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チョコレートは親を救う

ふと周りを見ると、いつの間にか私達は2人で取り残されていたらしく、扉の前に立っている聖騎士を除いては誰もいなかった。ちらほら視線を感じると思ったら、私を護衛している影ではなくその聖騎士の視線だったようだ。


…あ、完全に周りを見失っていたわ。うぅ、聖騎士さんも早く休みたいだろうに申し訳ない…


私は謝罪の意味を込めて聖騎士にお辞儀をして、お父様を連れてそそくさとその場を去った。そして神殿の外に出ると、ようやく一息をつく。


や、やったわ! 私が全属性が使えるということが露見するのを覚悟してきたけど、どこかの貴族が水晶をすり替えてくれたお陰で助かった! それにハーレン伯爵令嬢についてのことも知れたから、大変な1日だったけれど良い収穫もあったわね…


でも…うーん、大丈夫かしら。今こんなに運が向いてしまったら、この先大変になるかもしれないじゃない。よし、例え私の運が良くても、絶対に付け上がっちゃダメだからね、アイシャーナ。


外に出たは良いものの、私がからかったことで拗ねているお父様と、思考している私の間には全く会話がない。そんな沈黙を破ったのは、私…のお腹の音だった。


ぐぅぅぅ


…そうよね、もう1時だものね。当然お腹も空くわ…だけど、なんで人前なのよ!…穴があるなら入りたいわ…せっかく公爵令嬢らしく振る舞っていたのに。


「な、なんてことだ! アイシャ、どうしてお腹が空いたのを黙っていたのかい!? 何か食べ物は…」


先程まで拗ねていたお父様はどこへ行ったのやら、今は何か食べられるものはないかと己の服のポケットをくまなく探し初めた。


「うぐっ、お父様…心配してくれてるのは分かるけど、デリカシーがなさすぎるわ…」


それに、服のポケットに偶然食べ物が入ってるわけがないじゃないの…


「えっ、ベルにも何度か同じことを言われたことがあるのだが、私はそんなにデリカシーないのだろうか!? …ん? おっ、ほらアイシャ、チョコレートが見つかったぞ! 少しは腹の足しになるだろうから食べなさい!」


「…やっぱり、お父様にはデリカシーというものがないわ……ええ!? というか、どうしてチョコレートを持っているの!? そういえばレイ兄様も常に持ち歩いていたわね…貴族の間ではチョコレートを持ち歩くのが流行りなのかしら!?」 


「ハハッ、公爵になるとこういう勘がよくなるのだよ」


どうやら私の言葉を褒め言葉だと受け取ったのか、お父様は自慢気に胸を張る。


公爵になると未来予知も可能になるということ? …なんとも末恐ろしいわね。まっ、いいわ! チョコレートは私の好物だもの!


お父様から受け取ったのは小さなチョコレートで、あまりお腹が満たされた気はしなかったけれど、流石高級チョコというだけあって美味しかったから良いのである。



「…ねえお父様、質問があるのだけど」


「どうした? 何でも言ってみなさい」


「流石にお父様でも、嫌いだからって人を連れ去ることはないわよね?」


ニコリと笑ってそう問いかけると、私が何を言いたいのかわかったのかビクリと肩を震わせた。


「あ、当たり前だろう? そ、それよりも、ベルとアイシャは本当に似ているな! その笑顔は、ベルが怒った時に浮かべる笑顔と瓜二つだよ! はは、はははは」


「そうよね? よかったわ。まさかエドを帰らざるを得ない状況にして、無理やり出て行かせたなんて、そんなことをお父様がするはずがないわよね」


「み、見ていたのか!? いや、あ、あれはただあいつ…殿下がお腹を壊しだようだったからだな…城に帰ったほうが良いと思って…」


かまをかけただけで、実際には見ていないのだが、私はお父様の言葉で大体のことの経緯を把握した。


エドがいないと思ったら、思った通りお父様のせいだったのね…


推測が合っているのであれば、恐らくお父様が隙を見て、王太子の体調不良を口実にエドを城に追い返したのだろう。


「…お父様、私は自分の道は自分で決めるわ。誰かに振り回されたりしない」


私が親が子を論するような口調で話すと、お父様は力なく笑った。


「…ああ、知ってるよ。お前は振り回す側だからな」


「えっ?」


なんだか私が論しているのに、嫌味を言われた気がしたのだけれど、気のせいよね? …まあ、今は見逃してあげるわ。


「ごほんっ、だから、お父様がエドを警戒する必要はないのよ。だって、私が嫌だって言えばこの婚約だって解消できるのよ。お父様のお陰でね」


「だが…子を見守る親としては複雑なのだよ……あいつに流されてしまったら、お前は国を背負うことになる」


「心配しないで! 私は自分が背負える限度をちゃんと分かっているわ。もし私が国を背負うことになっても、それは私が背負えると判断したからだわ」


「…わかった。お前に任せるよ。ああ、私は妻だけではなく5歳の娘にも尻に敷かれてしまったよ」


その声は少し寂しそうだったけれど、どこか誇らしげで、私はそんなお父様に抱きついた。


お父様は子供っぽくて、堅物で、デリカシーがないけれど、これだけは言える。


「お父様、一生大好きよ!」 


愛を知らなかった私に、愛を教えてくれた人の一人だということ。

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