何者にもなれないまま死んだ
「えっと、異世界転生――ですか?」
俺は自分の部屋の机の上にある、ノートパソコンの画面に表示されている女神を自称する美女の言葉を、確認するように聞き返した。
「そうです。あなたの魂は、転生候補に選ばれました」
「――はあ」
「ですので、これから私の作った異世界に、プレイヤーとして転生して貰います」
「そう、ですか――」
「……もっと喜んでくれるものだと思っていましたが、意外と反応が薄いのですね」
「ああ、いえ、いまいちこの状況に、理解が追い付いていなくて――」
(俺は確か、横断歩道に突っ込んできたトラックにはねられて、そして――)
「はい、あなたはトラックにはねられて死にました。今のあなたは、魂と呼ばれる状態です。あなたと落ち着いて話をするために――その部屋は、一時的に私が構築しました」
(――うおっ、普通に心を読まれた)
「私にとっては造作もないことです」
「えっと、それで俺に話というのは――?」
「切り替えが早いですね。流石は私の見込んだ魂です」
画面越しの女神さま(メルドリアスという名前らしい)の説明によると、日本のレトロRPGゲームをやってみたら面白かったので、自分も異世界を作って、そこにプレイヤーを送り込もうとしているそうだ。
自作の異世界に転生させる魂を見繕い、見込みのありそうな転生体には特別な力を与えることにしたらしい。
その力を確保するために、運命を操作して対象の寿命を縮めたのだそうだ。
「運命力を操作した結果――『ひきこも童貞デブニート』だったあなたは、巻き込まれる予定ではなかった、交通事故に巻き込まれて死んだのです」
そして俺の九十六歳まで生きるはずだった命は、四十六歳で終了し、その縮まった分の運命エネルギーを、俺の魂に応じた特別な力に変えて、転生体に付与されることになるらしい。
なんとも壮大な話だな。
普通に会社に入ってゲームを作る、とかでは駄目だったのかな?
ダメだったのだろう、何せ女神様だ。
自分の格に相応しい、スケールの大きいことをしたかったのだろう。
「ふふっ、あなたは怒らないのですね。他の人は『ふざけんなっ。あんた何様のつもり。生き返らせろよ。人権を無視するな。』等など怒り狂っていましたが――私にとても感謝した感心な子はたった一人でした」
女神メルドリアスはにっこりとほほ笑んで俺に問いかける。
「まあ……もう死んでるのに怒っても仕方がないというか――どのみち、ただの引き籠りでしたし……」
正直に言うと『せめて事前に確認してくれ』という気持ちはなくはない。
引き籠りと言っても、そうなる前まで働いて溜めた貯金はそこそこあったし、家で稼げる作業で、多少の収入は入っていたし――半年ほど前に足を痛めたことをきっかけに食事制限のダイエットを続けて、全盛期と比べて二十キロほど減量し成果を出していたのだ。それでもまだ太ってはいたし、この先の人生に漠然とした不安はあった。しかし、まだ人生を捨てたわけではなかったのだ。
勝手に終らすなよ、と口にしそうになって止める。
俺の直感とか本能とかが、恐ろしさを感じ取って警告を発してくるのだ。『マジでヤバいから、コイツには逆らうな』と、この女神さまを俺は畏れまくっているのだ。
神様というだけあって、人間とは存在の次元が違う。
文句を言ったり、条件を出したりしようとは思えなかった。
少なくとも俺の目の前の神様は、人間ごときの無礼を寛大な心で許容してくれる存在には思えない。
触らぬ神に祟りなしだ。
「それよりも異世界に転生できるんですよね。ゲームのような……えっと、剣と魔法のファンタジー世界に、特別な力を持って――」
俺は話題を変えて、女神様に尋ねる。
「ええ、あなたの魂は『王』になる素質がありました。――私は異世界へと送る魂をランダムに二百六十選出したのですが、その中で『王』になる可能性を秘めた魂は六つだけです。喜んでください、あなたはそこそこのレアものでしたよ」
『王』候補以外の転生者もその魂に応じて、特技やスキルや職業といった才能に恵まれたり、地位の高い家に生まれたりするそうだ。
「ですが少し、イレギュラーが発生しました」
女神メルドリアスの創造した世界に送られる予定の転生者は、俺を含めて二百六十二人になるらしい。ランダムに選ばれたのが二百六十人で、後の二人は?
「二人の、女子高生です」
その女子高生というのが、俺と一緒に事故で死んでしまった子達らしい。
正確にはその二人はそこで死ぬ運命だったらしく、その二人が死ぬ運命に、俺がお邪魔してしまったそうだ。
「その二人とあなたの運命の糸は、複雑に絡まり合ってしまいました。転生先でもすぐ近くで生きていくことになるでしょう。――気が向いたらでいいのですが、その二人のことを守ってあげて下さい」
気が向いたら――か、どうやら強制ではないらしい。
(まあ、気に掛けるくらいはしてやるか――)
転生者は全員が同じ年に生まれることになる。
そして、ある程度成長してから、自分の前世の記憶を思い出す。
そういう仕様になっているそうだ。
赤ん坊の時から能力を鍛える。とかは出来ないわけだ。
非力な幼児時代をスキップできると考えれば、むしろ良いかもしれない。
少なくとも前世の記憶が戻るまでは、死ぬことは無い。
女神による俺への説明はここまでだった。
後はこの部屋のドアを開けて外に出れば、俺の魂は異世界に送られる。
自分のタイミングでドアを開けるように言い残して、ノートパソコンの画面から女神が消えた。
俺は暫らく、自分の考えを整理していた。
考えがまとまると、俺は椅子から立ち上がり部屋の扉の前に移動する。
ドアノブに手をかけ、覚悟を決める――
これまでの自分の人生で、俺は何者にもなれなかった。
そんな俺が転生して、何をしたいのか――
定番だが――やっぱり一番はハーレムだよな。
好きな小説に『奴隷ハーレム』ものは、何作かあるし――
それと、強くなって冒険者になりたいし、金儲けもしたい。
うわべを取り繕わずに欲望に正直になれば、結局のところ金、女、暴力。
「まあ、そうなるか。うん、俺が異世界で目指すのは――何かの王になれるのなら、俺は『ハーレム王』になる」
俺は欲望と決意を胸に、異世界へのドアを開いた――。