人が収まる程度の広さしかないものだ。
「それで?」
ぶっきらぼうにユウサクは2人に早速説明を求めようとしたが、やっぱり口を尖らせて「てかなんでわざわざこんな変な場所なのさ?」と場所についての文句が先に出た。そういう流れだったからここまではついてはきたものの、待つのがこんなに狭い日陰だと窮屈だし、ジメって『ガラクタ町』の中でもより汚い気がする。嫌だ。
その質問には京介が、壁をコツコツとグーで小突きながら「こんなのでも隠れるのにはちょうどいいだろ?」と答えてチラリと周りを見た。
しかしユウサクは微妙そうに眉を顰めて(ほんと、今にも倒れそうな情けない壁だな。ここじゃなくても、隠れる場所ぐらいいくらでもあるだろうにさ)と思ったが、ユウサクも周りを見て(まあ、ふつーは『ガラクタ町』のことなんて知らないか)とそこは納得する。本当はもっといい場所があるように思うけれど、確かに素人目ですぐ隠れられると思えるような場所はここぐらいか。
それに(もー、今日は十分動いたし歩くのもめんどくさいなあ)と思ったからこれ以上、場所について何か言うのはやめておく。
「そっか」とユウサクは頷いてから、改めて「じゃあ、話してもらおうか」と本題に戻ることにして京介の方へ説明を求め目線をやるが、京介も敦也の方を向く。どうやら説明は敦也の方がするようだ。
「お前はなぜ上から目線なんだ」
敦也はユウサクの態度に呆れたように言ってから説明を始める。
「俺たちは『機械都市』から北四国を巡って各地の生存者や物資を『機械都市』に移動させている」
「待った、さっきから“生存者“ってさ。物騒だけど何のことさ?」
「先月、20日に起きた”襲魔事変”。それの生き残りのことだ」
敦也が日付で切り出したところで、ユウサクは気になって「20日って言われても、何日前さ?」と、つい話を遮ってしまう。長い間、暇のない『ガラクタ町』で生活していたので、曜日どころか、今が何月何日かという感覚すらなくなってしまったのだ。
敦也がそのせいで若干ピリつきそうになったが、京介がすぐ「今からちょうど2週間前、9月だな」と教えてくれて、ユウサクも「そっか」とすぐ頷いたので抑えて気を取り直し説明を続ける。
「魔物による大規模侵略が新潟、北九州へ行われた。今は戦線を維持できているらしいが、本土に上陸されて徐々にそれも後退してきている。生存者というのは、既に各地で戦線を抜けた魔物による被害が報告されているからだ」
「なあ。魔物ってなにさ?」
さっきの敦也が怖かったので、今度は話に区切りがついたところで聞いてみる。
「魔物」と聞いても、こう、何もない状況であればただのファンタジーで茶化されたような気がするものだが、今はユウサクにも心当たりがあるので詳しい説明がほしいのだ。
敦也はそれに「まだ詳しく研究はできていないが、共通するのは一目見ただけでわかる異質さと、理性がなく人を襲うことしか頭にない凶暴なものだ」と補足をしてから「お前も運よく遭遇しなかったから生き残れたんだ。この『ガラクタ町』も、おそらく魔物の襲撃を受けたのだろう……お前も、死にたくなければついてこい。日が沈むまでには拠点に戻らなければ接敵する可能性もあるし、こっちもそれほど長居するわけにはいかん」そんなふうにユウサクを諭す。
しかしユウサクは後半は聞いておらず(もしかして、魔物って言うのは昨日のバケモノとおんなじか?)と、もうそれしか頭にない。
ユウサクはその確証を得るため2人に「それってあの黒い影みたいなやつか?」と昨日のバケモノの姿を説明して、聞いてみる。
「なんだと?」
敦也はユウサクの言葉に目を見開いて聞き返してきた。敦也はあまり表情の変化が見取りづらいので分からないけれど、驚いているのかもしれない。
京介が「マジか、やるな! 間違いなく魔物だろーよ。それで追い返したのか?」とユウサクの持っている鉄パイプを指して聞いてくる。ユウサクの見たバケモノと敦也たちの知る魔物が同じだとすると、疑われても仕方ないことだとユウサクも思っていたのに……。
(でもやっぱりそうなのか! ってことは、コイツら何か知ってるな? あのバケモノ相手にちゃんとした対策とかあるんならもうちょっと聞いときたいな)ユウサクは1つ悪いことを企んでしまう。
(そうだ! 今2人とも驚いてたってことはさ、2人ともバケモノが怖いんだよな? じゃあさ、俺がこれで本当にバケモノを追い払ったことにしたらいうこと聞いてくれるんじゃねーかな!)と。
ユウサクは京介の質問に、この悪だくみをするため俯いて数秒考え込んでいた。
そしてユウサクは顔を上げるとおもむろに「そうさ!」と強調して答えた。しかも大袈裟に胸まで張って。けれど、ちょっと目も泳いでいる。
わざわざ間を置いて、まるで分かり易いフリみたいなそれを見て京介はツボにハマって吹き出しそうになる。
敦也は「まったく……コイツは」と呆れて眉間を指でもむ。ただあまり時間もない。ここまででも予定より時間がかかっていて、もう1時間近く経ってしまっているのだ。
一々構うのも無駄そうだから敦也は「それで、まだ聞きたいことはあるか?」とユウサクに問いかけて話を続けることにした。
そう聞かれて、ユウサクは「そりゃ、あるさ。魔物がこっちにも来てるんだよな? それで、そっちに人なんか集めてるって大丈夫なのか? そんなことしても狙われるだけじゃないの?」案外まともな質問をした。
「それは問題ない。まだ突破した魔物の規模も大きくないからな。その程度なら撃退できるだけの防衛力はあるし、魔物を討伐できる部隊が北九州、山口、大阪にそれぞれ集結しつつあるらしい」
「俺たちはその部隊が向こうのゴタゴタを解決してこっちに来るまで持ち堪えること、ってわけだ」
「……む。バカにするなよな、俺だって魔物を見てるんだ! ほんとにあれと戦えるようなヤツいるもんか!」
2人の答えに納得いかず、ユウサクはそんなふうに食ってかかる。
それに京介が困ったように眉の上を掻きながら「ううむ。そーだな……それを説明すると長くなるんだが――」言いかけたところでユウサクが被せて「いくらかかってもいいさ!」と言った。
「いや、問題はユウサクの時間じゃなくて日が沈むまでの時間だ。日が沈むと……出るからな」
京介は両手を前に出してウラメシヤのポーズをする。それにユウサクがたじろいだのを見て元に戻ると「ま、そっちについては”詳しいヤツ”が仲間にいるからな。俺らだってその辺は全然知らねえし、合流してからそいつに聞くのが一番早ぇ。何より日暮れまでに拠点へ帰らないといけないから俺もぶっちゃけそうしたい」と言う。もうそろそろ冬になるし、日も傾いている。
――今ユウサクが怖がったのはお化けや、バケモノではなく京介の顔だ。ユウサクは京介の態度に、何か誤解があるように思って何か言い返してやろうと反骨精神を出す。
「じゃ、じゃあさ! その”詳しいヤツ”ってどんなヤツなんだよ! 言っとくけど、インチキくさいヤツが来たら承知しないからな!」
ユウサクは引けた腰で、けれどまだちょっと疑ったように聞く。この2人の情報を知りたい、というより(戦えるとか、詳しいって言って、後から来るヤツが昨日のバケモノそっくりだったりしたら嫌だからな!)そうビビってるのだ。
だがユウサクの不安そうで強がった言い方に、京介だけでなく敦也まで「ぷっ」「くく」と堪えられず噴き出してしまった。
「え、マジでそっち系なの?」
まさかの反応に、ユウサクは素っ頓狂な返しをしてしまうのだが、京介がまだ笑いながら「はは、ちげーよ」と訂正する。
すると珍しく敦也の方が京介に「ただその言い方でもあながち間違いじゃないかもな?」と冗談っぽく言う。
しかし察しの悪いユウサクには通じず、ユウサクは(なんだ、どっちだ?)とよくわからなくなって頭を抱え「うっ。なんだよ、やっぱインチキなのか?」と不安そうに聞く。
「わりぃわりぃ。でもインチキなんかじゃねぇよ。大マジだ。詳しいヤツはいて、木蓮って名前の……精霊、ってやつらしいんだけどな……なんていうか、説明が難しいんだよ」
京介は説明に詰まって、頭を掻きながら濁して答える。
「精霊? なんだよそれ、ちゃんと教えてくれよ! そいうのが一番怖いんだ知ってるか?」
ユウサクははぐらかされたと思って我慢できず鉄パイプを突き付けて全部話すように言う。
しかし2人とも荒事には慣れているみたいで、全然怯まない。特に気にする様子もなく話が進む。
敦也の方も「まあ、実際見た方が早いだろうな」そんなふうに言うので、ユウサクは考える。
元からだが、今はもう完全にこの2人のことを疑ってはいない。言ってることも、状況的には事実なんだろうし、それなら何かしら対抗できる手段もあるのだろう。それも気にはなるが。こうしてちゃんと会話ができる相手と話して頭の情報が整理できてくると、山を下りる時に殺した理性と、煩悩が段々復活してくる。
この後2人について行くと、その『機械都市』というところまで行くことになるのだろうが(そんなとこ行ったらまた事件とかに巻き込まれるんじゃないか? 人を襲うんなら、そーいうまとまってるところはいい狩場だろ)どうしてもそう思ってしまう。
それに2人と危ないところへ行くよりいい方法も思いついた。
さっき敦也の説明で「ここの物資を回収していく」みたいなことを言っていたのを思い出して(俺も物だけパクったら住むとこだってあのカマクラがあるし、それでずっとのんびりできるじゃん)と思いついた。ちょうどカマクラの手入れをしていて面白そうなことも見つけたし、昨日だって本来ならちょっとした大金が手に入って2、3週間ぐらいはのんびりできるはずだったのに全部取り上げられたのだ。だったら、これぐらいは良いのではないか? そんな感じの、所謂出来心が湧いてくる。
あとは、それを主張できるような言い訳だが……ユウサクには思い浮かばないので腕を組んで悩む。
「ムムム……そうだ! 俺は、お前らのことをまだ完全に信用したわけじゃないのさ!」
「なんだと?」「おいおい。そんな流れじゃなかったろ」
敦也も京介も耳を疑う。今、2人は自分たちの目的も説明して、ユウサクもここまでずっと頷いていたのに。いきなり風向きが怪しくなった。
「『物資を持っていく』ってのもさ、元々全部俺らのもんだろ? じゃあさ、ちょっとは俺にも権利があるんじゃないか? それならちょっとは俺のもんになるはずさ!」
「さっきから、お前は駄々をこねるな」
敦也に叱られるが、引かず
「嫌さ! 半分は俺のだからな!」と言い返す。
「……ばからしい。京介、早く行くぞ」
敦也が起こってしまい京介にそう言ったのにも、ユウサクは食い気味に反応して「俺は行かないからな!」と腕を組んで座り込み「ふん」とそっぽ向く。
「お前は勝手にしていろ! 来ないなら置くだけだ」
敦也がユウサクのことを置いて行ってしまいそうになったのに、京介がまた「待て、敦也」と静止させる。
しゃがんでユウサクと目を合わせ、説得しようというのだろうか。
そんな動きに敦也が「京介!」と呼んで「お前、この街に来るのがギリギリ間に合わなかったと気にしているのか? それとも、前の街で誰も生き残りを見つけられなかったことについてか? だとしても、このガキに構う時間はないぞ。現実を見ろ」そう問い詰めて、京介はそれに渋い顔をする。
「気にしてないわけじゃないが、今それは理由じゃねぇなあ」
京介がなんとも言えない表情をしていたのに敦也も気づき「そういうことか……」と、自分の気持ちを静めるのに目をつむって息を吸う。ユウサクには分からないが、何やら納得せざる得ない事情があるらしい。
「敦也、ユウサクは何も知らずに魔物と出会って生き残ってるんだ。なら、俺らより強くなったりするかもよ」
「ふん……そうなったらいいな」
敦也はそう吐き捨てて、壁に寄りかかり京介だけ待つことにする。
ユウサクは、また2人の会話の内容がわからなくて取り残されてしまった。しかし2人ともユウサクを連れていくつもりであるのに対して、やっぱりユウサクは『ガラクタ町』を出る気はない。なくなった。
態度を崩さず、ユウサクはとりあえずムスッと顔を膨らませていたが、
「きょうちゃん、あっつー、だいじょーぶ?」
遠くに手を振って2人の愛称を呼ぶフードを被った赤茶のモコモコパーカーと、派手なもみじのヘアピンが目立つ青年の姿が見える。
それに京介と敦也もそれぞれ「樹!」「来たか」と、足元の悪い『ガラクタ町』の地面を器用にタッ、タッ、と素早く跳ねてやってくる樹に反応する。
「おっとっと」
樹は3人の前に到着して止まった勢いで脱げそうになったフードが脱げないようそれを手で抑える。
やや垂れ目に、関西圏、京や奈良の方の柔らかい言葉のイントネーション。なんだか全体的に大人しそうな雰囲気の樹にユウサクは(コイツら、本当に知り合いなのか? 全っ然、雰囲気違うけどさ)不安になった。
目鼻立ちが良く、ザ・正統派なイケメンって気がする顔なのだけれど、服とヘアピンのせいで雰囲気がナヨナヨとしたのに全部食われてる感じがする。
「やー、連絡があったのに、2人ともなかなか来ないから心配したよ」
樹の言葉に、敦也が京介とユウサクの方を見てから「被害はない……問題はあるがな」と毒を混ぜて返す。
「おや、じゃあそっちの子が?」
「あぁ、コイツがユウサクだ!」
京介がドン、とユウサクの背を叩いて紹介する。
「あ、おいこら何勝手に言ってくれてるのさ!」
なんだか人数が増えて流されそうだと感じて(何かしないと!)と思いユウサクは、そろそろ火が消えそうなパイプを京介に振りきる。
「あっぶね!」
京介がギリギリそれを躱したのを見て、樹も「あはは、なるほどね」と状況を察して苦笑する。
「僕は秋山 樹だよ。ユウサクくん、よろしくね」
樹から優しく手を差しだされる。
ユウサクは握手を求められ、どうするのがいいか分からなくて硬直した。
「コイツが連絡しておいた生存者なんだが……まったく、わがままなガキでな。樹も何か言ってやれ。コイツと、それから京介にも」
「うーん、そう言われてもなぁ。2人ともおっかない顔して怖がらせちゃったんじゃないの?」
「む」「流石にそんなことはないだろ」
「えー、そうかな?」
言い返そうとする2人の顔を見てから樹はとぼける。
樹が合流してから雰囲気が柔らかくなった気がする。でも、ユウサクはそのせいで自分が空気になってしまったようで面白くない。
ユウサクが不機嫌そうに後ろに手をついて座ったまま「てか、さっきから言ってる精霊とやらはどこにいるのさ?」と聞き、続けて「やっぱうそだったのかー?」と気晴らしに挑発したら、
「嘘なんかじゃないわよ!」
ユウサクの言葉に誰より早く反応して樹の後ろから、頭の横で団子にまとめても肩にかかる艶やかな翡翠の髪に、丈の短いグレーの制服のスカートと、白のブラウスの少女が現れる。
(ちょーかわいい)