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妖精大戦  作者: 谷原田
開戦
10/20

エピソード9/遭遇。

 「敵襲ぜよ!」

 食事の最中。まだそれらしい姿は見えないものの荷車に置かれた木蓮が訴えたことで「さっきは何もいなかったろ」、「どこから湧いたんだ」と帰ってきた2人も不満を口にしながら応戦できる体制へ動く。

 ――樹はユウサクと叶枝を八の字に並ぶ荷車の内側に運んで陣取ると、叶枝を起こして〜カンザシ《木蓮》を渡す。その間に敦也と京介は3人を背にして空いた部分を塞ぎ位置取る。

「うっし、ボコるか」

 京介は腕や首を回して体をほぐす。

「……今回は前に出過ぎるなよ?」

 敦也も手を何度か握って自身のインプラントの調子を確かめる。

 叶枝も、無言で木蓮のカンザシを握ると戦闘の準備を整えた。しかし何やら体調が回復していないのは、既に滲む汗の量と焦点が僅かにズレた瞳からも推察できる。

「なあ今更だけどさ、本当に大丈夫なのか」

 声が震えるが、叶枝の手前。ユウサクは()()()()()は顔に出さないよう握り拳を作る。なんなら、樹の半歩前に出てるぐらい、勇ましさは見せている。

 が、握った拳も、踏み出した足も痙攣して、全部見栄なのが丸わかりだ。

 ――今から、魔物と戦闘になるかもしれない。

「ユウサクくん、少し下がって」

「いや、俺は――」

「下がって。僕の横ぐらいまでは」

 樹はユウサクが震えているのに、前に出過ぎていることが気になって指摘する。もし自分のカバーしきれないほどのことが起こったら、取り返しがつかないから。ユウサクの我儘でそんなことになるのは、樹でも御免だ。生き残ってこそである。

「ありがとう。それから、そうだねぇ……2人()強いよ。魔物の強さ次第ではあるけど、普段なら10体来たってあの2人だけで全部倒せちゃうぐらい」

「そりゃ、きっと相手が弱いのさ!」

「いいや、2人が強いのさ」

 樹は友人たちの強さには自信を持って答える。

 分かりづらい答えだけど、「ただ勝てる」なんて曖昧な答えより、この『魔物相手でも戦えること』を保証するだけのセリフの方がユウサクにとってしっくりきた。

「わかったのさ……!」

 ユウサクもほんの僅かだが、落ち着きを取り戻して状況が自分にもわかるまでは樹の言う通りにすることにした。


「木蓮さん、それで敵はどこにいるんだ?」

ちくっと(少し)待っとき。今、叶枝を通して探しちゅうき」

「……見つけた」

「バカな! もう囲まれとるがや!」

「数は?」

「むむ……ざっとみて2万……」

 絶望的な報告の内容に驚いたのはユウサクだけでなく、敦也や樹も息を呑み、流石に苦しそうに顔を顰める。しかしあり得ない数字ではなかろうか。まだ目の前には何の影は見つからない。

 いや、あるいは魔物とはそういうものなのだろうか。確かに、昨日ユウサクが見た魔物も何処からともなく現れたわけだし、動きなんて何1つ見えなかった。ならば昨日は瓦礫の下、今は枯れ木の裏にでも隠れているのだろうか。

 全員が緊張する。2万、逃げられない数だ。それなのに1人だけ、京介だけ相変わらず呑気に柔軟を完了する。

「どうするのさ! やっぱり早く逃げなきゃ――」

 ユウサクがいよいよ我慢できなくなって騒ぎ出したところで、暗い丘の下から水面に映る月のように、静かに揺らめき、微かに白光りする霧が姿を見せてくる。昨日、ユウサクが見たのは黒い人影であったが、今息を潜めてユウサクたちを囲んでいるのは皆、赤い目をした狼のような形だ。全長、2mはあるだろうか。丘の斜面を埋め尽くしても、まだ収まりきらない程の魔物の群れ。

 敦也は自分の目を赤や青に点滅させインプラントの調整していたが、「チッ……ただ夜になるのを待ち伏せていただけか? 反応なしだ」悔しそうに吐き捨ててインプラントの操作をやめる。

「そうか、じゃあ今までとは違うってことだな。つっても、あの図体じゃ一気に来れるのは10体かそこらだろ? ならいつも通りじゃねえか。ぶっ飛ばして突っ切るぞ敦也、樹」

 バシンッと拳を叩いて京介は喝を入れる。

「あはは。きょーちゃん流石だねぇ。でもこれじゃ、流石に抜けるのは難しいよー」

「あと9キロは進まないと拠点に電波が届かんな。応援を呼ぶのも無理か……これは京介の言う通りに、突っ切るしかなさそうだ」

 しばしの沈黙。3人は己を鼓舞し、奮い立たせる。

 (アニキたちはいったい何言ってんのさ! 相手が、2万なんだろ、じゃあ――)

 ――ゴクリ、とユウサクは唾を飲んで1歩下がる。このまま、もっと後ろに下がって逃げるつもりだった。

 横を見れば叶枝も顔面蒼白で、声も出ず、震えている。だが、ユウサクとは違って引かず構えている。言い方を変えれば、ユウサクのように包囲されているのに無策で背を向け逃げ出そうとはしていない。生き残る為の行動を起こしている。

 「うっ」えずく。

 (このまま意気地なしじゃ、俺、ほんとに叶枝ちゃんに嫌われちゃうのさ)

 足がすくむ。(イイトコ見せなきゃなのさ!)両手を顔の前に上げて、ボクシングみたいな構えをとった。ぶっちゃけ、ユウサクはこれで何をすれば役立てるのかもわからないし、どうすればいいのかもわからないが、ユウサクも京介たちの()()に乗ってやる気を出す。

 ――そう。勢いが大事なのだ。包囲された状況で、先ほどのユウサクのように無策で背を向け逃げたとして。それは敵に背中から、何の抵抗もできず襲われるだけ、()()になることを決定してしまう。

 背水の陣、あるいはただの袋小路。京介たちは喧嘩慣れしただけの素人で、戦いに必要なものは何かと聞かれても理論的なものは何1つ答えられないだろう。だが、素人ながらに踏んできた場数でこんな状況では()()が最も重要であることを理解し、実行しているのだ。

(みな)ええ覚悟ぜよ! だが。妾を頼りにするなよ。叶枝の体力に限界がきとるき、魔法も撃てるんは後1発だけ!」

 木蓮が練った薄緑色の魔方陣が、ひどく汗ばんだ叶枝の腕から液体のように徐々に地面へ流れて浮かび上がる。昼間見た、荷車を作るための魔方陣と比べても巨大な魔方陣に見える。しかし、昼間みたいに草が成長して伸びていったりとか、そういうのがまだ何も起こる気配がしない。魔方陣に色がないあたり、発動までもっと時間がかかりそうだ。

「初撃は任せた。あとは俺らで叩き抜けるぞ!」

「おう!」「うん!」

 京介たちの作戦は。1、魔物たちが襲いかかってくるのを迎撃しながら木蓮の魔法が発動するのを待つ。2、魔法が発動したらその攻撃の勢いに乗じてこの場を切り抜け、脱出する。という物だ。


 ――5人を包囲し佇む霧の狼たちは微動だにしない。

「不気味だな」

「こんだけ目の前で派手にやっててもかかってこねーのか」

「でも、これでユウサクくんの火に魔物除けの効果がある。っていうのは立証できたかな?」

 樹がそんなことを言う。

 『魔物は知性を持たず、人を見たら襲う』

 魔物たちの眼前には獲物であるはずの京介たちに加えて、魔法の発動準備をしている叶枝もいるのに、襲ってこない。

「……確かめてやるか」

 敦也が荷車にあった紙バスタオルにユウサクの火を移して正面の魔物に投げつけた。

 しかし魔物は飛んできた燃えるタオルを避けもせず、顔に乗せて微動だにしない。痛みも、外傷もなさそうだ。

「よし叶枝、できたぞ、撃て!」

 木蓮の掛け声に合わせて叶枝が魔法を発動する。円状の魔方陣が淡く光を放つと、真っ直ぐ魔物たちの方へ伸びて消える。

 一瞬で地面が盛り上がると、尖った竹が魔物たちを突き上げながら視界を埋めた。

 (やっぱ、魔法ってすげぇのさ)ユウサクは木蓮の魔法、その威力を見て(確かに俺の魔法って言われたのじゃ役に立たないって言われても仕方ないのさ。でも、叶枝ちゃんのために絶対やってやるさ!)感傷と、魔法を使える自分の妄想に浸る。

「うぅむ。あっちが襲い掛かってきちょらんき、その分傷が浅い」

 木蓮は発動した魔法の戦果を見て歯噛みでもしているように言う。竹に突き上げられた魔物で貫通してるものはいない。

 大掛かりな魔法を発動し体力を使い切ってしまった叶枝は倒れてしまい、樹に抱き抱えられる。

「あ叶枝ちゃん!」

「大丈夫だよ。気絶しただけだから」


「いくぞ! ユウサクもボーッとすんなよ!」

 京介は号令をかけながら先陣を切ると、まだ目先に残った魔物を殴り飛ばし、木蓮の作った竹林に入ると邪魔な竹をへし折りながら進路を作っていく。

「あ、結局逃げるのか⁉︎ でも、わかったのさ!」

 戦略的撤退、である。

 ユウサクは京介に言われるまで、構えてはいたものの微動だにできなかったが「逃げる」と目的が決まったおかげで体が柔らかくなって、動けるようになった。慌てて京介に着いて行こうとしたが、(いや先に叶枝ちゃんが行ってからさ)と、樹が叶枝を運んで先に行くのを少しだけ待つ。

「樹、先に行け!」

「うん」

 敦也が水を乗せた荷車の方を確保しに動きながら、樹に指示する。呑気に立ち往生していたユウサクを追い越して樹が行く。ユウサクも走ろうとする。

 ――コツン

 気を失っている叶枝の手から木蓮(カンザシ)が竹の上に滑り落ちた。



「叶枝ちゃんの! 俺が持ってくのさ!」

 カンザシ(木蓮)は斜めに盛り上がった竹の隙間に落ちていく。もし深くまで落ちてしまったら……ユウサクは木蓮目掛けてスライディングし、なんとか掴むことができた。

「と、とれたのさ!」

 (やっと役に立てたのさ!)ユウサクは達成感で、こんな間一髪もない状況で感極まり、地面の上で横になった状態のまま止まってしまうが、

「よくやった!」

 後ろから来た敦也が腕を伸ばしユウサクの足を掴むと、運んでいた水の荷車に投げ助けてくれる。

「うげっ」

 ユウサクは拾ってもらえたが、荷車の上に思いっきり叩きつけられてしまい衝撃で肺から変な声が出る。

 が、手にはしっかりと木蓮を握りしめ、回収に成功したのだった。


 ユウサクも、敦也のひく荷車に乗って脱出に成功する。仰向けのまま木蓮の作った竹林を猛スピードで通り過ぎて行く。

 正面には竹と魔物、横にはズラリと魔物、真上は突き上げられたままユウサクたちを見下ろしている魔物。ユウサクたちが背中を見せて逃走しているのに、追いかけてくる気配すらないので違和感はあるが、別にいい。追いかけられず、逃げ切れれば。

 (ちゃんと厄払いになってたんさ)

 今は違和感なんて気にしたくないし、そう思うことにした。

 ◇

 ユウサクたちが完全に丘を下りて包囲を抜けた瞬間、魔物たちが風に靡かれ一斉に霧散していって、

「なんとかなったのさ」と喜びを口にする。

 (なんなら俺、こーいう囲まれたので逃げ切れたのも初めてかもさ)

 『ガラクタ町』での日々を思い返すと喧嘩以前に、あまり上手く逃げ切った記憶もない。どこかで捕まってしまった記憶ばかりだ。

「すまん、助かったぜよ」

 手の中にずっと掴んで握りしめていた木蓮が礼を言ってくるが、ユウサクが逃げられたのはユウサク以外の活躍だと想っているし、

「あんたの方がすごいから、礼はいらないさ……」と、少しキザなセリフをかまして礼を断る。

 だが数秒もしないうちに、勢いよく起き上がると木蓮を両手で持ち上げ「なあなあな! でも叶枝ちゃんにはイイトコ伝えといてほしいのさ!」と懇願する。

「かー、勿体無いにゃ! 最後ので全部わや(台無し)じゃ……ふぅむ。まー。妾が助かったからな、特別ぜよ。そこ()()、叶枝にも話ちょるき感謝せぇよ?」

 木蓮は不本意そうにそう言って静かになった。

「さすが、話がわかるのさ!」

 それでユウサク的には確かな手応えを感じた。

「はー」

 安心すると顔がひたっすら熱いし、ぐったり体の力が抜けて眩暈がするから、そのままユウサクは寝むることにした。

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