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一難去らずにまた一難

水晶が壊れるという異常事態にその場に居合わせた人々は唖然として黙った。しばらく沈黙が続いた後、そのうちの1人が感激したように声を上げる。


「い、愛し子様だ!!」


「へっ?」


ちょっと待って…愛し子って私のことを言っているんじゃないでしょうね!?


私が愛し子だという言葉を聞いたこの場のほとんどが、互いにチラリと視線を周りと交わし、やがてひそひそと話し始める。


「愛し子様なら神具が壊れるのも納得だ…」


「女神リアナ様の愛し子様の能力を神具が測れるわけがないものね…」


「流石は愛し子様…」


違うわ、単なる偶然で壊れてしまっただけなのに! ぐっ、こういう時はお父様を頼るのが良いのだけど…あいにく国王陛下から任された仕事があるみたいで来れなかったのよね…


レイ兄様は学園に入る準備で忙しいだろうから、無理しなくて来なくてもいいと伝えたのだけど…何故か悲しまれたわね。


私とレイ兄様の話を聞いていたお母様は「まあ、そんなに2人きりで居たいのね…私も行きたかったのだけど…アイシャの意思は尊重すると決めたもの、わかったわ」なんて変なことを言っていて、結局私の鑑定式について来た知り合いはエドしかいない。


はあ…仕方ないわ、私1人の力でこの場をやり過ごさないと。私はウィステリア公爵家の娘なんだから。


私は落ち着いた表情と声を意識して口を開いた。


「皆様、この出来事は偶然である可能性も、必然である可能性もあります。まだ私が愛し子だと決まったわけではありませんので、ひとまず落ち着いていただけますか」


まあ、私が愛し子のはずがないのは自分が一番よく知っているんだけどね。私は恵まれていているけれど、平凡で何の変哲もない普通の…


そう考えたところで、突如激しい頭痛に見舞われた。


ズキッ


うっ…どうしてこんなに突然…

 

幸い痛みは顔に出ていなだろうが、気を抜いたら意識を失ってしまいそうだ。このままじゃ危険だと考えた私は、気を紛らわすためのものを求めて周囲を見回した。


そして幸運にもある光景を見て、頭痛を紛らわすことに成功した――が、別の意味で頭が痛くなる。


な、な、なんでエドを除いた全員がひれ伏してるのよ!? え、落ち着いて欲しいって伝えたわよね? ひれ伏すのが落ち着いている人の行動だと言えるかしら!?


どういう状況なのかと問うように、いつの間にか端に移動していたエドに視線を送るが、困ったように眉を下げるだけだった。


バーン!


そんな状況下で、今度は勢いよく正面口の扉が開いた。


今度は何なの――って、お父様!?


「アイシャ! 無事か!?」


「…お父様? どうしてここに?」


私の問いかけに、お父様は顔を険しくさせてひれ伏している人々を見やる。


「…一足遅かったか……」


…『一足遅かった』? お父様、なにか知っているのね?


エドも私と同様にその言葉に引っかかったのか、ツカツカとお父様との間合いを詰めた。


「先程ぶりだね公爵。ところで、アイシャの鑑定式に突然乱入したのには事情があるのだろう? 天下(・・)の公爵が大事な娘にとって一生に一度の鑑定式を事情もなしに乱すような、そんな見苦しい(・・・・)ことはしないだろうからね。ぜひともその事情を聞かせてくれないかな」


…うん、相当皮肉がきいているわ。意外とお父様のこと根に持っていたのね…


しかし、だてに公爵と言うだけあって、お父様はエドの言葉に一瞬顔をしかめるだけだった。


「…場所を変えましょう」


◇◇◇


「つまり王室に忠誠を誓っている貴族の一派が、アイシャを愛し子に仕立てようとしていたと?」


「…その通りです」


お父様が肯定すると、エドは深い溜め息をついた。


「色々と面倒なことになりそうだな…」


お父様の話を省略するとこうだ。


1,国王が私を愛し子候補に仕立てがっている――と言う有無を一派の貴族が知った。


2,それを知った貴族達は、国王の意思に関係なく私を愛し子に仕立てる計画を進めた。


3,貴族達は鑑定に使われる神具を、触れるだけで光る魔導具にすり替えた。


4,何故か魔導具が壊れる。


確かにこれが本当ならば、あの水晶に神聖力を感じ無かったのにも十分納得がいく。


うぅ、ちょっと外れはしたけれど、私の推理は大分合っていたのじゃないかしら…なのにこのことを公表することが出来ないなんて、やっぱり世の中は理不尽だわ…


貴族の威厳を守るためにも、水晶がすり替えられていたという事実は伏せなければならない。つまり世間からの私は、神具を壊すほどの力を持っている愛し子…もしくは神具を壊した不吉な子ということになるのだ。


「…私が壊したのは魔導具であって、神具ではないのに…」


「…アイシャ、魔導具を壊すのも普通じゃないぞ」


「それこそ偶然なのでしょう?」


「それが偶然だとは思えないから言っているのだが…」


ええ? 逆に偶然以外何があるというの? でもまあ、本当のことを知る必要も無いものね…何を思うのかは任せるわ。


はあ…一難去ってまた一難なんて、甘い状況なのだわ…だって、一難さらずにまた一難はそれよりも倍以上疲れるのだから…

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