エピソード11
ユウサクは関所の前を動くわけにもいかず、通路の何もない壁際に1人黄昏ていた。
別れてから、最初は外を眺めるだけで楽しく暇つぶしできていた。興味を惹く仕掛けの物が多いし、何に使うか検討のつかないような物なんか、用途を想像するだけでワクワクする。
けれど、こう1時間近く待っていると触ったり、もっと近くで見たりしたてウズウズして来る。大体、ユウサクは『ガラクタ町』でも毎日絶対違うところで瓦礫の中を漁っていて、そういう環境で生きてきたから長時間何もせずじっとしているのは苦手なのだ。今日なんか朝からずっと乗り物に乗ってじっとしていたわけだし。
(流石に暇さ)いつの間にか、床であぐらと頬杖を作って待っていた。もう何か新しく考えることがないぐらい、詰まってきて。ユウサクは朝のことをリピートして、だらしない顔でぼーっと叶枝の顔を思い浮かべていた。
(どうするんさ、これ)記憶の回廊から戻ってきてユウサクは困る。さっきから何時間が経った……体感、そんな気がする。京介たちが後どれぐらいで戻るかもわからないし、迷惑をかけるわけにもいかないから結局ここで帰って来るのを待つしかないのだが。(これなら『ガラクタ町』の方がどこでも色々散乱してる分、掘り出し物もあるし、退屈しないぞ)と心の角で愚痴る。
◇
それから数分も経った頃。
暇を持て余していると、一昨日から気を張りすぎていた分の疲労が出てきて、うつら、うつらと眠くなってユウサクは体を小刻みに揺らし始めた。目は開けているが、閉じかけている。そんな眠そうなユウサクのを横から覗き込んで
「やっ、君がユウサクくんかな?」
ブロンドの髪をセミロングにした少女が声をかけてきた。
ユウサクはいきなり顔が視界に入ってきたもので、自分が遭遇したバケモノを思い出して「うぉ! 何さ!」と後ろに転ぶ。
「ははは。イ~リアクションだね」
少女はユウサクが立ち上がるため手を差し出してくる。
ユウサクよりも2、3ぐらい歳上だろうか。見た目は長い地味色のサイドスリットのズボンと、スタイルの良さも合わせて大人っぽさを感じる。美人だけど、ユウサクにはどこか既視感のある顔の作りに思えた。でも誰であるかは思い出せない。
いやそんなことよりも問題は『ユウサクにとって新しい場所のはずなのに、なんで自分の名前を一方的に知ってる輩がいるのか』だ。
ユウサクは『ガラクタ町』で散々騙されたせいで疑い癖があるから、自分にとって都合のいいこと以外は大抵何にでも疑ってかかる。それから、直近のゴタゴタで逃げ癖がついた……というわけでもないはずだが、敵わないものは相手にするべきではない。ということをこの3日で痛いほど学んだ。
寝かけてたもので見えたのが何か判断つかないが、とりあえずユウサクは距離を取ろうと立ち上がろうとして、
「ちょーい、待ちなよ」
少女に頭を押さえられて簡単に捕まってしまう。
「はーなーせよ!」
「私は秋山若葉。ほら、樹の妹だよ」
「あっ、樹の! そーいえば言ってたのさ」
最初は焦ったが、簡単な自己紹介でユウサクも若葉を指さして相槌を打つ。
どこかでみたことのある顔だと思っていたら、樹の顔に似ているのだ。けれど若葉の方が目つきが強いのと、髪がサラサラしている。これを、もっとおっとりさせたら樹になるのかもしれない。
来てくれたことに(なるほど、見る目あんじゃん!)と感謝しつつ「マジか! 困ってたんさ」と礼を言う。
それに若葉は一瞬、気まずそうに「ははは〜、ごめんね」と誤魔化してから、「暇だったでしょ?」と聞いてくる。
「当たり前さ」
そう言うと、若葉は「そっか」と軽く返し「叶枝から話聞いてね、多分こーなってるんじゃないかあって思ったんだよ。ほんと、意味ないよね~」頬を膨らませて、やれやれというポーズをする。
関所の役人は1分ほどで若葉が説得してくれて、ユウサクが手続きをするため都市に入るための許可も取ってくれた。
◇
ユウサクは状況の飲み込みが悪く話に置いてけぼりになっていたが、関所の男に確認しても出てもいいと言われたので首を少し傾げつつも(まあ、ならいいのか)と納得して、そのまま気になっていた街に設置されている機械をもっと近くで見るために門から走り出す。
「こらこら。待ちなって」
機械に釘付けになっていたユウサクは、後から歩いてきた若葉に追いつかれて止められる。
それからユウサクは思い出して叶枝のことを聞こうとするが、
「ダメだよ。そもそもまだ連絡や手続きもあるし。全部終わったらね」
と断れてしまった。
「そういえば、さっきのどーやって説得したのさ。アニキたちの時はあんなに言い合ってたんにさ」
「キミの思ってるほど難しいことはしてないよ? 関所の中で通してくださ〜い、って話しただけ」
「? それでどうなるんさ」
「他の役人の目があるからね。ここでキミを拘束するのに、正当な理由はないし、気に入らないから邪魔はするけどバレるのは嫌がるんだよ」
ちょっとバカにされたような気がしてユウサクは若葉に詰め寄るが、案外分からなくもない理由だったからユウサクは考える。ぶっちゃけ感覚は分からないが、ガラクタ町』の店主も含め、あーいう輩が目上に何か言いつけられるのを嫌がってるのは知っているからだ。
「そうなのか……なあ、管理役人ってどこもそんな感じなのか?」
「あはは、答えたくないな~」
ユウサクから飛んできた突拍子もなく、それにアバウトで非常識な質問に若葉は答えてくれない。
「俺さ、ポポたちが前はもっといい感じだったって言ったの聞いたことあるのさ。大災害と、その前のヤツで色々変わったんだろ? じゃあさ、そういうのってまだ残ってないのか?」
「さー、私には分からないなあ。汚染のせいで電波が届かないし、災害のせいで移動手段もないからね。全部は知りようがないもの」若葉の知る限りでは、みんなそういうふうになっているらしい。あらかじめそう断って「でも、そんなに気になるんならちょうどいいかもしれないね〜」と続ける。
「え? どういうことさ」
「今から敦也のお父さん、篤実さんのいる『都市管理塔』。ほら、あの塔があるでしょ。あそこに行くんだけど」
若葉は都市の中心に聳え立つ塔を指してユウサクに聞く。
「おうさ。この門からでもはっきり見えるのさ」
「うん。あそこは『国士』っていう人たちがよく連絡にくるからね。あの人たちは役人ではあるけど、なにもかもが他の役職とは違うから。タイミングが合えば詳しく教えてもらえるんじゃないかな?」
「そうなのか! わかったのさ、じゃあ見かけたらそうするのさ!」
ユウサクは若葉から帰ってきた返事に、自分の生活の新しい変化が起こるような希望を感じて頷く。
「それから篤実さんと敦也も昔で言うと公務員、役人さんだよ。管理役人とは役割が全く違うけど――あ、こら待ちなよ」
ユウサクは話を最後まで聞かず、話に出てきた『都市管理塔』に向かって行く。
「キミだけで行ったら捕まっちゃうよー!」
若葉に言われてユウサクはハッとなり、若葉の方に小走りで戻ってくる。
「じゃあアンタも早く来るんさ!」
「やだよ~、めんどくさいじゃん。タクシー呼ぼ。ほら。このボタンを押したら迎えに来てくれるんだよ、無人機だけどね」
若葉が電柱にある黄色いボタンを指さして言う。
「へー。そんな簡単に行けるのか」
「うん」
若葉は不思議そうにするユウサクに短い返事し、残りの無人機についての質問も全て適当に流しながら待つ。災害のせいで道が荒れて車輪のある乗り物が使い物にならなくなった。知らないというなら、本当に何も知らないだろう。そんな相手にわざわざ説明をするのはナンセンスだ。実際に見せてしまうのが最もてっとり早い。
「ほら来たよ」
若葉が、詰め寄っていたユウサクの後ろを指差して無人タクシーが来たのをユウサクに教えてやると、
「あのデカいやつか!」
そのお約束のような反応に「ふふ。一体いつの時代の人の反応してるの?」と若葉は苦笑しながら手を引く。
運転手のいないタクシーの中は向かい合った4人乗りの席だけで、運転する必要がない分コンパクトにまとまって無駄がない。例えば、馬車や牛車みたいに内容が何もない。
「これさ、早いかもしれないけど窮屈さ」
ユウサクは窓が横に2つあるだけで、他には動ける場所も、見渡せる空間もない車内で愚痴をこぼす。
ユウサクからすれば真面目な苦情に若葉は「それは、思いつかなかったな~」と関心した。
「あれ! あれ何さ?」
ユウサクは窓から見えた看板を見つけたが、何が書いてあるか分からず若葉に聞いてみる。
「もしかして文字読めないの?」
「な! なんてこと言うのさ! ふん、文字ぐらい読めるさ……それで、あの記号は何さ」
「なるほどね〜。ってことは漢字が読めないのか」
ユウサクの見栄に、若葉は顎に軽く手を当てていくつか考え事をする。全部ほんの一瞬だが。
「なあ、あれどー読むのさ」
ユウサクが再び何故何故と言い始めたので
「あれは『あまいや』って読むんだよ。多分、甘味処かな? 私も行ったことないから分かんないや」
「そうなのか? 読めないぞ。記号じゃないのか」
「文字なら町に教えてくれてるところがあるはずだから、そこに行ってみるといいと思うよ。そうじゃなくても『機械都市』には職人さんもいるし、弟子入りは簡単にできるんじゃないかな。役職のある人ならそれなりに読み書きもできるだろうし」
「アンタは教えてくれないのか?」
「自信ないな〜」
若葉は読み方と学べそうな場所だけ教えてから、この話を終わらせた。
◇
「文明てすげぇー」
ユウサクはいつの時代の人間かわからないような反応をしながら『都市管理塔』のエレベーターに乗って見える外の景色を眺めて飛び跳ねてはしゃいでいた。
「これさ、俺のいたところにも欲しかったのさ。いいなー、こんなに早く上に行けるのさ」
5F『システムエリア』。『機械都市』のシステム、設備全てを管理する塔の最上階。
途中でどこかへ行ってしまわないよう、ユウサクはずっと若葉に手を引かれていたが、ここまで来てやっと解放された。
重厚な音を立ててドアが開く。