エピソード2
登った朝日がぐっすり気持ちよく眠っていたユウサクの半顔を照らし、眩しい日光の直撃に「うっ」と短く呻く。それでも諦めず反対側を向いて二度寝しようとするが、うまくいかず仕方なさそうに目を擦りながら体を起こした。
ユウサクが『ガラクタ町』に来てから久々の、暖かく、雑音のない穏やかな眠りだった。
座ってもまだ寝ぼけて間抜けた顔をしていたが、1度大きな欠伸をするとようやく意識がはっきりしてきて、
「うげ」
(せっかくいい気分だったのに、台無しさ!)昨日のことを思い出し目尻と口角をグッと下げウンザリとしてしまう。
ひとまず、周りにおかしなものがないかキョロキョロ首を回して確認する。いつの間にか火も消えているし、バケモノなんかの姿も見えないから、すぐ近くに危険はなさそうだ。
「はあ」
とりあえず、一安心する。
それで、ユウサクは冷静になって「けど、どーせあんなのがまだ居たら俺なんかとっくに死んでるか」。何も分からないのに幾ら考えても仕方ないし、そう開き直ってバケモノはもうここには居ない、と思うことにした。
本当は「カーッ、ひっどい夢だったのさ!」とか言って拒絶してやりたいが、まだ腹が空いているのに中身の詰まったまま燃えカスになって転がっている缶のせいで否定できなかった。
「あー、もう! ムシャクシャするのさ」
紛らわすのに頬を膨らませ、地団駄を踏んでみたりするがあまり効果はなかった。
「ぐー」また腹が鳴る。
「ほんと、ちょっとはいいことあってもいいじゃんさ」
悲しいことが続いてユウサクは僅かに眉を下げてぼやく。
燃えカスを持ち上げて(最後のやつだったんだぞ……まだ食べれたりしないかな?)と色々な角度から見てみる。煤を払って缶の状態を見てみるが、周りも溶けて中身も焦げてる。
「うーむむ」しみじみと、缶に思わず唸ってしまう。今ユウサクはとんでもなく空腹の一文なしである。黒焦げになってしまってはいるが(せっかくある食べ物を粗末にするのもな)腹が減っているから、それでも食べるか迷う。
(だってこれ食っていいやつなのか?)流石に不安だ。
「……でも、何か腹に入れなきゃ力出ないもんな」昨日のような出来事が今日もあるかもしれないし、いざという時にそれじゃまずい。
ユウサクは焦げていた部分を大きめに千切り取って、残った塊を見る。(これならいけるかな)目を瞑ってバグッと一口で全部放り込んだ。
「ウガーッ!」
口に入れた瞬間、激烈なえぐ味が広がって舌を突き出して逃げようとする。苦くてペッと吐き出したくなるが、急ぎ飲み込んでどうにかする。「はぁ」水もないからずっと口の中に残るが、それでもなんとかエネルギー補給と空腹はどうにかなった。
「ふー」
諸々落ち着いたので状況を整理する。特に、昨日のバケモノのことだ。
(喋らなかったのがよかったのかな? それとも火のおかげか? いや、そもそもあの見た目だしな。もしかしたら夜以外出て来られないのかもしれないな)
(ま、どのみち出てきたら終わりさ)別に正解なんて分からないし、本当にバケモノが出てこない理由はどうでもいい。何もわからず怯えるよりかはマシだろうから。ユウサクが自分で納得できればいいのだ。
「よし」手で服を叩き、土や埃を払いながら立ち上がる。
「あっ、そーいえば下は大丈夫だったんかな?」
今更気になった。昨日の最後、バケモノが『ガラクタ町』の方に降りて行ったのを思い出したからだ。他にも心当たりはある。昨日はいつもと比べて、あり得ないぐらい明かりを持った人がいたのをここから見ていたのだし。もしかするともう手遅れかもしれない、なんて縁起でもないことを考えてからしんみりした気持ちになる。
「ん?」
(何かおかしいな)。不意にそう思って訝しげに首を傾げる。もちろん昨日何が起きていたのか真相は気になるが、(それにしたって下の連中で俺が「世話になった」って言えそうなのも、あのケチなオヤジぐらいだしさ。心配なんかしてやる必要ないんじゃないか?)と悪いことを思ってしまう。
確かにユウサクが今すぐ行ってどうにかなるような問題でもないが、あまりに辛辣だ。
「じゃあ今すぐ降りる必要ないのか」上を向いてぼやく。そうは理解していても、やっぱりユウサクは下が気になりソワソワしてくる。
(でも行くとしたらなんだ? 何が理由になるんだ?)どうしても行くのなら、好奇心ということになるのだろうか。自問自答をしてみるが、理由なんて他に出てこない。
ユウサクは普段『宝探し』とか『ゴミ製造機』とか言われながらでも、なんとか楽しみを見つけて生きてきたし、それに多少はプライドだって持っている……だが、それは所詮変わり映えのない日常を盛り上げているにすぎない。
対して、今回のはユウサクにとっても、この『ガラクタ町』にとっても、明らかな非日常だ。(これで今何もしないのはつまらないのさ。でもなー、死にたくはないよなー)
「んー」
いよいよ頬杖をついて悩んでしまう。ユウサクの理性は「危ないぞ。死にたくないだろう? 今は安全を優先すべきさ! 下に降りる理由も今はまだないだろ」と最後まで早口で必死にユウサクに意見していた。
が「いや、でも、好奇心の勝ちだな」ユウサクは雑に理性を殺して決定してしまう。
そうなれば早いもので、ユウサクはテキパキと下山する準備を始めていく。
(これでナイフみたいに切れるような武器なんかあったらそれだけで安心感あるんだけどな)と思うが、実際にそんな物持って下に降りたら昨日の連中みたいな輩に出会うと間違いなく「イキってる」と咎められてしまうだろう。
何もなかった時、絡まれるのも嫌だから武器っぽいのは良くない。
ユウサクは周りを見て、地面から錆びた鉄パイプを探してくると、そこに昨日使ってたボロ布や、散らばっているおが屑のような燃えやすい物を詰める。もしバケモノが来ても、火が本当に苦手だったならこれで追い払えるはずだ。
「よし!」準備できた。探して余った物とか、余計な物は全部カマクラに放り込んだし、いつでも出発できる。
持っていくものも、今日は他にないし。作った鉄パイプだけ背負って、
「行くか!」
掛け声で気合いを入れてからユウサクはウキウキと、面白そうな展開に期待して目を輝かせながら下山を始める。