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妖精大戦  作者: 谷原田
開戦
1/20

プロローグ/宝探しの少年

 街灯すらなく真っ暗な夜。瓦礫の海の真ん中からガッ、ガッ、と大きな物音が聞こえてくる。

 ガッ、ガッ、音が段々上ってきて、そこから「ぷはっ」と泥と埃まみれの少年、ユウサクが鯉みたいに口を大きく開け勢いよく飛び出してきた。若干咽る(むせる)が、まずは瓦礫の中で止めていた息を整えるために、荒く呼吸する。それで、やっと落ち着いて顔色もよくなってきたら「あーもう、どっちもロクな空気じゃねえや」と文句を垂れた。

 全体的に汚れてて見づらいが、よく見ればなかなか美少年だ。しかし目元の印象や、あぐらをかいたままキョロキョロと首だけ振って周囲を見回すような仕草がやっぱり幼い。

 誰もいないことを確認して、ユウサクは早速、この瓦礫の中に潜って見つけてきたガラクタたちを雑に並べていく。それで分かりやすくなった今日の収穫に「よしっ!」とにやけてガッツポーズを作り喜んだ。

 ここは『ガラクタ(ちょう)』。22世紀の始まりと共に各地の都市や発電施設、工場群で連発した大規模な災害や事故に、対処が間に合わずできたスラム街のようなものである。『ガラクタ()』なんて言い方をするが、実際は町程度じゃ収まらないぐらい広い。しかも今や全国に存在してしまっている。政府はこの大きな問題を一気に解決することはできなかったのだ。かといって、何も対応していないわけじゃない。全ての『ガラクタ町』に換金所と簡単な施設をいくつか設置することで復興を支援している。これで散乱した瓦礫やゴミ、スクラップなんかを国が買い取って、『ガラクタ町』の住人はそれで得た金を施設の利用に使うという形で援助を行う仕組みだ。

 ◇

 瓦礫とゴミの街の住人らしく、ユウサクは泥や土の汚れまみれのシャツと、あちこち穴の開いたズボンを着ている。なのに瞳には強い光を宿し、全体からは前向きなオーラを持った変わり者だ。

 高く昇った日が錆とカビを照らしてできたレッドカーペットの坂をユウサクは散歩がてら「すーすー」と下手くそな口笛に、不器用なスキップで下っていく。この道だと普通に換金所までいくよりも遠回りにはなってしまうが、それにはちゃんと理由がある。

 と。それはともかく(いくらになるかな)なんて、しばらくちょっとだけ楽で豪華になる予定の生活を思い浮かべ、期待に胸を膨らませていく。(もしかしたら今日見つけたやつみたいなの、他にもあったりするかな?)そんな風に妄想を広げ、ますますご機嫌なユウサクだったが

 ――ガシッ。後ろから太い大人の腕に捕まる。

「なあ、今日はイイもん見っけたかよ?」

 ヘラヘラ黄ばんだ歯を見せて、不快な顔を近づけてくるこの陰気くさい男、ポポ。ユウサクは(うわ、ヤなやつが来た!)と眉を寄せてしまうが、それ以上は顔に出さないようにする。

 周りを見ればポポの他にも5人、いつもユウサクのことをいじめている連中がいた。本当不快極まりない。わざわざコイツらに会わなくて済むようユウサクはこの道を通ったはずなのだが……どうやら、連中はユウサクが考えていた以上に暇だったらしい。

 ポポは自分たちが来たのに反応の薄いユウサクを「なぁなぁ、どうなんだよ? やっぱ、ガラクタしか見つかんなかったか?」と煽る。うんざりした気持ちだったユウサクだが、その言葉にカチンときて「そんなことないさ! 今日のはいつものとは違うぞ、ほんとにすごいんだからな!」そう、自信満々に言い返してしまった。

 もう、いつもの流れだ。なのに挑発されると簡単に乗ってしまうから、こうやって絡まれるのだ。ユウサク本人はこういう絡みに対して「せっかくなら、少しでも価値のあるものを探して売るのが経済よ」と語るが、連中にはいつも「ユウサクの宝探し」と呼ばれてゲラゲラ笑いの的にされてしまっている。

 しかし、だ。そもそもユウサクだって、元々遺跡頼りの観光地だったここで見つかるような物に、実際高い値が付くような物が転がってないのは理解している。それでもガラクタをわざわざ漁ってくるのは、ただスクラップを運んでその日を凌ぐだけの生き方に納得できなかったハツラツとした若さのせいだろう。あと、これは普通の人じゃ共感してやれないだろうが、ユウサクは何にでも価値を見出して楽しめるタイプだ。だからこんな満足できない生活の中でも、こういう小さな楽しみを見つけてきたり、たまに出てくる珍しい物に感じるトキメキで、前を向き生きることのできる性分である。まあ、連中には関係のないことだが。コイツらはただ、ゲームなんかの分かり易い娯楽がない『ガラクタ町』でユウサクをいじめるのを娯楽にし楽しんでるだけだ。あとは、もし本当に珍しい物を持ってきたなら取り上げてしまおうか。その程度しか考えちゃいない。

 言い返してから、向こうの気が逸れたと思ってユウサクはグッ、と力を入れて腕から抜け出そうとする。が、それはユウサクを捕まえているポポを怒らせただけで、さらにキツく締め上げられてしまう。これじゃ脱出どころか窒息してしまう。ユウサクが逃れようと必死に足をバタつかせて踠くのを見て、また連中全員が嘲笑う。

 しかしユウサクがこのまま本当に気絶したら手間なので、白目を剥く直前で拘束が緩んだ。それから、連中の中でユウサクの正面にいた男がにやりと顔を歪め「へぇ、今日はすごいのか? そりゃあいい。お前ら、ユウサクがまた()()()()に行くらしいぞ!」と他のやつらへ、わざとらしい大声で呼びかける。そんな最低な号令に、残りの最悪な連中も「おもしろそうだ」、「じゃあ付いて行ってやんなきゃなぁ?」とふざけて盛り上げる。

 こんなの、抜け出したいが、もう何度かやって勝てないのがわかっているし従うしかないだろう。ユウサクは諦めて大人しくしたが、そんなことは関係なく首を引っ張って換金所へ連れていかれる。

 ◇

 昼過ぎ。換金所の店主は頬杖を立てて、暇そうにウトウトしていた。こんな時間に来る人間なんていないだろうし、当たり前だ。

 が、こんな時間でも来る迷惑な連中が遠目に見えて、店主は姿勢を直す。ないだろうが、もし仕事ぶりを見に来たお偉いさんだったら困るから。

 ――案の定、来たのはユウサクたちだった。「またお前か」と言おうとするが、実際言うのも億劫だ。頬杖を突き直し、ため息を吐き捨てた。


 ひらけた場所に来たので、やっとユウサクは連中から解放され店の前まで来る。

 店主はおもいっきり眉を顰めて「んで?」とぶっきらぼうに用を訪ねた。目の前で多少は見てるはずなのに、厳しいものだ。

 しかしユウサクはめげず、自慢げに「ふふん」と勿体ぶりながら、背負っていたリュックから少ないガラクタたちを取り出して台の上に並べていく。

「これで全部だ! オヤジ、良い値段で買ってくれよ」

 ユウサクは胸を張ってそんな風に言うが、1から10まで店主の予想通りの言葉だった。我慢していたものの「はあ」とついにため息が出てしまう。それでも一応仕事だ。店主は眠たい目を擦ってからユウサクの持ってきたガラクタを見て、それから「ん?」と小さく驚いた。

 台の上に置かれたのはなんと、まだ使えそうなインプラントと端末だった。端末の方はもっと小型化している物が主流になっているからあまり価値は高くない。だが……。

 店主はどう値をつけたものか、とユウサクの顔と台上のそれらを見比べ「行ける」と思って盛大にふっかける。

 「よし1万だ。1万で買おう」

 聞いた瞬間「は?」とユウサクは台に前のめりになって今にも掴みかかりそうな勢いで突っかかるが、店主は特にひるむこともなく言いくるめる方法を模索する。国からの依頼とはいえ、こんな治安の悪い町で商売しているのだ。今さらユウサクみたいなガキに脅されたところで怖くもない。それより、このユウサクを丸め込んでしまえば本来よりずっと安く買って、その分の残りは全部店主の懐へ入れられる。本来ならこの端末だけでも数千円はするし、店主も内心はふっかけすぎてドキドキしながらユウサクを騙そうとしていた。

「あのな、スクラップは重さと量、まぁあとはせいぜい素材か。それで買い取る金額も決まってるんだ」

 まずはユウサク相手には何度目かわからないマニュアル通りの説明をしてみる。

 だが今回はユウサクも諦めが悪く「いやそれにしても、そりゃ安いよ! ほらこれも、こっちも、まだ動くしさ!」と反論し、慌てて、電源の入る端末や、数年前までは最新でネットにも繋がりそうなインプラントを店主の顔の前に近づけてよく見せる。例え数年前のものといえ、特にインプラントの方はいくらか値が付くはずだ。全部で1万というのは、流石にやりすぎである。

 だが、店主は顔に押し付けられたインプラントを気持ち悪そうに押しのけてから「そんなこと言ってると、もっと安くするぞ? こっちだって、そんな古いの買うのは、これが限界だからな」そうやって早口でユウサクをまくしたて、バシッと1万円だけ台に叩きつける。

「む」

 おかしな話なのは分かってるんだからこっちもキレてやればいいのに、ユウサクはそこまで言われると少し考えてしまう。

 ――スクラップ、例として鉄くずやアルミなんかであれば1kg集めても、やっと30円程度。ここらじゃ大量に転がっているから毎日ずっと、必死に集めればそれなりにはなるかもしれないが、本来その程度。それをいくらやっても、子供が1日で運べるようなスクラップでは大した額にはならない。ユウサクだって、もう何年もここで暮らしてきたのだからそれは理解している。

 結局ユウサクはその答えに辿り着いて素直に(じゃあ、オヤジ的にはこれでかなり色をつけてくれてるのか)と仕方なく、納得して1万だけ受け取ることにした。(毎日世話になってるし、これぐらいは仕方ないか)ここで店主と揉めても仕方ない。ユウサクは金だけ受け取ると、すぐ店を出た。


 店主はしょんぼり帰っていくユウサクを悪どいしたり顔で見届ける。それもそのはずだ。故人のものであろうと、いろいろ不足してる今の時代ならこれも値が付く。特にインプラントなんて物は生産施設と技術者が一緒に災害でもうほぼ残っていないから今や完全なロストテクノロジーだ。

 ここは国の建てた換金所であるから、実際スクラップの買い取りの金額は決まってはいる。しかしこういう金属以外の価値もある物については、当たり前だが別の相場があるのだ。

「ククク」

 (ユウサクは物を知らないので、だましやすくていい)と、この店主はそう思ってにんまりする。ユウサク本人は「相場は知っている」と思っているけれど、この店主程度の嘘にあっさり騙されている時点で大差ないだろう。知っていても、使えないなら意味はないのだ。


 さて、財布なんて上等な物はないからトボトボと1万を手に持って帰るユウサクは、これでどうするか考える。

 (まだ動くのなんて珍しいし、今日こそは高く売れると思ったのにな。型落ちとかだったのかな)期待してた分、落胆はある。だが、それでも1万なんて普段じゃあり得ないぐらいの大金だし、それほど悪くない気分であった。

 (何買って帰るかな?)と思って何が買えるか思い浮かべてみるが、よく考えたら今儲けた1万を全部計算に入れてたことに気づいて(いっけね)はっとして、首を振る。そのせいで今朝なんかは何も食べてないし(毎度、金の使い方が下手なんだよな)と反省したのだ。

 その後(最低限だけ買って、残りはコツコツどこかに隠して貯めてみるか)そう、ユウサクが初めて貯金を決心した時だった。

 ――ガッッ! といきなり鉄パイプで後頭部をぶん殴られる。そこらに転がってるものの中から適当に拾ってきたんだろう。

 ユウサクは「ぃった」涙目になって、蹲る。何事か理解できないし、打たれたのが後頭部だから上手く立てない。それでも、我慢して少し顔を上げたら、さっきの連中だった。中でもポポはデカい鼻の孔を最大まで広げて真っ赤になっている。そいつらは蹲った姿勢のユウサクを囲んで、さらに追い打ちを始める。踏んだり蹴ったりじゃ終わらず、地面から固い瓦礫やスクラップなんかを拾って投げつけてくる奴もいる。

 (いっつも、腹抱えて笑われるか、せいぜい指さしてからかうぐらいなのに)ユウサクはなんでこんなことになっているのか、状況を打開できるように考える。

 この連中が最初に求めていたエンタメは、ユウサクの思い付いたことで間違っていない。ユウサクの持ってきた価値のないものを笑うのだ。なのに、今日はどうだろう? 自分たちのおもちゃにもなりそうな端末に、少し値が張りそうな機械類。おまけに、自分たちがどれだけかけて集めるか、というような大金を稼いでしまった。あれだけのガラクタで。

 ズルいだろう?

 それに対してユウサクは良くも悪くも、すごく素直な性格をしているので店主があぁ言ってた時点で(そうか、もう使えないもんなんだな)なんて納得してしまったが、この連中は違うらしい。思い通りにいかないと、こんなにも腹が立ってしまう。

 囲まれてからしばらく(なんでコイツらに殴られなきゃいけないのさ)と状況を理解できていなかったユウサクだが、連中の1人が、ユウサクのリュックをひっくり返して中を漁りだしたあたりで察した。(そうか、高値で売れたから怒ってんだな!)なんとも理不尽なものだが、とりあえず理由はわかった。

 ユウサクは連中に向かって

「どうせ型落ちだろうし、もう繋がんないよ!」

 と、これ以上大事にならないように説得しようとするが

「まだ動くんならどうでもいいんだよ!」

 と聞く耳を持たれず頭を踏まれる。

 どうやら、余計に怒りを買ってしまったようだ。もっと執拗にボコボコにされる。

 ――バキッ、ボコッとひどい音で、ずいぶん長い間ユウサクは私刑(リンチ)を受けていた。息継ぎする間もなく飛んでくる蹴りや石に、ユウサクの目の光や表情はどんどん抜けてくる。

 それでも、ギリギリで意識は保っていた。ぶっちゃけ、もうここまでくれば気絶できた方が楽だったろう。

 もはや切り抜けるような策も思い浮かばないし、ユウサクは逃げることもすっかり諦めてしまっていた。

 痛みも麻痺してくる。

 (あぁ。いっそ走馬灯や、()()なんていうのが見えたらわかるんだけどな)そんなことすら、チラッと頭の中に出てくるようになる。でも、そんなものは一向に見えてこないので(明日ってあるのかな? ……じゃあ、どうするかな〜)なんて、とにかく今よりも違うことを考える。

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