序章 絶望
闇が迫ってくる。全てを呑み込む果てのない闇、実体の無い混沌の邪神の身体だ。混沌の邪神は、この星「エレース」を我が物にせんとする邪神の王の部下である。混沌の邪神は数千年前にエレースに現れ、その強大な力と無敵の身体で着実にエレースを蝕んだ。既に四分の一以上がその邪神の手に落ちている。そんな恐ろしい邪神が、今自分の目の前にいるのだ。銃の引き金に指を掛ける。これが最後の一発だ。指に力を込めた。銃弾が一直線に闇に吸い込まれていく。吸い込まれて、溶けていった。やはりダメだった。
「嘘よね? こんなことって……」
分かってはいた。けど信じられない。足の力が抜けていく。冷たく固い感触が膝に伝わってきた。銃声だけがこの狭い廊下で虚しく反響している。
銃は頼もしい武器だ。どんな武器よりも安全で、扱いやすく、それなのに大抵のものは貫ける。この武器さえあれば、怖いものなんてない。そう思っていた。そう思っていたはずなのに、今では銃がとても頼りないもののように思われる。気づけば闇はさらに近くに迫ってきていた。もう終わりだ。逃げ道なんて無い。
「姫!」
突然、後ろから声が聞こえた。どっしりとした、逞しい声。私はバッと振り返った。鎧を着込んではいるが、見覚えのある人影がそこにあった。
「おじいちゃん!?」
「姫! 何をしておる! 早くこっちに来るんじゃ!」
私は立ち上がり、急いでおじいちゃんの方へ向かった。近づく私の手を取り、おじいちゃんも走り出す。
「でもおじいちゃん、逃げ道なんてもう無いわ。廊下の反対側だって、もう闇に――」
「姫よ、諦めるでない!」
私の言葉を遮り、おじいちゃんは叱るように言った。でも、何ができるというのか。あの邪神には一切の攻撃が通じない。全ての攻撃は闇に呑まれて消えてしまう。それどころか、人も、物も、あらゆるモノがその瞬間に消えてしまうのだ。当然、闇を通り抜けることもできない。
「あれじゃ! 一か八か飛び込むぞ!」
おじいちゃんが指し示す先にあるのは禍々しい闇の渦だった。床の上で音もなく回っている。
「待ってよおじいちゃん! 本当に大丈夫なの!?」
「説明している暇はないが、あの邪神に直接呑み込まれるよりかは可能性がある」
言うが早いか、おじいちゃんは私の手をガッチリと掴んだまま躊躇なく闇の渦に飛び込んだ。されるがままに、私も一緒に吸い込まれていった。
初めまして。燐晃世です。よろしくお願いします。