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見参!鈎十字赤頭巾!!

 いやあーー。赤頭巾ネタって、尽きないですね!

 1


 闇夜に包まれた街角で、ひとつの悲鳴が上がり、そして息絶えた。そのもとを辿ってみたら、全身を長い毛に覆われた大型の影が若い娘の血肉を貪っている。その者は長い鼻と口を持ち、頭の上に三角形の耳を生やしており、眼球をギラつかせていた。口の周りを赤く染めて、喉がその液を啜ってゆく。

「あと少しで満月じゃの」

 と、頭上へとその声が降りかかってきたので、その者は食事の手を止めて背後に首を回した。

「誰や、お前は?」

 そう“グルル”と喉の奥から鳴らしながら、上に居る影に訊く。下の食事中の者に、その少女の影は五階建てビルの屋上のへりに片足を乗せた姿勢で腕を組み、発達した犬歯を剥き出しながら答えていった。同時に、歯の間から太く白い息が吐き出されていく。

「儂か? 儂はな、お前ら《おんしら》のような穢れたライカン共を狩る為に生まれてきたんじゃ」

 大きな瞳の虹彩を薔薇色に“らんらんと”光らせて、その上に真紅の頭巾付きのロングローブを纏って風になびかせている。自己紹介は、まだ続いていく。今度は見栄を切りながらだ。

「闇夜に参上、その場で解決。ライカンスロープ狩りを続けてウン十年、人呼んで『薔薇の経血』。怪傑鈎十字赤頭巾、ローゼ=ブルート=ルードリッヒとは儂のことじゃけ!!」

 その紅くはえるローブの背中には、大きな鈎十字ハーケンクロイツがあったのだ。上を見ていた狼男ライカンスロープが、一瞬で事情を飲み込んだらしくて、思わず口走った。

「お前がそうか!?」

「儂がそうじゃ」

「そう云いよるお前も俺らと同じライカンと聞いとるで。同族をるんかい?」

「阿呆っ」

「なんやて……!」

 一蹴したのちに、鈎十字赤頭巾ことローゼは見開いた薔薇色の眼を歪ませて、更に語ってゆく。

「儂はおんしらと違って優秀なライカンじゃけぇ、もとから下衆ゲスなんぞ同族と思うとりゃせん。―――それよりも、おんしはどこの組のモンじゃ?」

「聞いて驚いても知らんで。俺は『狼団』のアンゼルモや」

「アンゼルモ云うんか」

「そや。―――んなことより、お前こそ、どこのモンや?」


「儂はの、名高いナチスドイツの戦士じゃ!!」

 腕を斜め上に掲げた。

「ハイル・ヒトラー!!

 ハイル・ヒトラー!!

 ハイル・ヒトラー!!」

 繰り返したのちに、再び口から白い息を吐いてから跳躍した。宙で躰を捻り、四肢を地に突いて着地。その時に一瞬だけ地を大きく鳴らして、四つの窪みと“ひび”を石畳に形成したのだ。片膝を突きながらゆっくりと身を起こしてゆき、姿勢を正したのちに薔薇に発光する眼でアンゼルモを睨みつけるなりに、犬歯を見せて声を投げた。

「おんしらとは出来が違うき、だから、逃がしたりもせんし逃げられたりもせん」

「なんぼ優秀や云うても、所詮は餓鬼やないか、わりゃ」

 アンゼルモからの突っ込みを受けたローゼの容姿は、まだまだあどけなさの残る十八か十九歳の少女だったのだ。衣装といったら、ゲルマン民族伝統の少女の身なり。白いシャツと膝丈スカートに、革のコルセットと黒い布ベルトとロングブーツ。そのコルセットに花の刺繍なんかがあれば、まさに民族衣装なのだが、それ一切はなく、あるのはナチスの鈎十字。


「『薔薇の経血』とか云うたの、俺がひとりで出回ると思うとったら大間違いやで」

「んふふ」

「お前ら、出てこいや!」

 その呼び声とともに、ぞろぞろと幾つもの影が現れてアンゼルモの後ろに並んだ。

「んふふ。下衆がなんぼ集まろうと同じことじゃけ」

「やかましい。やっちまえ」

 腕を突き出した時に、ライカンスロープたちが雄叫びをあげて、ローゼへと飛びかかったゆく。

 一体目の繰り出してきた爪を潜り抜けて、手首を捕った瞬間に脳天を叩きつけた。二体目が打ち出した拳を受け流して、全体重を乗せた掌を鳩尾へと打ち込み当て身をして踵を返したのちに、一体目の頭を踏み潰した。三体目からきた脚を肘で打ち払い、腕を首に巻き付けて技を決めると、手前の四体目の頭を足で挟んだ。そして、捻って勁堆を破壊。ヘッドロックの絞めを極めながら、悶える三体目に話しかける。

「そら、若い娘の“おっぱい”じゃ。儂のはBに近いぞ」

 それと同時に、万力の如く一気に絞り込んでゆき頭蓋骨を砕くとオマケに首を折って、その骸を二体目へと投げつけた。狙いをつけて駆け出してゆくと、助走をつけて跳ねるなりに足を二体目に叩きつけたのだ。その足の裏には、紅く光る薔薇を象る溝が彫られていた。蹴りが決まった刹那、相手の頭は赤い花を咲かせたのである。


「あとは、おんしだけじゃの。アンゼルモさんよ」

「早すぎや、阿呆っ」

 早々と手下を始末されたものだから、焦っている。しかし、このイタリア生まれイタリア育ちのライカンスロープは、この程度では怯まない。背中を曲げるなりに、逆関節の足を踏ん張って構えた。態勢を、低く低くしてゆく。

「ほう。さすがは『狼団』を名乗るだけはあるのぉ」

 そう感心しつつ、ローゼもまた拳を引いて身を屈めるだけ屈めて構える。石畳に穴が開くほどに力強く蹴って、アンゼルモは矢の如く鈎十字赤頭巾に飛びかかっていった。時間にしてほんの数秒で、二つの影が衝突したと思ったら、一歩踏み込んでいたローゼがアンゼルモの首に腕を巻いたのと同時に下腹部へとその拳を撃ち込む。己の突進の勢いと、ローゼによる打撃とプラスαで、アンゼルモは半円を描かされて石畳に叩きつけられた。これだけでも充分なダメージを与えた筈だが、ローゼは更に拳を真上から下腹部へと突き刺したのだ。ローゼが噴き出した血から、身を転がして立ち上がる。腹を押さえながら、ふらつきつつもなんとか身を起こしてゆくアンゼルモの口からは、赤い液体を止めなく流していく。

「アンゼルモよ、最後じゃけ。おんしらの長へ儂からの伝言をつたえといてくれるか」

「糞餓鬼が……!」

 薄笑いを浮かべて云うローゼに対して、アンゼルモは血の滲んだ犬歯を剥き出した。それに構わずに、ローゼは指貫の革手袋を外してポケットにおさめると、両手を翳して相手に見せつける。その両掌には、薔薇の形に刻んだ痕が。そして、傷が熱を持って光りだす。腕を斜めに広げたその瞬間に、掌の薔薇が紅く輝いて沸騰し、液を滴り落とし始めたのだ。


「ローゼンクロイツ《薔薇の鈎十字》!!」


 ひとつめの鈎線を描いて胸元で掌を付けたすぐに、今度はその対角線状へと広げて描き出して、それを囲むように更に円を象った。そして、その鈎十字を回して打ち出したのだ。


「トロンベ《竜巻》っっ!!」


 自らの血で描いたハーケンクロイツを噴き出させながら、アンゼルモへとぶつけた。それを真正面から喰らった相手は躰を四散させたと同時に、レンガの壁に大きな鈎十字を焼き付けていたのだ。

「ジョバンニによろしくな」

 踵を返して、ロングローブを翻しながら、赤頭巾はその場から去って行った。




 翌朝。

 壁に焼き付けたハーケンクロイツとともに、ライカンスロープの残骸が大きな見出しと一緒に各社新聞を飾っていた。


 昼過ぎ。

 ウィーンの雑踏を縫うように歩くひとりの少女に、街の幾人かの老若男女たちが振り返っている。身長が百六〇いくつかある少女を見ていた為だ。真っ黒なセミロングの髪の毛に、白い肌。キリリとした眉毛の下には、彫り深く大きな瞳。なんといっても、その瞳孔が特徴的だったのだ。それは、薔薇の色。赤とも真紅とも違う、明らかな薔薇の色だった。身なりも黒でコーディネートしていたものだから、黒い髪の毛と相まって、GOTHゴスな印象がある。ただし、フリル系のデザインではないので念の為。

 新聞を屋台で買い、鶏肉と馬鈴薯とその他の野菜を購入したのちに、馴染み深い花屋に立ち寄って薔薇一輪を買っていった。公園のベンチに腰を下ろしてロングブーツの脚を組むなりに、開いた新聞に目を通してゆく。

 ―相も変わらず儂の仕事を載せとるの。ここんとこマスコミはネタ切れかの、のぉ。――

 びっくり仰天。

 この少女は、昨晩の『薔薇の経血』こと、鈎十字赤頭巾・ローゼ=ブルート=ルードリッヒだった。


 この少女、大戦中に、ナチスドイツ軍の生物学部門により人間とライカンスロープとの掛け合わせと遺伝子操作によって生まれ出てきた『対ライカンスロープ兵器』だったのである。

 少女の武器は、己の血液。

 灼熱地獄を標的に浴びせて切り刻んだり、焼き殺したりと様々な方法でライカンスロープらを倒し続けてウン十年。十九歳のままで生きてきた。


 ―今回の展開は、ちいとグズグズじゃな。――

 新聞に連載中の推理小説を読み終えるなりに、ローゼは腰を上げて我が住処へと帰ろうかとしたその時。気配を感じて、振り返ってその相手を見る。それも、冷静に。ローゼの後ろには、ひとりのシスターが立っていたのだ。ニコッと微笑んで、ローゼへと話しかける。

「少しばかり、私とお話していただけませんか?」

「ええ、よろしくてよ」




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