エピソード12
重く鈍い音と共に金属の扉がゆっくり開く。
照明はたくさん設置されているのに、実際に光っているのは部屋の真ん中の1、2個しかない。ここでは薄暗いのがデフォルトなのだろうか。暗くてよく見えないので、中身が剥き出しになっている機械類を見て流石のユウサクも(巻き込まれないように中を探索するのは勇気がいるな)と思う。
機械類が幅をとっているが、それを全部どかせば来る時見た門の外周と同じぐらい広いのではなかろうか。エンジニアは敦也と、その父親である篤実の2人だけと聞いていたから、それほど大きな部屋でもないと思っていたのに。誇張なしに予想の100倍は広い部屋だ。
これほどときめく遊び場もないだろう。どこから触ろう、見て回ろう、と心の中でワクワクした気持ちが弾む。(でも若葉がいるからさ)どうにかして目の前の少女を別のところへやってしまわねば。多分、このままユウサクが思いつくまま遊ぼうとしたらどうせ怒られる。出会ってまだほんの少しだが、ユウサクの中で若葉はもう、そういう口うるさい人だ。
「樹、連れてきたよー」
若葉も来て奥にいるはずの3人と、篤実へそう呼びかけるが、出てきたのは
「お姉ちゃん〜!」
ユウサクよりもまだ頭2つ分ぐらい小さな少女が扉の開いた音に気付いてか、呼ぶより早くタッ、タッ、と元気に走ってくる。
「え、ゆずちゃん?」
若葉は少し驚いたような反応をする。が、さっきまでの、ユウサクをここに連れてくるまでの大人な雰囲気から一転し優しく微笑むと、胸にリボンのついたワンピースの少女を屈んで抱き止める。
ゆずちゃん、ということはあれがもう1人の樹の妹の柚木か。(俺よりも年下なのさ)ユウサクは、ぼんやりそう思う。何せ樹と若葉も年は近そうだし、ユウサクにとってはどっちも年上だから。残りの柚木というのも、ユウサクより年上か、同い年ぐらいだと思っていた。
「よしよし。ほら、髪の毛乱れちゃてるよ」
柚木は若葉の腰に抱きつき、撫でられながら髪を整えてもらう。屈託のない嬉しそうな笑みで、姉に頬擦りする黒髪の子供。これは所謂、愛情である。それを体験したことがなくても、抱擁というものは伝わりやすい。ユウサクにもなんとなく幸せなのが雰囲気で理解できる。
母親の顔も、声も、性格も、ユウサクの記憶に残っていない。幼少期にはもう施設と『ガラクタ町』が居場所になっていたユウサクだ。これまでの人生は自分の力で生き残った自負があるし、そのことで何気に誇りを持っている。今は叶枝のことが大好きで、その叶枝のために生きたいと思っている自覚もある。それなのに、どっちも自分とは全く関係のないような相手にユウサクが初めて感じた「醜い嫉妬」。これをユウサクの中にある薄っぺらな辞書では検索できず、自分でも何がなんだか分からないモヤが心にできる。それもほんの一瞬の出来事ではあるが。
「柚木、暗いのに走ったら危ないでしょ」
薄暗い奥の方から、明るい中央へ叶枝が出てきた。柚木を追って。なんだか、この薄暗い灯りしかない街でひどく輝いて見える。抱きつきたくなるけれど、今は、まだ。
これまで見てきた叶枝の格好は京介たちと同じような制服姿であったが、今は私服でカンザシを頭の後ろに差して髪は殆ど下ろした髪型に、足元まで隠れる翡翠のロングスカートと白のセーター。ユウサクが初めて出会った時よりも女の子らしい可愛らしさが際立つ衣装だ。
(こっちのがいいのさ)やっぱり、大好きだ。言語化できないけれど、私服の方がらしさというものを感じる。あと、寒くなり始める時期でもあるし、ユウサク的には制服のミニスカなんか見ていると、自分も肌寒いように思っていたし。安心した。(でも、こんな時期でも制服は短いのしかないのかな)
「かな姉〜っ」
柚木は抱かれたまま、後ろの方に手を伸ばして助けを呼ぶ。若葉に捕まって、今度は離れたくなったのに抜け出せなくなって困ったらしい。
やってきた叶枝は腕を組んで、まだ腕の中に居て欲しそうな若葉に「もう。若葉、姉としてどうなの。ベッタリすぎるわ」柚木を開放するように言うが、
「そんな言い方するような人のとこへゆずちゃんは渡せません。ね〜?」
と若葉に揶揄われて、図星のようで顔がほんのり紅くなる。
仲がいい。どっちも柚木のことが好きなのだろう。若葉と柚木だけだと、劣情を持ってしまった。けれど、叶枝が可愛いからユウサクはそれを幸せの形だと思って見られた。
「叶枝ちゃん、さっきぶりさ!」
ユウサクが声をかける。
2人と話していた叶枝もユウサクに気づいて
「アンタも来たのね」
ツンと返された。
ユウサクはそんなこと、気にもならないし。それより、移動中に若葉に教えてもらいながらだけど、ここへ来て再開するまでに見た『機械都市』の話を叶枝に共感して欲しくて言う。やたらと剥き出しになっている機械類が多いけれど、それが一層想像を駆り立てる。この町を全部見たわけじゃないけれど、どれも『ガラクタ町』なんかじゃ見ることはできなかった。ユウサクは、飯屋に、甘味処なんて聞いて驚いたんだ。美味い飯が食べれそうなことも嬉しかった。もちろん叶枝たちから魔法で何か食べ物もらえるのであればそっちのが嬉しいが。車やエレベーターなんて、初めて見た。あんなに快適に、早く移動できるのも新鮮だったし。
ユウサクは、とにかくこの町がいいところであることを、叶枝にも伝えようと話した。
まとまりがなくて、話題だけどんどん回収されず散らかり増えていくけれど、勢いだけで気持ちだけはなんとか伝わる。が、いきなり来て話すことだろうか。と。騒いでいるユウサク以外は思う。
「わはは。そりゃ、おまんの居ったとこよかええに決まっちょるきぃ!」
木蓮がユウサクの話を聞いて茶々を入れる。
「そんなことないさ! なんて言うか、都市なんて聞くと俺的にはもっとさ、こうもっとゴチャゴチャしてて邪魔なのが多かったり、あともっとさ、こうメカメカしてるような感じだと思ってたのさ。でももっと落ち着くような感じだったし、でもやっぱ気になる物も多いし。俺じゃなくたって良いとこだと思うのさ!」
ユウサクは木蓮に、誤解がないように弁解する。
そんなふうに少々、ユウサクも混じって話し合っていると
「ユウサクくんごめんよ〜」
奥から樹もやってくると、手を合わせて謝る。
そんな樹に若葉が「樹はしっかりしなよ。ねー、ゆずちゃん」と刺す。
「若葉も、ありがとう」
誰も気にした様子がなく、ユウサクも「いいさ、それは」と断った。
それより、樹まで来たし話を進めるためユウサクは「それより、手続きとかって何するのさ」と聞いてみる。
「そうだったね。僕らの方で報告なんかはやるから、あとはユウサクくんの証言の確認で篤実さんと少し話すだけかな」
「だけなのか?」
「うん。それだけ。そしたらあとは身分証をくれると思うから」
「そうなのか」
ユウサクは聞いてから(そんなもんか)難しそうなこともなくて安心する(この分なら、その手続きってのも『ガラクタ町』にいた頃とそんなに変わんねーのかな)。
「それで、その、敦也の親父さんだっけ? もう身分証は貰えるのさ?」
「どうだろう。今は奥で作業してたからね。でも終わったら皆んな勝手に出てくるだろうし、それまではここで待っててもらうことになるかな」
「そうなのか」
若干、まだ待つことになって不満ではある。が、気にならない。
「篤実さん大丈夫そう?」
若葉が聞くと
「うん。力仕事はきょーちゃんと、あっつーもいるし大丈夫かな」
「そう」
話がひと段落して
「じゃあ、ユウサクくん。僕らは家の帰らなくっちゃだし」
と樹が言って、ユウサク以外皆んな帰るような雰囲気になったので
「え、なんでさ!?」ユウサクは鳩が豆鉄砲を食ったように驚いた顔をして止めようとする。叶枝も出ていってしまいそうだったので、引き留めたかったのだ。
しかし「久々に帰ってきて僕らもやらなくっちゃいけない報告とか、家事もあるし」そう言って、結局みんな帰ってしまった。
(そりゃ、ずっとあの門で待つより、こっちのがマシだけどさ)と煮え切らないような顔で「はあ」ため息をついた。
「でも、まあ仕方ないのさ」
1人になってしまったユウサクは、またしても叶枝と離れてしまったことに落ち込むが、部屋の中を見回して(さっきよりも面白そうだし、いっか)と開き直り部屋の探索を始めることにした。せっかく誰にも見られていないのだ。チャンス、と言うやつだろう。ここにある中身が全部剥き出しの機械類はユウサクのロマンをくすぐるものばかり。
ユウサクは目を煌めかせて、巨大な機械パーツを足場に、まずは上へ登っていく。所々動いてるものあるので、それらとは距離をとりつつ、慎重に。
ユウサクは専門知識があるわけでないし、この何かもよくわかっていない動く機械の部品を眺める程度だったしかやることはないのだけれど、これだけ広くて移動しながら別の作りも見て回れるから飽きるようなことはなかった。
「ん?」
赤いガラスの蓋がついた拳大のボタンを見つけた。
(何さこれ)わからないけど、この部屋にユウサクが動かせそうな物なんてなかった。が、これはユウサクでも押すだけだからどうとでもなりそうだ。
「よいっしょ」
ユウサクは見つけたボタンの方を目指して、デカい歯車の上に降りて歩く。
いよいよ、赤いボタンに手をかけたところで
――ガゴンッ 部屋の奥で扉が開いたような音がした。
ユウサクの乗っていた歯車が急に1回転して、バランスを崩したユウサクは盛大にすっ転ぶ。
「痛いのさ……」
尻餅をつい他場所を摩ろうと、手を伸ばしたら、手にさっきのボタンが握られていた。転んで、一緒に引っこ抜けたらしい。
脆い。手に持ったそれを見てユウサクは(やらかした)と戦慄しながら、急ぎ天井の歯車の裏に隠れる。誰か来る足音もするし、ユウサクは自分たちが話していたところを見下ろし誰が来るのか確かめつつバレないようにここから下りようと考えたのだ。