第二話「アントラクト」
目が覚めれば、それはもう美しい、自分が望んだ、心から望んだ世界。ここは水鏡面之世、枯花参道という鈴の岬へ行くための場所。雲の上にあるこの空島は四つあり、全てが黄色い糸で編まれた道によって繋がっている。中央の島に立つ金木犀は、小柄なあの低木と同じとは思えないほど大きい大木だ。僕は立ち上がって服に付いた草花を払い、地面に膝を着いて僕が起きるのを待っていたルークへと視線を向ける。
「おはよう、ネラ。寝起きの気分はどうだ?」
「問題ありませんよ。現実味はありませんが、心内は晴れましたから」
満足そうに鼻を鳴らし、ルークは赤と青の入り混じった双眸を僕に合わせた。それからにっと笑い、まるで、悪戯ないつかの幼馴染の少年のように僕を押し倒す。涙を流し終え、笑い転げて、ルークの胸に額を当てながら、空っぽな頭の中で思考を巡らしていく。回る地球儀みたいに。
その内、ノイズのかかった現世での記憶を思い出す事を止め、僕はルークと一緒に編んでいた花冠を被った。
「それにしても、大分印象変わったな」
「まあ、無理に演じなくても良くなりましたし」
「俺がたまにそれぶち壊す時もあったけど、もう関係ないんだっけか?」
空を仰いだ顔、視界に晴れ渡っている青空を映してから瞑目する。それから、僕は自分の真っ白な袖を撫ぜながら口角を上げてみせ、金色の木を指差した。
「あぁ、そうだな。…………分かってたけど、代償は必要な物だから、なぁ」
「怖い?」
「いや、君と一緒なら……平気だよ」
黒がかった梅色と形容すればいいだろうか、そんな色彩の髪を靡かせて、暖かな風に身を任せ、赤みがかる巫女装束みたいな服を着て。ルークは楓という名の通り、真っ赤に染まる僕の心を映す鏡のように。
「さ、行こうか」
僕は相対的に、白に変色するペンキを毛先に着けたような髪を後ろで結び、真っ白な瞳を真っ直ぐに向けて。右目を隠す前髪は相変わらずで。
手を取り合い、お互いの体温を感じながら、大木の下、扉を潜った。
瞬間、突発的に、反射的にだが右目へ手を伸ばした。ルークも同じようにして、左目を抑えている。丁度半分、視界が暗闇に落とされた。
段々と、頭に様々な記憶と情景が流れ込んでくるのがわかる。ルークの耳が変形して毛が生え、狐みたいになっていくのが見える。花冠にさしていた、蝦夷菊が真っ白な枯花之道に落ちた。世界と世界をつなぐ道、枯花之道に吊るされた、花々が美しく輝いている。不思議で、神秘的で、それでいて何処か虚しくさせる道。
「大丈夫か、ネラ?」
「痛みは無い、ですよ。このまま進みましょう、酷そうであれば、ハナミさんに診てもらいましょうか」
手は握ったまま、背を向けた扉と向かい側に立つ扉を開く。鈴の岬、空島の集まる地。中央に位置する、同じ金色の大木から、僕達は出てきた。後ろにある大きな館は、鈴の館だ。無事、水鏡面之世界に来られたようだった。
ただ、足が重い。心臓がいつもより大きく脈打っている。
「……ネラ?」
平気、と返そうと思っても、唇は動かずに震えるばかりで。
「ネラ!」
※※※
拒絶、そう取る以外に選択が残されていない。
貴方は選択者と呼ばれている。でも、選択なんて出来やしないだろう。そりゃあ仕方がない、貴方はただの読者であって、観客席でお利口に見ているだけの人間だから。安心して。彼女はこれくらいじゃ世界を離れないから。小説家の部屋に逃げ込めば良い、そうでしょ?
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後々創作用語を集めた用語集を書こうと思っておりますので、それまでは大体こんな感じかな? というので想像していただけると……。
次でこの話は終わりになりますね、一応ですがメタ的要素(読者をキャラクターが認識するような言動)はネラ達と鈴の館に居る司書さんが居るとき位です。その場合読者の方々は選択者、と呼ばれるようですよ。(誰目線なんだろう……)