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兄弟喧嘩

今しがた護衛を納得させ、ようやく普通に街を探索出来ると思っていたのに、何かがおかしい。絶対に、何かがおかしいのだ。


そう訝しながら、ついさっき買ったアイスを舐める。座れる場所が見つからなかったので、立ち食いだ。


公爵令嬢がはしたないと注意する人など、ここにはどこにもいない。そのことに感激を受けて、危うく涙が出るところだった。って、違う。不本意にも思考がズレてしまった。とにかく、私が言いたいのは……


隣で私と同じように感激を受けているレイ兄様には悪いけれど、私は責めるようにレイ兄様を呼ぶ。


「レイ兄様」


「…どうした? …ぷっ」


私に呼ばれたレイ兄様は、振り仰いで私を見るなり吹き出した。


「あっ、やっぱり! 何かあるのね!?」


「いや、口の周りにアイスが付いてるから」


「え、嘘」


「ほら、これ使って」と、レイ兄様に差し出されたハンカチをありがたく受取って、口の周りを拭う。

そして、ハンカチは洗って返すためにポケットに入れ、ズレてしまった話題を戻す。


「ねえ、やっぱりおかしいわ。何か――」


「うん。だね」


知っているんでしょう? と尋ねようとすると、レイ兄様の言葉によって遮られた。それも想定外の返事で。


「…え? てっきり最初はとぼけるのだと思ってたわ」


きょとんとして思っていたことを言うと、レイ兄様は心外だと言わんばかりに肩を竦めた。


「僕も知らないのに、とぼける必要なんてないじゃないか」


「えっ、レイ兄様も理由を知らないの!?」


確認のために周りを見回すと、近くを通りかかった通行人と目が合い、その人はやはり驚いたような顔をしたあとに、にっこりと笑みを浮かべる。その様子を見て、私は困惑しながらも再びレイ兄様に向き直った。


「じゃ、じゃあ、私を見た街の人みんなが毎回あんな反応をするのはどうしてなの!? もしかして、もう私が公爵令嬢だと気づかれちゃったのかしら!?」


「うーん、それはないんじゃ? そうだとしたらもっと驚かれると思うけど」


それもそうね、とレイ兄様の意見に頷き、私は顎に手をあてて唸る。そしてしばらく2人で思考していた中、あ、とレイ兄様が先に声を上げた。


「サングラスのせいかも?」


「えっ、サングラス? これがどうしたの?」


不思議に思いながらも、試しにサングラスを外そうとすると、レイ兄様に手首を掴まれ止められた。


「さっき、護衛の様子が少し変だったのを覚えてる?」


ああ、作戦を実行してるとき、私が話しかけたら体を強張らせたことね。


「ええ、私の『天使の皮を被った悪魔』って異名があるからでしょう?」


「あれは笑いをこらえていたんだよ」


「…えっ?」


私は意味がわからず目を丸くすると、レイ兄様は真剣な表情でもう一度言う。


「笑いをこらえていたんだ。アイシャのサングラス姿が可愛くてね」


「……」


嘘でしょ。緊張していたからじゃなかったの!? じゃ、じゃあ、街の人の様子が変なのも…? って、違う!


「なんでもっと早く言ってくれなかったのよ! 手を放して!」 


レイ兄様に掴まれていた手首をぱっと振り払うと、サングラスをすぐさま取る。


何度やめてと言っても、レイ兄様はこうやってすぐにからかってくる。いくら大切に思ってくれているとしても、私としてはもう我慢ならない。だから、やっぱり、こういうときは…


――逃げるが一番よね!


「あ、アイシャ、僕は――」


「弄ばれてた私はさぞかし滑稽だったでしょうね! もう知らないんだから!」


オドオドしながら弁明しようとするレイ兄様を遮り、睨みつける。レイ兄様がビクッと固まった隙を狙い、私はダッと人混みに向かって走った。


「アイシャ!!」


みんなごめんなさい。逃げるのはこれで二回目だけど、やっぱりこれ以上の得策はないと思うの! …ああでも、また家族に心配をかけるなんて、私は不孝行な娘ね…


◇◇◇


「…撒いたわね。ふぅ…あと3…いや10分経ったらレイ兄様のところに戻ろう。きっと大騒ぎにするだろうから」


偶然見つけた細い路地裏で、私は息切れを起こしながらその場に座り込んだ。


「…少しやりすぎたかしら。でも…きっとこうでもしないと、レイ兄様は私をからかうのを辞めないわよね…そういえば、アイスを落としてきてしまったわ、もったいない…」


そう独りごちると、私は目を閉じて10分を数え始めた。


あと5分…4分55秒…というところで、目の前が急に暗くなる。正確には、目を閉じているから元々暗いけれど、光が何かに遮られた気がしたのだ。


嫌な予感がしてそっと目を開けると、そこにはガラの悪そうな大男が4人いた。


「へっ、やっと見つけたぜ、嬢ちゃんよぉ。この前の借りをきっちり返してやろうじゃねえか」


「…?」


ただレイ兄様に反省してほしかっただけなのに、どうしてこうなってるの!? ってかこの人たち誰っ!?

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