エピソード16/(1)
艶やかで長い黒髪、黒の狩衣、烏帽子、真っ黒な瞳。黒翼の麗人は窮屈そうに羽を部屋に収まるようモゾモゾと丸める。
悠作は呆気に取られていたが、ふと、目が合う。向こうから見下される視線。
悠作は感情の籠った色や、光を映さない瞳に肩を震わせる。だが、まだ何をされた訳でもない。なのに下がる、というのは癪に障る。そんな意地で踏み止まり目を見返して睨む。
悠作に向けられた視線は1ミリも揺らがず、むしろ悠作の事をいっそう深く観察しているようにも思えた。
お互いに目線は同じ。なら、どこかで交わるはず。なのに視線がぶつかることはなく、むしろ悠作は一方的に自分を覗かれたような気がして、最後には「ふん」と顔ごとよそへ目を避けてしまった。
全部、一瞬のことだ。
「お疲れ様です」
「ご苦労様」
篤実の方から出迎えの挨拶をした。
篤実は相手から話すのを待っているようで、話の進行は少女に任せる流れである。しかし、やや沈黙が流れた。
2人が社交辞令を行って、間が空く。悠作はここでハッ。と気づき、自分も話に混ざろうと2人の前に割り込んで躍り出ると、
「俺は悠作! ゆう、さく、だ」
さっき篤実に貰った漢字の名前を、女の目の前に、指でなぞって書く。
「私は維都鳥 徳樂」
返されたのは軽い自己紹介。悠作は(なんだか偉そうだな)と思ったが、それは思いに留めた。
「それでさ、アンタら『国士』っていうんだろ? あのさ、俺にも分かるよう教えてくれよ」
ずいぶん無礼な言い草だが、徳楽は反応しないで篤実を見る。
「あぁ。悠作くん、ごめんね」
篤実に言われてから、悠作も理解して「そっか」と呟き「じゃあさ、そっちの用事が済んだら話聞かせてくれよ!」。感じが悪いやつだな、と思いながら徳楽へ言い直す。不意に頭を撫でられた。それだけで悠作を撫でてくれた。大したことでもないだろうに。
悠作は撫でられた後の頭に手を乗せ、自分でもよく摩って確かめる。なんだか、わからない感覚だが、嫌ではなかった。
◇
篤実の方から報告書の束を受け取り、自分の鞄の中に仕舞い込む。篤実からは他に何もなかったが、徳楽からスカイ・トレインの用意には後どれぐらい時間がかかるか聞かれて、篤実は困った顔をする。
「……1週間もあれば往復分ぐらいは」
「そうか」
徳楽はそれを了解してから、篤実に向かって「あくまで、この街を捨てようというのではない」とだけ伝える。
やりとりが済むと、徳楽は悠作の方へ「知りたいなら、付いて来い」と一言だけ、それだけしか言わないのにもう部屋から出て行った。
「え、」
(出て行ったぞ)
付いて来い。というのは、国士の本拠にまで行けということだろうか? 全く知らない相手のところへ、まだ何も情報をくれていないのに、いきなり行けと言うのは。ここまでの話だって、口数が異常に少ないし。(全っ然信頼できないのさ)
悠作は少し考えて、篤実にも相談しようとするが
「いいんじゃないかな、気になるなら。実際、あの人たちを知るのなら雰囲気は大事だよ。でも、10時までには戻ってきてくれると嬉しいな。普段僕と敦也の2人だけだから、賑やかになればきっと喜ぶよ」
そう言われて、悠作はすぐ徳楽へついていくことに決めて
「よし、分かったのさ! ありがとな!」
と今日の礼を言って部屋を飛び出す。
(まじか。あのマフィアと、マフィアのボスみたいな顔の2人しかいないのか……)
宿は別で探すしかないな、とボサついた髪を掻きむしる。何せ、篤実のところへ厄介になると怖くて一睡も出来そうにない。
後の事は後で考えるとしよう。今は徳楽に着いて行かねば……いざとなれば逃げればいいのだ。
「うっしゃ!」
悩みに決着し、エレベーターに乗ろうと思っていた悠作だったが、
「わ、なんだ!」
横から吹く突風に怯んだところを徳楽に捕まって、大窓から飛び降りることになった。
「何やってくれてんのさ!」
悠作は自分だけでも助かろうと藻掻くが、2人が地面に落ちて潰れるより先に、耳元で巨大な両翼の羽ばたく音と共に、抱えられた腕に力がかかると、更に空高くへ飛翔した。
◇
夜景。悠作が見てきた『ガラクタ町』のは、ほぼ真っ暗で、誰かいたらそこだけ明るかった。そーいうのを見つけて楽しむぐらいしか。
けれど、この街は夜でもまだ、まだ明るい。空の星星よりも、建物や、道を蠢く警備や無人車なんかの街明の方が多く煌めいている。きっと、悠作のいた瓦礫の山なんかより、もっと高い建物が立ち並ぶ。
「へへへ」