エピソード15
「あ、そーいえばさ。若葉から聞いたんだけど、役人でも何か違うのがここにいるってさ」
悠作が篤実へ質問する。
「うん……きっと『国士』の方々だね。ちょうどいい、きっと今夜来る」
篤実は腕時計で時間を確認してから「もう少し話して待っていようか。手続きの方も、もうあとは身分証を作るだけだし。終わらせてからもう1つ重大な話もしておかないとね」
◇
篤実は、最初に見せてくれた発電装置を指差して「悠作くん、あのタンクには今、だいたい1/5ほどのエネルギーが溜まっている」と話し出す。
それに悠作は「え、少なくない?」とツッコむ。話を聞いてから、ちょっと寂れてしまったような雰囲気は感じたが『機械都市』はちゃんと機能している都市だ。都市全体で、それだけのエネルギーしか備えていないのは違和感がある。
篤実も頷いて「そうだね。魔物被害にあってから、ずっと貯め続けているんだ」と、タンクの真ん中辺りを見て言う。よく見ると、そこに修理の後も見える。
篤実は奥の部屋の扉の中へ悠作を招いて話を続ける。窓から見えるのは、形は新幹線にも似ている。でも線路がない。
「今はまだ充電中だけど、タンクのエネルギーが十分に貯まったらあのスカイ・トレインで住民を全て安芸の首都、『西央』へ、一時避難させる予定になっているんだ」これからの作戦を教えてくれる。
悠作は門で敦也と話したことを思い出し(そっか。あの敦也が俺を怒んなかったのはそういうことか)と、やっと気持ち悪さがなくなる。あれから、妙に親切だったのがどうも気味悪かったのだが(親父さんが作ったこの街から出てくのに、敦也のやつなんか思ったんだろーな)と。
新しく疑問ができ悠作は「それで、そのスカイ・トレインってなんさ?」と指差して聞く。だいたい『都市管理塔』の裏で、他も何かと建物に囲まれているし、どうやって動かすつもりなんだろう?
「スカイ・トレインは磁気と、本体に装備されたワイヤを使い、自分で何もない空間に路線を作り宙を進むリニアモーターカー。車輪の付いた乗り物だけど、道は要らない。災害のせいで道が潰れて、既存の交通機関が全部麻痺しちゃってね。それでもなんとか物資や人を輸送をするために作られたんだ」篤実は簡単な概要だけ話した。
しかし悠作は首を傾げて「飛行機でいいじゃん」と言う。
それに篤実は説明を続け「飛行機を飛ばすのに必要な滑走路、燃料、技術者も、どれももう新しくは手に入らない状態だからさ。今、飛行機を使えるのは要人の移動と、急ぎの物資輸送だけだろう。スカイ・トレインは速度と、燃費こそ飛行機に圧倒的に劣るかもしれないけど、滑走路が不要だったり、燃料が不要だったり」と他にも利点を話す。
悠作は説明を「そうなのか」と感心しながら聞いていたが「あれ、それならさ、なんでこんなとこにあるのさ?」と気になった。
本来なら国が管理しているものではないか? 少なくとも、何かしら重要な拠点があるわけではないだろう、この都市にずっと置いてあるものではない。あくまで悠作が話を聞いた感じだが。
篤実はそれには少し間を置いて、答える。
「たまたま止まってたんだよ。それで、この作戦もこの都市でやることになった」
悠作は篤実と話していて唯一(これだけ、嘘くさいのさ)と思ったが敢えて触れず「わかったのさ」と言っておいた。きっと悠作には関係もないことだろうし、知ってもどうしようもないのに無理して聞くのは。
次の質問をすることにした。
「重大な話ってのは分かったのさ。ところで、『国士』ってのは結局なんなのさ?」
「うん。役割は色々だけど、主は行政や政治を無視した豪族による統治と治世の手伝い。あと、今は魔物からの防衛も、かな」
(それ、役人ってかゴロツキと変わんねーんじゃねえのか? てか貴族って何さ)
それに、悠作は魔物を見ているからこそ(あんなバケモノ、人がまともに戦えるなんて思えないのさ)篤実は実際見たこともないのだろうと思って、少し腹が立つ。
篤実は細い目を瞑って、物思いに耽るように「この街を作る時、無名で、しかも他にもエンジニアはいたのに僕を招いてくれた人。僕の旧知もいてね。話を聞いていて、彼らも『シャーマン』かもしれないな、なんて思ったりもする。九州の、平頂さんは軍が壊滅するまでは軍人さんだったらしいのだけれど、何せ生身とは思えない強さの人なんだよ。他にも、叶枝ちゃんたちみたいな宝具を持っている特別な人たちもたくさんいる、と聞く。まあ実際はどれぐらいいるのかはわからないけどね。この街には叶枝ちゃんと合わせても、2人しかいないし」と語る。
悠作はそれを聞いて、後半の部分には納得するが、前半の強い人がいるといのに「でも、結局人じゃ魔物には勝てないのさ。それともさ、その街には叶枝ちゃんみたいな、特別な人がたくさんいるのか?」と現実を突き付けてやるつもりで聞いた。昨日の、京介たちも凄かったがやっぱり限界があると思った。だって、殴り飛ばしてもそれだけで魔物を倒せるわけでもないし、何より魔物がどこから来たのかもわからなかった。
こんなに言いたくなるのは、治安が崩壊した場所で暮らした記憶しかない悠作にとって、役人というのはあまり好きな物ではないからか。ここ以外の、頼りない街にわざわざ避難して死にたくないし、死なせたくもない。
しかし篤実はなんのこともなく「うん」と答え、続けて「彼らの街、いや国でか……安芸国というのにも、叶枝ちゃんと木蓮さまのような人と精霊がいるらしんだけど、全部で10人もいないらしい」。それに悠作は何か言ってやろうと口を開く前に「でも、それだけで悠作くんたちがこの街へ帰還するまでに出会った魔物の、何倍にもなる規模の魔物の群れから無傷で全ての都市を防衛したらしい」と、篤実は衝撃な事件を話す。
悠作は信じられず「え、ほんとに人か?」と篤実に詰め寄ってゆさゆさと揺らして聞くが、急に篤実が「ガハハハ!! って笑う人。会えばわかるよ」と、篤実の知り合いの人、とやらの真似をして教えてくれる。
「なんだか、怖いヤツなのさ。ソイツが今から来るのか?」
「いや、今日来るのは――」
悠作が篤実の話の続きを期待し、ワクワクと腕を胸の前で構えていると
ーーギィ。重く鈍い音がする。直後、閉まっているはずの扉からブワリと寒い外気が流れ込んできた。
悠作は何事か、と目を細めて開け状況を確認する。部屋を星のない夜空のように黒く飲み込んでいるのは、鴉の翼だろうか。5mは優に超える。これが国士という人物だろうか、そう思えるのは真っ直ぐ伸びるこの両翼の付け根にいるのが、翼がある他に何の変哲も無い人であるからだ。