デジャブ
「…あれ? そういえば、お父様がこのことを知っているということは…」
「ん、ああ、近頃妙な動きをしている貴族がいるから調べてほしいと言われていたんだ。最初は断ろうとしたんだが…アイシャに関することかもしれないと言われて仕方なく、本当に仕方なく引き受けたんだよ。案の定その通りだったが、実行に間に合わなかった…」
なるほど、私の鑑定式を観に来る気満々だったお父様が、「アイシャ、ごめんよぉ。お前の鑑定式についていけなくなってしまった…」と突然言い出すから不審に思っていたのだけれど…結局のところ私に関してだったなのね。
「なら、国王陛下が私を愛し子候補に仕立てたがっているというのはどういうこと? 私はそんな話聞いたことがないわ」
私のことについて話が出ているのに、それを私が聞いていないということは…まあ、どうしてかは大体想像がつくわね。
気まずそうに目を逸らすお父様を横目に、エドが代わりに答えてくれた。
「やっぱり聞いていなかったんだね。公爵が断ったのさ、即座にね。そのことで父上が相当参っていたよ」
「…なんだか、私の父が迷惑をかけてごめんなさい…」
エドにも国王陛下にも申し訳なくなって頭を下げると、お父様が慌てた様子で止めに入ってくる。
「えっ、アイシャ!? お前が謝る必要はこれっぽちも――」
「いいえあるわ。もちろんお父様もね! きっと国王陛下のお人柄だと、家族を選ぶか国を選ぶか決断するのに心を痛めたはずよ。どうして何も言わずに私を愛し子候補に仕立てれば良かったものを、お父様に意見を求めたと思う? きっとそれは、国王陛下が優しい方だからでしょ?」
「でもそれは、アイシャとの破談を恐れたからなんじゃ…」
ベラベラと喋る私に気遅れしたのか、反論するお父様の声は弱々しい。
「そのことがあったとしても、そこに配慮が無かったわけではないはずよ。それなのにお父様はその配慮を無下にしたの。これでも謝る必要がないと言えるかしら?」
「…すみませんでした。家族のことに関して神経質になっていたようです」
頭を下げるお父様を見て、エドは何も気にしないで、と語るような慈悲深い笑みを浮かべた。
「頭を上げて、公爵。僕は当事者でもないしね」
うーん、流石エドね。表情も顔も優しいのに、どこか上に立つ者としての威厳があるわ。
そんな私の感動はよそに、エドにそう言われたお父様はすぐさま顔を上げて、私を見せつけるように抱きしめた。そしてキッとエドを睨む。
「…娘を渡したくないという意思は変わりませんからね」
なんてこと、あんなに言ったのに全く反省している様子がないのだけど!? …私って怖くないのかしらね。…まあ、これでこそお父様だというのは否めないけれど。
「ハハ、手強いね。でもそれは公爵の意思であって、アイシャの意思ではないだろう?」
「…左様ですか。では捨てられぬよう頑張ってください」
わあ、す、凄いわ…バチバチ聞こえそうなほど火花が散っているわよ…
実のところ、いつかは2人が仲良くなる日もくるだろうという希望を持っていたのだが、そんな希望的観測は今のうちに捨てたほうが良いのかもしれない。
…いや、もしかしたら仲がいいから喧嘩が多いのでは? 喧嘩するほど仲がいいとよくいうものね。
「仲良くしているところ悪いのだけど、早く戻ってもいいかしら? 私も他の人が鑑定しているところを見てみたいの」
ここは神殿を出てすぐ横のところだから、今行けばまだ間に合うはずよね。でももうそろそろ昼食の時間だし、なんだかお腹が空いてきたわ、どうしよう…
「な、仲良く…? アイシャ、決して仲が良いわけではないからね! というか、なんでそう見えたんだい!? とにかく、絶対にこの青二才を信用しちゃダメだ!」
青二才…青…青汁…野菜…
「うーん、野菜をお願いしようかしら?」
「アイシャ!?」
「ん? あれ、お父様も食べたいの? わかったわ、野菜で決まりね! エドはどうする?」
「いや、ちょ、ま、待て、そういうわけじゃ――」
「うん、僕もお願いしてもいいかな。長引きそうだし」
「ふふっ、任せてちょうだい! エリーが近くに居るはずだから頼んでくるわ! 先に神殿へ行って待ってて!」
そう言い残してエリーが居るであろう方向へ走り出すと、後ろからすがる声が聞こえた。
「うぅ、アイシャ…お父様は無視かい…?」
「大丈夫よ! ちゃんとお父様の分も頼んでおくから安心して!」
「そうじゃない…」
あら? もっと気落ちしてしまったわ。野菜は嫌だったのかしらね? むむ、前から思っていたのだけれど、お父様は子供なの? まあいいわ、他の軽食も頼んでおきましょう。
「…大変だね、公爵」
「はあ…お前に私の気持ちが分かるものか」
◇◇◇
エリーに軽食を頼み終わり神殿に戻ると、丁度最後の子の鑑定が終わってしまったようで、次々と人が席を立っている。
残念に思いながらも、また来年もあるのだから、その機会に訪れればいいと己を励ます。すると、ドタドタと外から足音が聞こえてきて、またもや勢いよく扉が開く。
「た、大変です筆頭神官様! 大至急ご報告が!」
あ、あら? あらららら? なんだかこの光景見たことがあるわよ? …それより私の鑑定を担当したあの神官様、筆頭神官様だったのね。
「…どうしましたか? 何か問題でも?」
筆頭神官様は疲れているようで、笑顔で答えようとしていたのだろうけど、口元が引きつっていた。
まあそれはそうよね…ただえさえ私の鑑定式のこともあったから、心労が絶えないはずだもの…
「それが…! ハーレン伯爵令嬢が触れた途端、鑑定具が壊れたそうです!」
「え ゛」
……。
「「「また??」」」
この今の息のピッタリさは、私が今まで聞いた中で最高傑作と言えるだろう。これは別に現実逃避しているわけではない。断じて違う。どうか、疑わないでほしい。
そのハーレン伯爵令嬢が触った水晶って、神聖力を宿していますか?




