モンスターの生態系
女神の加護から離れるほど、魔物は強くなり群れを成していく。
それがこの世界の基本ルールだ。
農場の東の平原の情報を、広域探知で集めた結果――
農場から一キロ以内が第一領域、戦闘能力100未満の魔物が三匹未満で出現する。
三キロ以内が第二領域、戦闘能力300未満の魔物が五匹以下の群れで出現する。
クサンゴさんの話だと街などの場合は、第一領域はもっと広いらしいし、街道の場合は狭く、極まれに強力なモンスターが出現する。
女神の加護は施設によって強弱があるので、探索には注意が必要だ。
これから暫くは、第一領域で魔物素材と装備品の収集と強化を行おうと思う。
装備品のドロップは、まともに活動できている冒険者パーティが一年間活動して、二,三回あるかないかの割合なのだそうだ。
それと比べると俺の装備品ドロップ率は、異様に高いと思う。
原因として考えられるのは才能――『強欲な器』の効力もしくは、遊び人とギャンブラーの職業補正の幸運力増加と効果二倍の影響だろう。
強くなる手段がモンスターとの戦闘しかなければ、次の領域に進んで格上の敵と戦いたいが、俺には高確率の装備品ドロップと装備品の強化手段がある。
これがゲームなら早めに第二領域に行って高レベルのモンスターと戦い、より多くの経験値を稼ぎたいところだが――現実に自分の命がかかっているとなると、出来る準備は全部やってから高難易度エリアに挑戦した方がいいだろう。
次の日の探索も、東の平原へと来ている。
機能の広域探知の効力はとっくに切れているので、新しく半径一キロ周囲に魔力を放つ。
「反応は九つか――」
昨日、三匹倒したのだが、また増えているようだ。
混沌と試練の女神『ヘカテルケーレ』がダンジョンでモンスターを生み出しているという話なので、補充されているのだろう。
今回の魔物の反応の九つの内の五つが、一キロ先の一か所に固まっている。
五匹が群れているのだろうか?
第二領域の境だしな――
それに、魔物の生態に絶対の決まりはない。
強いモンスターが女神の結界に近づかないと言っても、その傾向が強いというだけで絶対にありえない話ではないらしい。
俺は慎重に行動することにした。
自分の周囲を『隠密結界』で覆い、五匹の魔物が集まっているポイントに向かう。
広域探知で拾った五つの反応はゴブリンで、農場方向に向かってバラバラに移動している。
その内の一匹は、俺の方にまっすぐに移動してきている。
草原と言っても真っ暗な夜だ。
草木が生い茂っている場所も所々にあるため、完全に視界が開けているわけでもない。かなり近づかなければ、モンスターの姿を視認できない。
魔力による暗視が無ければ、間近に接近されるまで見えないだろう。
五十メートルくらい先でようやく、近づいてくるゴブリンを視界にとらえた。
せっかくだから狩っておくか――
俺は隠密結界を張っている。
ゴブリンには気付かれていない。
近づいてくるゴブリンを待ち構えて、闘気を込めた木の棒で頭をたたき割った。
ドロップアイテムは無し。
魔石を取り出していると、他のゴブリンの反応に異変が生じる。
残りの四匹の内の二匹が、こちらに向かって走るスピードで向かってきている。
「気付かれたか――?」
俺は隠密結界を張り直すと、手や短剣に付いているゴブリンの血をスラ太郎に吸い取るように命じる。
「ゴブリンにしては勘がいいな――ん?」
何か変だなと感じて前方を見ると、二匹のゴブリンが必死の形相で全力疾走する後ろを、一匹の大きなオオカミ型の魔物と、その背中に乗った小柄な犬面の人型モンスターが追いかけ回していた。
「でかいオオカミと――恐らく『コボルト』かな?」
この二匹の反応は広域探知になかったので、範囲外から入り込んできたのだろう。
逃げ回る二匹のゴブリンのうち、一匹がもう一匹の足を引っかけて転ばした。
後ろから追いかけていたオオカミ型のモンスターが、転んだゴブリンに食らいつく、その隙にもう一匹のゴブリンは、その場から逃げて行った。
オオカミの背に乗っていたコボルトが飛び降りて、ゴブリンにとどめを刺し手足を切り取っていく。
その間にオオカミ型の魔物が、逃げたゴブリンを追いかけていく。
しばらく経ってから、オオカミはゴブリンを口に咥えて戻ってきた。
モンスター同士でも殺し合いはある。
領域の境界付近にいたゴブリンを、コボルトとオオカミのコンビが襲撃。
ゴブリンの息の根を止め、コボルトが手ごろな大きさに引き千切り――二匹で仲良く、その肉を食う。
モンスターの生態系か――
強いモンスターから襲われないように、弱いモンスターは女神の結界の近くに移動しているのではないだろうか。
そこで人間を食べたり、より弱いモンスターを捕食して強くなったモンスターは、女神の結界の影響を強く受けるようになり、結界から距離を取ろうとする。
こうして強弱のバランスが取れているんだろう。
あの二匹のモンスターは、エサであるゴブリンに釣られてここまで入り込んでいるが、本来は第二領域に生息しているのだろう。
それが俺の目の前で、隙だらけの姿をさらしている。
――狩るか?
しかし、あいつらから感じるプレッシャーは相当だ。
特にオオカミの方は、俺の三倍以上の体積があるだろう。
前世でライオンや虎と戦えと言われたら、無理ですと即答する。
そいつらよりも大きくて強い敵――
確実に俺よりも格上の相手だ。
だが……
だからこそ、敵の油断をつけるこの状況は千載一遇のチャンスでもある。
不意打ちが決まれば、戦闘を有利に運ぶことが出来る。
格上と言ってもあの白い大蜘蛛のような、どうにもならない相手ではない。
俺は気配を殺して食事中のモンスターに近づく、最初に狙うのはオオカミの方だ。