狼団登場!
1
「アンゼルモの奴が、例の『薔薇の経血』に切り刻まれたそうやな」
そう煙草を吹かしながら、線の細い影が振り向いて呟いた。
ここは、場所が変わって『狼団』のアジト内部。その長であるジョバンニが、報告をしにきたニキータを見つめた。ここにいる皆の容姿は、鼻と口が長く、頭に突き出た三角の耳を生やしていたのだ。ライカンスロープたちである。ジョバンニの頭部の体毛は、少し長めでそれを後ろへと流していた。
「ニキータ」
「はい」
少しばかり赤味を帯びた体毛の彼女に、声をかけてゆく。
「お前、見たンか?」
「なにを、ですか?」
「鈎十字の赤頭巾や」
「いえ、ウチはまだ……」
「なんやー、見とらんのか」
なんだか緊張気味なニキータを気にもせずに、ジョバンニはそう声を吐き出した。
「あの女の子を見たら最後やもん。生きて帰って来れるわけがないやないの」
「アンジェレッタ、もう躰はええのか?」
「ワテを気遣ってくれはるの? 見え見えな嘘はよしてや」
しなやかな影が現れて、長に話しかけこのライカンは、アンジェレッタという。頭部の体毛は、腰までに達していた。ジョバンニの隣まで歩み寄ってくると、言葉を続けていく。
「それに今回殺られたんは、ワテの義兄さんやさかいに。貴方がわざわざ手を下さんとも、このワテが動く大義名分は充分にあるやろ」
「血は繋がっとらんがな」
「でも、あのヘタレが“こうした”かたちで役に立ったんやで、ワテが動ければ理由はどんなんでも構わへんのや」
そう微笑みかけた。
これを受けたジョバンニが「さいですか」と軽く笑ったのちに、灰皿で吸い殻をこねくり回しながらニキータに告げてゆく。
「ニキータよ、ここはひとつ化けて探ってこい。あの娘の弱点は、あまりジブンの敵を知らん云うことや」
「了解」
そう返事をして踵を返していった。
2
三日後。
昼過ぎのウィーン。
市街地内部を、ローゼは歩いていた。勿論、ウィンナーやパンの材料を仕入れる為にである。ルナもそれに手伝って参加していた。市内にある教会に身を置いてもらい、ローゼの隠れ家を行き来している毎日を過ごしているらしい。相変わらず、ヴァンパイア狩りは続けているようだ。今晩の献立の材料を紙袋に入れた物を抱えて、二人は歩道をゆく。昨晩までは、ライカンスロープが現れなかったので、ローゼの食事の量は抑えていた。ごく普通の、ひとり分のメニューである。
「ルナさん、昨晩は派手に仕事しとったの」
「おんしに負けないくらいに一面飾っとったの」
どうやら、ウィーンの隣町でルナが複数のヴァンパイアを相手に、ガン=カタ擬きを繰り広げたようだ。勿論、暗闇とピンボケのお陰でルナの顔は解像度が低くて不明瞭で助かっていた。ある新聞の見出しは、『ドイツ都市に舞い降りた天使!ヴァンパイア無双炸裂!!』だ。それを思い出したのか、ローゼが肩を揺すって小さく笑い出した。
「『ヴァンパイア無双』か。ルナさんウィーンでデビューして間もなく一面飾るとは、大したもんじゃな。のぉ」
「デビューって、おんし……。そういうぬしだって、近いうちには見出しで『鈎十字無双』て書かれてしまうぞ。くくく……」
「わははは。儂じゃったら『赤頭巾無双』でもオーケーかの」
「わはははははは!」
「わはははははは!」
女が二人して、身を仰け反って笑うだけ笑う。どうやら、ツボにハマったようだ。お互いに大口を開いていた。やがて軽い呼吸困難を起こしながら、躰をくの字にして腹を押さえている。そうこうしているうちに、それぞれの紙袋から馬鈴薯が二つ三つほど転げ落ちて、石畳を進行していった。
「うははははは! ルナさん見てみいや。馬鈴薯が儂から食われとおないって逃げよった!」
「本当に《ほんに》逃げよるの、のぉ。わはははははは!」
二人して、指差しながら大笑い。もうこの女二人は“箸が転げ落ちたのを見ても笑うお年頃”を、とうの昔に過ぎているのだが。
「おい、お嬢さん方」
「はい?」
共にハモらせて、ヒーヒーとしながら声のする前方を見たら、馬鈴薯を四つ抱えている短髪の赤毛の女がいた。革ジャンにジーンズという身なり。
「はしたないやないか。いい年頃やのに」
ニキータの人間タイプだった。
「おぉ、すまんの」
ローゼとルナがそれぞれ受け取って紙袋に戻してゆく。すると、ニキータの後ろから、スラックス姿をした線の細い黒髪の女が出てきて、手にしていた一個の馬鈴薯をローゼに渡しつつひと言。
「なんか楽しい事のあったんとちゃうの? なぁ。―――はい、あとひとつ落ちとったで」
「おぉ、こりゃすまんの」
そう受け取りながら、礼を述べた。
ローゼとルナの背中を見送りつつ、ニキータは隣りに立つ黒髪が腰までに達するの女に話しかけてゆく。少し困った顔で。
「アンジェレッタ、ついてきとったんか」
「ええやないの、ワテも赤頭巾の“狩人”が気になっとったさかい」
にこやかに声を繋げていく。
「しかし、随分と可愛らしいお嬢さんでおしたなぁー。あれで真夜中にお目々ギラギラさしているとは思えへんわ」
「“どっち”の方や?」
「もちろん、あのちっさい方に決まってるやない」
語尾を少し上げて、そう悪戯っぽくしめた。
バスの中。
二人は隠れ家へと移動中。
ルナから話しかけてくる。
「なあ、さっきの別嬪さんたちイタリアンじゃったな」
「おぉ、そうじゃったな。あの赤い髪の姉ちゃんは、少しばっかりオランダが混じっとったの」
「ありゃあ、ライカンじゃな」
「間違いなくライカンじゃき」