御礼参りじゃけぇ
1
「なんや、えっらい騒がしいの!」
「えらいこっちゃ、あの尼さんが生きとったで!」
仲間へと知らせに走っていたライカンが、まとめて射撃されて粉塵と化す。
ジョバンニの部屋。
一体の手下が飛び込んできて、声を荒げながら事を告げてゆく。
「頭っ、ルナいう尼がカチコミに来ました!!」
「相手はひとりやろ。お前らが小さな班を組んで、それぞれ不意を突いて襲えや。解ったなら、さっさと行ってこんかい」
そう指示を投げ飛ばしたのちに、椅子から立ち上がってニキータとタキオーニを見た。
「お前たち、あの尼さんを可愛がって来いや。―――ちぃとばかし“オイタ”が過ぎるさかい」
それぞれ返事をして部屋から出て行く。
ルナの御礼参り、アジトの中部あたりに進行中。
ショットガンを背中に掛けたあとに腰に手をやるなりに、取り出した物は、太く短めな筒。それを手際よく前後に引き伸ばして肩に担いだその瞬間に、引き金とともに銀色の液で満たされた球が発射された。廊下の向かいの壁に当たった時に、その透明の球の入れ物が砕け散ったのと一緒に、その液体も飛び散ってライカンたちに浴びせたのだ。すると忽ちそれは、肉の焼ける音と臭いを発しながら手早く削ぎ落としてゆき、しまいには骨格を露出させて、最後にはそれをボロボロに砕いた。七体から八体ほどいたライカンたちを、一気に始末してしまったのである。やがて、それらしい扉を発見するなりに、蹴り破って踏み込んだ。
「ローゼ、生きとるかの!」
鎖で繋がれていた黒髪の少女は、聞き慣れた声に反応したのか、もたげていた頭をゆっくりと正面にして、吐き出してゆく。驚くことに、声帯はだいたい再生していたようだ。
「……あーー。ルナさん、おんしは、馬鹿じゃのぉ……」
「おぉ、そうじゃ。儂ゃ、馬鹿じゃけぇ」
2
そんな瞬間。
ルナの背中が蹴飛ばされて、床に腹を打ちつけてしまう。次は、襟足とベルトを鷲掴みにされて、壁をめがけて叩き付けられた。衝突と同時に、腕で頭を庇う。落下して床にキスをするものの、手を突いて不意打ちをしてきたの敵を睨み付けた。が、踵で顎を蹴り上げられて、腹に爪先を喰らってしまい、再び壁に背中を強打してしまう。
ルナは吐血しながらも、その相手に言葉を投げた。
「よぉ、ぬしがアンジェレッタさんかい」
「いかにも、ワテがアンジェレッタやで。よろしゅうね、シスター・ルナはん」
眼前の敵、アンジェレッタをよそに、ルナは隣りで吊されているローゼに向けて話してゆく。
「ローゼよ」
「なんなら……」
「儂の首に噛みつけ」
「……嫌じゃ」
「なしてな!? ぬしゃ、このまま死ぬつもりかい」
その拒絶に、ルナが目を剥いて驚く。ローゼは力の抜けた眼差しを一旦流したのちに、再びアンジェレッタを見ながら答えていく。
「儂ゃーー死なん。そして、死ぬわけにはいかんでの……」
「なら、なおさらじゃ。儂の血を飲めっ。遠慮せんでええきに、のぉ」
「おんしの血など、飲まん」
「なんなら? 不味いから飲まんのか」
「美味い不味い関係ないんじゃ。ただ、おんしの血など飲まんきに」
「どうしてなら。飲めっ」
「おんしの血など、飲まん、云うとろうが……」
「ええ加減にせぃよ! ぬしゃ、意地っ張りもたいがいせんか!!」
そんな頑固な態度に、ルナが“こめかみ”に青筋を立てて歯を剥き出して叫んだ。
―なんなん? 仲間割れしよるの?――
アンジェレッタは様子をうかがっていた。
壁にもたれ掛かる女二人のやり取りは、未だに続いている。
「ぬしゃ、今のジブンがどないなっとっとか解っとるじゃろ!? いつまでん餓鬼みてぇに好き嫌いせんで早よ儂の血飲まんかいっ、ど阿呆!!」
「ど阿呆は、おんしじゃ」
「なんならぁ?」
そのひと言に、ムッとしたルナを数秒間見つめたと思ったら、再び正面を向いて息を吸い込んでいった。そして、ぶちまける。
「儂ゃ、おんしの血など飲まんと云うたら飲まんのじゃ!! ど阿呆!!」
同時に発した破壊音とともに、ローゼは槍のごとく前方へと突進していったのだ。そして、ゾブ、と、噛み付いたその相手とは、アンジェレッタであった。もがき苦しみながら、上に重なっているローゼの背中を鋭い爪でかきむしってゆく。そんなのお構いなしに、ローゼが力の限りに上下の顎を絞めてゆき、そして相手の血を吸い込んでゆく。すると、抉られていた喉は肉を取り戻していき、太く丸く空けられていた腹はみるみるうちに内臓を繋げてゆく。各神経系等もお互いに手を取り合って、断絶されたそれぞれの筋肉繊維も全力を持って急速に伸びて癒着。最後は、皮膚が覆い隠して完成した。そのトドメとして、アンジェレッタの喉から肩にかけての肉を食い千切って、身を離したのだ。ただし、破かれた衣服までは再生しない。
敵の肉を咀嚼して飲み込む。次に、赤く滲んだ歯を剥き出して語りかけた。
「アンジェレッタ、ぬしの肉は旨いのぉ」
激痛に堪えて食いしばりつつも、アンジェレッタは立ち上がって壁伝いに逃げ出した。
ローゼ=ブルート=ルードリッヒ、完 全 復 活。
眼差しも薔薇色の輝きを取り戻し、吐き出していく息も太く白くなった。躰じゅうを駆け巡る血液という血液が、灼熱を帯びてきたらしい。絶好調なローゼの背中へと、ルナが声を投げた。
「なして、儂の血を飲まんかったのじゃ」
それに応えるかのように、ゆっくりと振り返ったローゼの顔は、すでにあの『鈎十字赤頭巾』と化していたのである。
「おんしは面白い人じゃけぇの、もし、儂が噛んで血を飲んだ途端ライカンになっちまったらツマランきに。のぉ、ルナさん」
「……ほぅか、ツマランか」
「ああ、そうじゃ」
言葉を交わしたのちに、微笑んだルナは、肩に掛けていた大きなバッグを投げ渡して、そのあと更に懐からある物を放り出した。それらを受け取って、中身を確認するなり手元の物を見るなりに、ローゼは口の両端を釣り上げた。腕を組んだルナが、こう締める。
「“それ”おんしのアイデンティティじゃろ。腹出しファッションより、そっちが似合う《におう》とるけぇの。―――あと、薔薇は食後の日課じゃったよな」
「誠に《まっこと》恩に着るの」
「なぁに」