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スパッツァー・カミーノォウ

 1


 更に二日後。

 商品を各店に納品したローゼが軽トラを転がしていた最中に、その後ろ両脇から尾行してゆく影がいた。

 ―『狼団』の奴らじゃな。……そろそろ儂、村を移動せにゃあな。――

 これに気づかないローゼではない。



 そして、その翌日。

 ウィーン市内。

 夜の教会の扉を勢いよく開けて、赤毛の女が入ってきた。何事かと思って、掃除中の青年神父は首を向けて尋ねる。

「なんの用なら?」

「ルナいう尼さんは、どこにおるんや」

 そして、その後ろからまた別の影が現れて、鋭く犬歯を見せながら吐き出した。

「『狼団』のジョバンニが、貴女に会いたい云うて挨拶に来たと伝えといてくれるか」

 ニキータと数体の手下を引き連れて、長のジョバンニが直に顔を見せたのだ。

 ショットガンの手入れをしていたルナの部屋へと、血相を変えた青年神父が飛び込んできた。

「るるるルナさんっ」

「アランかい。ぬしゃ、ノックせい云うたじゃろ!」

「おお『狼団』の、『狼団』のジョバンニが直接殴り込み《カチコミ》に来よりました!!」

「!? しゃがめっ、アラン!」

 ひと声指示したすぐに、ルナは青年神父の後ろを狙って銀の杭を投げ飛ばした。爪を構えていたライカンスロープの胸元に命中。その後も、手早くショットガンに銀の銃弾を装填したルナは、容赦なく駄目押しを撃ち込んだ。

「野良犬のくせしくさって、ええ度胸じゃっ」

 そう吐き捨てた矢先に、粉塵となった仲間をすり抜けて、ジョバンニがルナの腹に当て身を喰らわせた。そのまま勢いで押されて、あらゆるインテリアを破壊してゆき、壁へと叩きつけたのだ。胃液と血液とが混じり合い、逆流して吐き出していく。膝から崩れ落ちるところを踏ん張ったルナが構えたショットガンを、蹴飛ばしたジョバンニからブロンドの髪を鷲掴みにされて、腹に重い拳を喰らってしまった。

 髪の毛を掴んだまま、ルナの顔を強引に仰がせて語ってゆく。

「スパッツァー・カミーノォウ。煙突掃除に来たで。―――よう、尼さんよ。イタリアの狼を喰った感想を俺に聞かせてくれるか?」

「……あーー」

「なんや? 聞こえへんな」

「パサパサしてて、反吐が出そうなくらい不味かったのぉーー」

「そうか」

 その刹那。ルナの太股から引き抜かれたハンドガンが、ジョバンニの間近で硝酸銀入りの聖水を爆発させた。

「ぐぁっっ!」

 煙りたつ中で、ルナは苦痛を嘔吐した。女の白い腕の一部分が赤黒く変色しており、ねじ曲がっていたのだ。聖水を発砲した瞬間的に、ジョバンニから腕をへし折られたらしい。ルナの脇腹を蹴りつけて、足払いをして転倒させると、頭を踏みつけて見下ろした。金色に眼を光らせながら、ジョバンニは吐き捨ててゆく。

「わりゃ、俺の顔を半分焼くとわの、威勢のええ尼さんやないか。―――おい、お前ら。この女を飽きるまで袋にしたれや」



 同時刻。

 ローゼの隠れ家。

 いつものように、薔薇の一輪挿しを置いて晩をとっていた時のこと。上の扉を荒々しく破られたような音を聞いたので、手を止めて、抜け足差し足で階段をのぼり出て部屋を見渡していった。すると、突然と視界に拳が入ってきたので反射的に腕で防御。間を置かずして、肘がきた。頭を下げて後退。すぐに、真っ直ぐと拳で突いてくる。弾き返して、飛び退けて着地、半身に構えるなりに前方の敵を確認。

「あ、おんしは確か」

「スパッツァー・カミーノォウ。煙突掃除に来たで。―――またうたね。ワテはアンジェレッタいうんや、よろしゅうな、ローゼ=ブルート=ルードリッヒ」

 そう、にこやかに名乗ってきた長髪の女は、あの時ウィーン市内で転がった馬鈴薯を拾ってくれた者だったのだ。だからといって、この程度で揺らぐローゼではない。歯を剥いて、瞳を薔薇色に輝かせ始める。

「『狼団』の雌か。ええ度胸じゃ、褒めてやるきに」

「んーー」

 後ろ頭を掻いて、呟いた。

「確かに入ってきたのはワテやけど……。――――あのな、こんな真夜中に、ワテのような女の子がひとりで出歩くと思うん? ボディーガードつけるのが常識とちゃうの」

「ボディーガードじゃと?」

 口の端を上げて瞳を流したアンジェレッタを見たローゼは、途端に感づいて己の背後を振り返ったその瞬間だった。巨大なライカンスロープから、あっという間に両腕の拳槌を振り下ろされて、床にキスをしてしまう。そして次は、その巨体から顔を蹴り飛ばされて、階段を転げ落ちていき、バウンドをして石畳の床にうつ伏せとなった。体重差と身長差とのある相手からの容赦ない二撃により、ローゼは軽い脳震盪を起こしてしまったのだ。


「相変わらずええ仕事しはるな、タキオーニ」

 そう巨体のライカンスロープへとひと言褒めて、階段を下りていったアンジェレッタは、たちまち本来の姿へとなって床に伏せているローゼの前に立った。人間の姿を借りていた時と同じく、頭部の体毛は腰までに達している。軽く握った拳を腰に当てて、少女の隠れ家を見渡してゆくと、暖炉に目を止めて呆れたように吐き捨てた。

「なんやの? 貴女本当に《ほんまに》ナチスの信者やったん」

 暖炉の石煉瓦の壁に掲げてあったそれは、ナチスドイツ軍を象徴するハーケンクロイツ《鈎十字》であった。

「あ、阿呆……っ」

「お? 生きとった」

「儂ゃあー、おんしら下衆なライカンと違うて……、優秀じゃけぇ。最高のナチスドイツ軍の、最強の生物兵器じゃ」

「呆れた……。そないやって今まで生きてきたんやな。そんなんじゃ貴女の意志は何処にもあらへんやないの」

 見下ろしている女の言葉を受けながら、ローゼは手を突いて起き上がってゆく。

「阿呆っ……。儂の信念や意志は、この鈎十字の下にあるんじゃけぇ」

 片膝を突いた姿勢から完全に立ち上がった時に、足を踏ん張って犬歯を剥き出して語りを続けた。

「儂ゃ、ぬしら穢れたライカンを絶滅に追い込む為に生まれてきたけぇ、それまでは簡単に死ねんのじゃ」

「ふんっ! ユダヤ人の次は、ワテらライカンスロープかいな。ゲルマン人はことごとく野蛮な連中やわ」

 ひとつ吐きつけて、アンジェレッタは構える。数秒間に渡る沈黙のあとに、アンジェレッタの背後から体毛が伸びてきて、それらが刃の如くローゼの躰の各所を突き刺していった。反射的に腕を交差させて顔を庇ったものの、その腕ごと胸を貫かれてしまう。

「お馬鹿さんやなぁー、ワテが貴女と殴り合うて思うたん?」

 そして、暖炉の壁へと叩きつけてゆく。二度、三度と。四度目でハーケンクロイツの旗に貼り付けたのちに、床に叩き落とした。アンジェレッタは後ろのタキオーニを人差し指で呼び寄せて、こう指示を出す。

「一発、デカいの決めてくれへん?」

「アンジェレッタさん。穴、空けても構わへんのか?」

「構わへんのとちゃう? この子、そんなんで死ぬ“たま”やないやろ。そないなら、ウン十年もこの“お仕事”続けられへんて」

「そうじゃな」

 巨体が口を歪ませて、嬉しそうに喉の奥から声を発した。


「最後になんかひと言くらいあるのとちゃうの? 遠慮せんでええから、このお姉さんに云うてみい」

 タキオーニから首を掴まれて宙ぶらりんなローゼに向けて、アンジェレッタは話しかけていく。すると、少女は中指を立てて歯を見せつけた。

「狼は最後、赤頭巾と狩人から腹を割かれた上に石ころを詰め込まれるんじゃ。どう考えても儂が勝つきに」

 そのひと言を受けたアンジェレッタは一度は額に青筋を浮かべたものの、すぐさま笑顔を見せて声をかける。

「ほんまに救いようの無い女の子やなぁ、貴女は。…………タキオーニ、やったれや!!」

 勢いよく吐き捨てた直後に、タキオーニが太い拳をローゼの腹へと深く深く射し込んだ。そして、その拳は少女の躰を簡単に突き抜けていき、吹き飛ばして壁に叩きつけた。ゆっくりとずり落ちて床に仰向けに倒れ込んだローゼの髪を掴んだアンジェレッタは、優しく言葉をかける。

「まだ貴女に用があるんよ。ワテらについて来てや」




 2


 同時刻。

 教会に戻る。

 縦に割けたライカンスロープから、片腕でサーベルを振り下ろしていたルナの姿があった。あれから袋叩きに遭っていた中で、隙を見て切り返したらしい。既にそこには、ジョバンニとニキータの姿はなく、彼らは我がアジトへと戻ったようだ。女は木の瓦礫を蹴散らしてゆきながら、周りに声を投げつけていく。

「アラン、アランはおるかいの。返事せいっ! ジョシュアでもええきに!」

「自分たち、生きとります」

「おぉ、それでええんじゃ」

 破壊された扉の物陰から、二人の青年神父が恐々と姿を見せて挙手をしていた。躰じゅう痣だらけのルナは、非常に気が立っていたらしくて、眼が血走っている。女が更に二人へと話す。

「どっかそこらへんから適当な壊れた切れっしを持って来いや」

「な、なんに使うんですか?」

「分からんのかい、阿呆っ。儂の折られた腕の副木に決まっとるじゃろ! ちゃっちゃととっとと早よ持って来いや、おぉ!」

 今度は、命令だった。

 ―あかん、駄目じゃ。さっきから嫌な胸騒ぎがしてたまらん。ローゼ、生きとれよ。――



 ただ今、応急処置中。

 音声のみをお楽しみ下さい。

「ルナさんっ、今、嫌な音がしよりました!」

「阿呆っ、泣いとる場合か。もっと押せ! そして縛り付けろ!」

「うぅ、痛いのぉ!」

「儂が痛いんじゃ、阿呆!」



 四〇〇?の自動二輪車をすっ飛ばして、フル装備のルナがローゼの隠れ家に飛び込んできた。惨状をひと目した時から、何がどういった流れが起こっていったのかが理解できたようで、己でも分からないうちに拳を強く握り締めていたのだ。ローゼの姿がないところを見て、殺されていない事を確信。部屋を歩きながら見渡していき、箪笥を見つけると足早にそこへ着いて、引き出しを探り始めてゆく。三段目の引き出しで、例の物を発見。それを懐へとしまい込む。そして次は、テーブルの一輪挿しの薔薇をもぎ取って懐に収めた。再び二輪車に跨って、『狼団』の匂いを辿って飛ばしてゆく。



 一時間後。

 狼団のアジト。

 ある部屋には、両腕を後ろに回されて手錠を掛けられて鎖で壁に繋がれたローゼの姿があった。どてっ腹に大きく穴を空けられたローゼは、口をだらしなく開けたままうなだれている。その腹から流れてゆく、赤い体液。膝まで伝って床に滴り落ち、小さな赤い水たまりを二つ作っていた。しかも、よくよくその姿を見たら、手の爪が全て剥がされており、更には喉を喰い千切られているではないか。

 ライカンスロープは破損された肉体を再生してゆくらしいが、このローゼのやられ方を見ると、その再生速度を遅らせる為にさらに痛めつけたものと思われた。ローゼをここまで傷つけた張本人は、もちろん、アンジェレッタである。


 出入口を警護しながらも、三体のライカンが寛いでいた時。扉を軽くノックされたので、手前にいたライカンがそこまできて覗き戸を引いて確認した。

「誰や?」

「儂じゃ」

 その刹那に、長四角の穴から二本の筒が飛び出てきて、発砲。吹き飛んで消失してゆく仲間に驚きつつも、残りの二体は素早く構えをとった。途端に扉が激しく蹴り破られたかと思われた直後に、外で見張っていた仲間の骸が投げ入れられて二体にぶち当たる。下敷きになりながらも、犬歯を剥き出して相手を睨み付けた。

「われ、どこのモンや!」

 すると今度は、手榴弾らしき物が投擲されて、落下したすぐに爆発。硝酸銀の臭いと蒸気を充満させつつスマートな影が現れて、千切れて転がるライカンの頭を踏みつけたのだ。そして、ショットガンを構えてひと言。

「スパッツァー・カミーノォウ、イタリアの野良犬ども。シスター・ルナが、ジョバンニに煙突掃除の御礼しに来た云うてくれや」




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