エピソード10/機械仕掛けのアナログな街(1)
「――起きて! 起きてってば!」
ユウサクは肩を持って激しく揺さぶられる。まだ眩しくて目も開けられないが、朧げに意識だけはしっかりしてくる。
(なんさ、この可愛い声は……天使……はっ!)
「叶枝ちゃん!」
ユウサクはすぐ起きあがろうとして叶枝の頭におでこをぶつけ、また倒れる。
「叶枝ちゃんの……硬い。石頭なのさ」
ユウサクは震える手で頭を抑える。涙も出そうになるが我慢する。
一方、叶枝は平気そうだ。
「……大丈夫?」
「う、うん、もちろんさ! 叶枝ちゃんこそ大丈夫だった?」
ユウサクは叶枝の方へ、ニカリと笑って答えるが、どう見たって痩せ我慢だ。
「私は大丈夫よ。アンタは帰ってから医者に診てもらったら? 検査ついでに」
「ゲッ、検査ってなんさ?!」
ユウサクは医者というのが、高いから大っ嫌いだ。「検査ついで」と聞いて、何事か教えて貰おうとするが
「アンタがあの『ガラクタ町』にいたから健康か調べるの! それより、返して」
先に疑問に答えると、叶枝は右手を開いてユウサクの前に出す。
「え?」
(触ってもいいのかな?)ユウサクは差し出された手を見つめて、握り返そうとするが
「『え?』ではないが! ずぅっと離せちゅーとるんに、おまんは!」
ユウサクは手の中からした木蓮の苦しそうな怒鳴り声に気づく。
叶枝に起こしてもらった感動で他の感覚が全部無くなっていたのだが、どうやら木蓮を拾って、握りしめたまま眠ってしまったらしい。
「ごめん返すさ!」
慌ててユウサクはカンザシを叶枝に手渡す。
「うん……!」
「かー。息が詰まる! まっこと、堪ったもんでないぜよ」
叶枝は文句を言っている木蓮を受けとって、ユウサクに礼を言う。
「木蓮様を助けてくれてありがとう。聞いたわ、命懸けで飛び込んでくれたのよね」
(やったのさ! 叶枝ちゃんが、「ありがとう」だってさ! 褒められたのさ!)ユウサクは口元をだらしなくニヤケさせてしまう。
「おっす! ユウサクも目ぇ覚めたか。昨日はお手柄だったな!」
「うん、アニキも」
「おう!」
お互い挨拶をする。京介に言われて、ユウサクは(アニキのが活躍してたのさ)と思ったから、そのまま京介にも返す。
敦也と樹はいない。周りは、あの丘が見える場所にないぐらい離れたらしい開けた場所だ。それ以外ユウサクに分かることはない。
「ちょうど7時過ぎ、ってことで腹空いたろ?」
「え、何か食い物あるのか?」
昨日、敦也がなんとかあの場から運んでいたのは、水だけを積んだ方の荷車だったはずだ。ユウサクは京介の質問に首を傾げるが、何か飯があるなら食べたいし、ユウサクにとって食事は数少ない楽しみにひとつだから期待して京介に聞き返す。
(ならやっぱり、食い物なんてあるわけが……はっ! 叶枝ちゃんが魔法で作ってくれるってやつか! マジか!)
ユウサクは気づいてバッと叶枝の方を振り向くが、
「無理よ。昨日からまだ、魔法を使えるほど回復してないもの」
「そっか……アニキ、じゃあさ、食い物ってなんのことさ」
今度は京介に向かって一体なんの話なのか問い詰める。
「今から取りに行くってことだ」
「……もしかしてさ、昨日のとこへ取りに行くのか?」
「あぁ。昨日置き去りにしちまった物資もな。取りに行くぞ」
「絶対危ないしさ、俺ついてきたくないぞ」
「そうか? ユウサクがついてくるかは任せるが……ただ昨日の条件を整えるのに火を起こすのには協力してもらいてえ。もしかしたら、魔物に何か――」
「いや、待つのさ! そもそもなんだって助かったのに、わざわざ取りに戻る必要なんかあるのさ!」
「大災害のせいで道路、路線、港、空港、元々あった補給や輸送の手段が使えなくなった。止めで今回の魔物の襲撃だからな。余裕がねぇんだ、物資が回収できるんならそうしたい」
「そんなこと言ったって、ほんとに回収なんてできるのか?」
「あぁ、できる……って言い切るには判断つかねえことが多すぎるけどな。遠目からだが物資は手をつけられず完全に残ってた。昨日の様子を見るに、俺たちだけを狙った襲撃ってのでもないだろうからな。あれだけいた魔物がどこにもいやがらねぇし。もしかしたら、まだ俺らの知らない魔物についての情報が得られるかもしれねーし、その調査もひっくるめてな」
「そうか……そうなのか……」
理由を聞いて、その必要性については理解できて、納得できた。けれどユウサクの中では葛藤がある(早く『機械都市』とやらに行って、危ない目には遭いたくないのさ)頭でわかってるし、ずるいとも思うけれど、今ユウサクは褒められて気分的には最高だし「もう悪いことが起きる前に、全部断っちゃえよ」と囁く自分がいる。
京介の話を聞いて、考え込むのに、頭を抱え半分蹲ったような姿勢にまでなるが、
「妾と叶枝も荷車に罠がないか確かめる必要があんぜよ。『機械都市』まで距離もあるき、おまんも来い」
木蓮にも着いてくるよう言われて「わかったのさ!」ビシッと姿勢を正して良い返事をした。
「叶枝ちゃんが行くんなら、俺はどこでも着いて行くのさ!」
ユウサクはグッと両手を握って叶枝に向かって言う。怖いのと、それでも叶枝に着いていきたい覚悟だ。
「ユウサク、サンキューな」
「いいってことさ」
京介と拳をぶつけて話もまとまる。でも、なんだか京介の手が普段漁ってたスクラップなんかよりも圧倒的に硬い気がしてユウサクは(やっぱしアニキもバケモンなんじゃねーのか?)と痛くなった手を摩りながら思った。
手間取りつつではあるが、ユウサクは昨日よりか慣れた様子で火をつけ、松明が完成した。
「敦也と樹は向こうで待ってるから、水の荷車は俺が運ぶぞ。ユウサクも乗るか?」
荷車には既に叶枝が乗っていて、2人は叶枝とユウサクを運ぶために荷車を置いていったんだろう。
一応、京介はユウサクが「イイトコ見せたい!」と言って、自分で歩こうとするかもしれないから聞いたわけだが、
「うん、お願いするのさ!」
ユウサクは喜んで即答すると、ちゃっかり叶枝の横に座る。
◇
――到着してから、トロイの木馬の様な作戦を警戒して木蓮が荷車をくまなく確かめたが、罠の類は見当たらず。一行は昼前に『機械都市』へ帰還を始めた。
「なあ、あとどれぐらいでつくのさ? もっと速くできないのか?」
ユウサクは、自分の乗る荷車を牽いてくれている敦也に向かって、気だるげにそんなことを言う。京介と敦也が牽く荷車を交代して、叶枝が京介の方の荷車に移ったから、こうなった。
ユウサクがなんでこんなふうなことを聞くのかは、早く叶枝とまた話したいのと、足元が悪いので車輪が激しく揺れて酔ったからだ。
敦也はユウサクの無礼な質問には答えず、汗の滲んだ顔を更に険しくしながら黙ってグイグイ速度を上げていく。
◇
まだ霞んで見えるぐらい距離も離れているのに、あの全貌が視界に収まりぐらないほど巨大な二本の支柱を持つ楼門と、それに連なる石垣が見えてくる。
(あれが叶枝ちゃんたちの『機械都市』なのかな?)どこか、胸がドキドキするような。
ユウサクはこれまで、瓦礫のカマクラを住処にしてきたが、あれはあくまで倉庫兼、雨風のない寝る場所ぐらいの感覚で「家」なんて上等な物ではないから、言語化はできないけれど。今のユウサクの気持ちを例えるのであれば「初めて好きな子の部屋に入る」、それぐらいトキメキを感じている。
さらに門まで近づいてくると、
「すげー!」
門の楼から突き出てこちらを狙う鬼の目と、石垣の中に地面を向いてズラリと並ぶ砲台の銃口を見てユウサクは短い感想を漏らす。
「気になるか?」
敦也が走りながら突然、ユウサクに聞いてくる。
「あぁ、勿論さ!」
「そうか……俺たちは報告をしに行くからその後、空いた時間があれば中を見せてやろう」
「え」、ユウサクは敦也の提案を(なんでコイツが俺に親切してくれるんだ? もしかして、走りすぎて狂ったのさ?)擬問に思ってそんな失礼な事を考える。
「いいのか?」
「構わん。元々、『都市防衛プログラム』は俺と、親父で管理しているからそのぐらい容易い。だが、代わりに勝手なことをするなよ」
「え、これ全部アンタと、その親父さんだけでか!」
「……そうだ。俺たちしかいないからな」
敦也は聞かれた後、少し間を空けて言う。
タメがあって(何かあるのかな)と思ったが、大して気にせずユウサクは「すげー!」と繰り返した。敦也のことは苦手だけど、ちょっとだけ尊敬する。
◇
「あっつー、きょーちゃんも、早すぎるよ~!」
ギリギリ2人に着いては来られたものの、息をするのも苦しそうな樹が後ろで倒れて文句を言う。
門を潜ると、予想していた以上に門の中の奥行きが広く、しかも通路に明かりがない。いや、正確には柱の中に埋め込まれている役所や店から漏れた光が照らしてくれるから、薄暗い程度にはあるが。
全員到着して、荷車は関所の前に置く。
「うぉー!」
ユウサクには何かも分からない珍しい物ばかり――ガラス張りの部屋の中でスーツを着た人たちがいる役所、門を出た先にある剥き出しの歯車やピストンの動く機械類――の光景に目を輝かせ、わなわなと腕を震わせる。
門の中は外と違って、全部土でできている。土の壁なんて珍しいのでユウサクは何度か叩いてみて、今度は擦ってみて、土がボロボロ崩れるのを楽しんでいた。
このまま早く街の中に行って何なのかわからない機械類を色々見て回りたいが、叶枝から離れたくもない気持ちと板挟みになって悶える。
もちろん考えるまでもなく叶枝の方が絶対優先だ。
ユウサクは何かあるまではキョロキョロと周りを見回しながら、後で見せてもらえるのを想像して楽しむことにして待つ。ユウサク自身の緊張のせいか、今日は多少距離が開いている。それでも、ユウサクにとって「近くに叶枝がいる」というのがやっぱりどこか胸に乗って、重く心臓が鳴る。
「ユウサク、どーだ? ここが『機械都市』だ。スゲェーだろ?」
向こうから荷車を置いて京介が話しかけてくる。
「あぁ、スゲェーのさ」
ユウサクは手をいっぱい広げ、感動を精一杯伝える。巨大な門、その中に埋め込まれて並ぶこの関所や横に並ぶ他のところも、よくわからない機械類も、全部今までのユウサクの人生では見られなかっただろう。
「おう! 中はもっとすげぇぞ。しかもこの城門と、街の施設も、全部大災害後に篤実さん……敦也の親父が設計したんだぜ?」
「え、そうなのか! そりゃすげぇーのさ!」
「だよなー! なあ敦也、後で見せてやってくれよ!」
京介はユウサクの言葉に返事をしてから、息を整えている途中だった敦也にも話しかける。
樹はまだ倒れているし、敦也も黙って腕組みしているのに。京介だけこう気楽に話しかけてくるのは、あれだけ走っても疲れていないからなのだろうか? ユウサクは2人の顔を見比べて、自分の眉間に皺を寄せたりしてみる。顔が怖ければ強くなれるのかもしれない。
「そのつもりだ。とはいえ、空いた時間でな。まずは書類を作って、持ち帰った物資も下さんとな」
「おう」
◇
「おや、これは。篤実さんのところの……えー、お子さんたちじゃないですか」
ゆっくりしていたら、関所から恰幅のいい中年の男が出てきて敦也たちに声をかけた。言葉だけは丁寧だが、目は口より物を言う。立場、もしくは余裕なんだろうか。露骨に表に出てる分、『ガラクタ町』の店主よりも気分が悪い気がする。
(いい腕時計してるのさ。とったらいくらになるかな)ユウサクは男の恰好を見て、ぽろっとそんな感想が出る。『ガラクタ町』の換金所にいたあの店主よりはいい恰好をしているし、そこにいる人だけ比べてもやっぱりいいところに来たな、と。ユウサクにはそう思える。
「今帰ってきたところだ。それより、持ち帰った物資をについて確認をしたい」
中年の男の、2人の名前が思い出せずできた様な間に、敦也も目上の相手だろう男へ敬語も使わず雑に返す。
「はぁ。あ、そっちの子は今回保護された難民ですか?」
「そうだ」
「へー、ボロボロですな? まだ都市に入られる前ですから、その物資の中から服をやってはいかがです? 今なら見なかったことにしますよ。行政員が認められているのはあくまで都市に入ってからの管理だけですからね」
「えっ」
ユウサクが男の言葉に驚く。これは所謂、汚職ではないだろうか。ユウサクは目の前で白昼堂々と行われる汚職現場を目撃してしまった。(換金所のオヤジでも、こんなのしないぞ。きっと)
とはいえ、ユウサクとしても服が新しくなるのであれば嬉しいので、役所の前で行われているそれを息を呑んで見る。もしかすると、これから参考になるかもしれない。そう思っていたら
「あ゙?」
京介が口を挟む。
「舐めんな。そんな筋の通らんことはしねーし、服だってちゃんと自分で買わせる」
男の誘いに、京介が断りを入れたのだった。
ユウサク的にも、犯罪に巻き込まれたら微妙だし、そこまで期待していたわけではないから不満はない。けれど、京介が断ったのは以外だった。何せ悪人面で不良の様な格好だから。
「えぇ、ええ。わかりました。ですが、そちらの……難民の子供、お金は持っているのですか? 無一文なのでは?」
「俺が仕事は見つけてやる」
京介がそこまで言ってくれるのは、アニキだし、内心嬉しい所もある。だがそれよりも(いったいなんの仕事さ)と心配になる。ここに来るまでに散々力の差を見てきたので、自分でもできる仕事なのかわからないのが。いや、裏の仕事で無ければ文句は言うまい。
「なるほど……では、その子の身元を確認できる様な物はお持ちですかな? 復興支援都市でしょう、行かれたの。なら、何もないのに都市へは入れられませんよ?」
「その手続きをするのに俺らで連れてく。なら問題ないはずだろ」
「あー。いえ、しかし――」
(キナくっさい話しさ)
3人が難しい話を始めてしまったし、下手にユウサクが話してヘマをしてもいけない。ユウサクの話をしているが、ユウサク本人は蚊帳の外であるようだし。
難しく考えて頭が痛くなる前に、ユウサクは後ろにいる叶枝と、樹の方に駆け寄る。
ぐったりしているものの話せる程度には回復した樹と、叶枝が話していて、気になった。
「なえぽん、僕も2人に着いて手伝いに行くから、若葉と柚木に帰ってきたよー、って伝えてきてくれないかな? ここに残るのも大変でしょ」
「うん、ありがとう。兄たちのことお願いね」
「はーい」
(京介たちと、アイツが話し合ってて辛そうな叶枝に樹が頼み事をしているのさ)なんて、明らかに曲解した答えを導き出す。あまり意識してなかったけれど、なんだか2人が仲良さそうなところを見てしまってユウサクのどこか羨ましい気持ちができてしまったせいだ。
自分も話に混ざろうとする。
「なぁ! 若葉と柚木、って誰なのさ!」
「ユウサクくんおつかれさま。2人は僕の可愛い妹だよ」
ということは、樹が叶枝に言い伝てを頼んでいるだけだったらしい。(なーんだ、そう言うことだったのか)樹の今の答え方は「兄と妹と、その友達」ぐらいの距離感だと思う。ユウサクに経験はないが、そんな気がする。
樹が恋敵ではなさそうだと思えたので「へー。そっか」と安心して胸を撫で下す。
ユウサクはその後、話を冷静に整理して(でも叶枝に頼むってことは、家族ぐるみで仲がいいのだろうか?)なんてことも考えたりする。
「兄、先に帰ってるよ」
「わかった」
叶枝が2人にも声をかけてから先に街の方へ行ってしまうのを、ユウサクは涙を堪えて見送る。
叶枝に着いて行きたいのだ、本当は。しかし、さっきの役人が言っていたようにユウサクは身分証を持っていないし、まだ報告もできてない。それなのに自分が街に入ってしまうとみんなに迷惑がかかるだろうから踏みとどまったのだ。
(こういう、ルールって守らないと酷いんだよな)ユウサクは昔『ガラクタ町』から脱出しようとした時のことを思い出して、しゅんと項垂れる。
◇
樹が復活した後、話し合いをまとめてユウサクは一度この門で待機し、用を済ませたら京介たちが迎えにくるということになった。本来『ガラクタ町』からの難民はもっと扱いが違うらしいが、今回は門から遠くへ行くことのみ禁止でそれ以外は自由らしい。
「くれぐれも、問題を起こすな。大人しくしていろよ」
敦也はユウサクの肩を掴んで確認する。ユウサクだって別に問題を起こすようなことをしようとは考えていないし、ここから出てはいけない、程度しか決め事はないのだから。それぐらいできるさ、と言ってやりたい。
しかし、こう敦也みたいな生真面目な顔のやつに目を合わせて詰められると怖くて、ユウサクは言い切れず、目を泳がせてしまう。
「おい」
「へっ。そーんなに心配しなくても大丈夫さ! 信用して欲しいのさ!」
ユウサクの言い方に、敦也はさらに難しい顔をして「素直に『はい』と言えないのかお前は」と言ってから「全く信用できんが、向こうに任せるのも癪だ。それに、どのみちお前が何かをやらかしたら俺たちの責任になるだろう……だから気をつけて行動しろ。いいな?」と念押しして、そのうえ釘を刺す。
ユウサクは敦也の気迫に負けて「わ、わかったのさ」と約束した。
「ま、そんなに気負うこともねえよ。ユウサク、用が済んだらすぐに戻ってくっから大人しくしてろよ」
「ふん。何か仕出かされるより、そうして固まっている方が都合良いがな」
「まあまあ。僕らが早く済ませて来ればいいだけだし。ユウサクくんも、大人しく待っててね」
「わかってるのさ!」
ユウサクは門から出ていく3人を見送った。