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真昼は別の顔


 並木道を歩きながら、二人は言葉を交わしていく。ローゼから切り出した。

「尼さんが儂に何の用じゃ」

「いや、おんしライカンな筈じゃとに、なして狩りをしよるん?」

「尼さん、調べておったのか。なら、名乗ってもろうたが良かの。のぉ」

「儂は、ルナじゃ。おんしと同じ、化け物連中を始末し続けてウン十年……いや、百ウン十年だったかの……」

 ルナと名乗った尼は、碧眼を虚空に流して腕を組んだ。この女の場合は見た目二十代後半の真っ当な人間ではあるが、その実情はただ事ではなかったようで。それに感心しつつも、ローゼは隣りのルナを見上げて尋ねた。

「おぉ、先輩かの? まあ、どうでもええ。てっきり儂を狩りに来たかと思うたんじゃが、違っとったか」

「いや、始めは獲物を見つけたとして、おんしを始末するつもりだったんよ」

「ほほう……」

「まあまあ、聞けや。ほいで、おんしと向き合った瞬間にそれらが吹っ飛んだんじゃ。もう、どうでも良ぉなってな」

「どうでも良い云うんは、どういうことじゃ?」

 ちょっとムッとした。

 すると、ローゼの肩を軽く叩いたのちに、ルナが歯を見せて呟く。

「おんしを始末するよりも、組んだ方が何かと面白いに決まっとるきに。のぉ、ローゼ=ブルート=ルードリッヒ」

「ほぅかほぅか《そうかそうか》。なら勝手にしたらええきに。のぉ、シスター・ルナさんよ」


 あれから更に一時間以上も歩き続けてバスで移動して辿り着いた先は、ドイツ郊外にある村の一軒家。の、中にある全面を石煉瓦で造られた地下牢。大昔、罪を犯した魔女を監禁していた部屋らしいが、今となっては確証がない。だが、この部屋はローゼにとっては隠れ家として都合が良かったのだ。今は、電気設備も充実しており、台所が当然のようにある。

「んんーー。ええー香りじゃのーー」

 ローゼがオーブンを開けて鶏の姿焼きを取り出すなりに、その香ばしさを堪能する。そして、塩と粗挽きの胡椒で炒めた馬鈴薯とベーコンを皿に盛り付けて、野菜スープを出すと、それらをテーブルに並べていった。

「ローゼよ、おんしゃいつでも嫁さんに行けるの」

 ルナが感心しながら声をかけて、一輪挿しに注目。少女の背中に声を投げる。

「いい香りの薔薇じゃの。ローゼ、これも食うんかいの? まさかの、のぉ」

「食うぞ」

「…………」



「戴きます」

 ひとりで食べるには、有り余り過ぎるテーブルの料理を、ローゼは綺麗に平らげてしまった。上品に、時にはワイルドに、そして可愛らしく。

「御馳走様でした」

 そう呟いたのちに、おもむろに一輪挿しへと手を伸ばしてゆくと、白い指先で茎を掴むなりに捻って花びらのみを折り取ったのだ。そして、その薔薇を口に運んで、咀嚼したあとに紅茶で流し込んで食事は終了。ローゼの手料理を少しいただいていたルナは、それまでの過程をまじまじと見ていての発言をする。

「ほほう、可愛い娘さんは花を食っても絵になるものじゃな」


 台所で二人は洗い物をしながら言葉を交わす。

「のぉ、ローゼ」

「なんなら?」

 多少、ぶっきらぼう。

 ルナは構わずに話す。

「ぬしゃ毎日こがいな量の飯食っとるのかの?」

「ああ。ライカン連中を倒した時だけじゃがの、昼間の一回だけで充分に補給できる。それに、毎日やない」

「ほぅか。ライカン狩りに相当なエネルギー使うんじゃな」

「儂の武器は血液じゃけん、消費も半端じゃないんや。まあ、一番ええ補給方法は相手から血をいただくことじゃがな」

 洗い終えた皿を乾燥機に入れながら、そう云うと、口の端を釣り上げてルナに薔薇色の瞳孔を流した。これを聞いた途端に湧く、当然のような疑問をローゼに投げてみる。

「なんなら、ぬしゃ? なら、なして血を吸わんの?」

「まだ餓鬼の時分に、博士から飲ましてもろうたがの。不味かったんじゃ。それ以来、儂ゃ飲まん」

「美味い不味いの判断か?」

「そうじゃ」

「そうか」


 そして夜中。

 二人はベッドの中にいた。

 背中を向けているローゼに、今更ながら湧いたことを訊いてみたルナ。これは、最大の疑問だったかもしれない。

「そういえば、なして今までこの儂を始末せんかったんじゃ? 隙はいくらでんあった筈じゃがの……」

「敵意の無い奴なんか殺したって、ツマラン。それに、ぬしは面白いでの」

「そうか、ツマランか。―――もしかしたら、おんしを犯すかもしれんぞ……?」

「勝手にしたらええきに」

「…………」

 遠慮しておきます。




 明朝。

「起きろ、ルナさん。朝じゃけ。仕込み手伝ってくれや」

「んーー、あと五分だけ」

「なんなら、そら?」

 エプロン姿のローゼが、ベッドシーツにくるまるルナの肩を揺すっていく。しかし、先ほどの不可解なひと言にはっきりと瞼を開いて、見下ろしているローゼに碧眼を向けた。

「仕込み手伝ってじゃと!? おんしゃ何かしとるのか?」

 驚きを含んだ顔で上体を跳ね上げて、声を投げた。ブロンドは、寝癖でバサバサ。ローゼ当人は、表情ひとつも変えることなく言葉を返す。

「何しとるのかって、上でハムやウィンナーを作って商売しとるきに。あとは、パンにチーズじゃがの。できたら、あとは街の店に持っていくけ」

「…………」

「なんなら?」

 碧い眼差しを突き刺されたままだったから、ベッドの上の女に尋ねてみた。すると、ルナは口を数回ほどパクパクとさせたのちに、声を搾り出してゆく。

「いや、ぬしが人と関わっとるとはの。儂はてっきり世間様と断絶しとるのとばっかり……」

「……失礼じゃな」


 軽トラに商売品を積んで、街へと向かっていく道中。運転手は、ルナが買って出た。御馳走に、寝床を与えてもらった恩だという。

「ルナさんよ、手慣れとるの」

「百ウン十年も生きとりゃあな、いろいろと覚えてしまうんよ」

 なんだか、得意そうな笑顔。

 ローゼもそれに釣られたのか、珍しく笑顔を見せた。

「ルナさん、ぬしは、いったいいくつじゃ」

「二八から先は数えとらん」

「ほぅか」

「ローゼこそ、そう云うぬしはいくつじゃ」

「儂も、十九から先は数えとりゃせん」

「なんじゃ、おんしもか?」

 ちょっと嬉しそう。




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