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誰かのために

「エド、ついにこの時が来たわ」


私が深刻な顔をしたのを見て、エドは呆れた様子で言葉を返してきた。


「…君がそういう顔をした場合は大体、どうでもいい事か深刻すぎる事が起きる時なのだけど、今回はどっちなんだろうね」


まあ、なんてことかしら。私はどうでもいいことなんて、言った覚えはないわよ。でも感じ方は人それぞれだから、きっとエドにとってどうでもいいことを私は言っていたのかもしれないわね。


うぅ、ということは、エドは今まで私のどうでもいい話に嫌な顔をせず付き合ってくれていたのね…申し訳ないし、それに気づけなかった私が憎いわ…これからは気をつけなきゃ。


そう思ったけれど、私はとあることに気づく。エドは有能な男の子で、何を考えているのか全く読ませてくれない。ということで、エドが何に対して『どうでもいい』と感じるのか、全く知らないのである。だから気をつけたところで、何かが変わることは無いかもしれないということ。


これは難題ね…


「…大丈夫なはずよ」


私のその信憑性の低い答えを聞いたエドは、「大丈夫って何?」とでも言いたげな顔をしてきたが、それでも何も言わず私に付いてきてくれた。


むむ、そこまで聞き分けが良いと、いつか誰かに連れ去られてしまうわよ…(経験談)。


エドを心配な目で見詰めていると、そんな私に気づいたらしい。


「…何を考えているのかはわからないけど、アイシャが変なことを想像したということは分かるよ」


と言われてしまい、確かに王太子を連れ去るなんてことが出来るほど肝が据わっている人なんて、そうそう居ないわね――と考えを改める。


そしてエドは黙り込んだ私を見かねたのか、ニッコリと笑顔を顔に貼り付け尋ねてきた。


「で、どうしたの? 出発するまであまり時間がないのに」


「見せたいものがあるだけなの。それに準備も終わっているから、鑑定式には間に合うはずよ」


――今日は鑑定式がある日だ。


先日5歳の誕生日を迎え、ついに私の運命を左右するであろう日になってしまった。


うーん、私が4属性を持っていることが知られてしまうけれど…エドも4属性持ちなのだから、問題ないわよね! 4属性持ちは希少で、200年に1人しか現れないという話はデタラメだったのかしらね? 


などと思っていると、私は目的地に着いたことに気づいて、ピタリと止まる。

すると、白い影が勢いよく飛び込んできた。その影の正体を知っていた私は喜んでその影を受け止めた。


「シルア! ひさしぶり! 元気にしてた?」


「ワン!」


久しぶりの再会にしばらくじゃれ合っていると、肝心なことを思い出す。


「あっ、ごめんねエド、この子はシルアよ。覚えてる? 私たちが初めてあった日に、家族には内緒の犬がいるって話したのを」


「.........うん、もちろん覚えているよ。君とのことは全て覚えているからね。ただ......アイシャ、犬だと言うには、結構な無理があるよ...」


「…やっぱりそうよね」


シルアは、大きさこそ小さいし犬の見た目をしている。けれど普通の犬と言うには尻尾が長すぎるし、何より頭にアクアマリンのような色の小さな石がついているのだ。


「家族に知らせていないのは、兄君の為だとあの時は言っていたけど…こっちが本当の理由か」


「…公爵家の近くに聖獣がいると知られたら、敵が多いお父さまはまず間違いなく反逆を疑われるわ。存在を知ったら、みんなは公爵家の安泰のためにも、シルアを王家に引き渡さなければいけなくなってしまうのよ…」


けれど、私が初めてシルアを見つけた時、シルアはボロボロだった。そして明らかに人間を怖がっていたから、何か酷いことをされていたのだろう。だから元気になって、人間への恐怖が薄れてから存在を明かそうと思っていたのだ。


全てを話し終わると、エドは聖獣の存在を隠していた私を責めるわけでも怒るわけでもなく、ただ真剣に受け止めてくれた。


「…家族に余計な心労をかけたくなかったのだね。今僕に明かしたということは、聖獣を引き渡す準備が出来たということかな」


その言葉に、私はしょんぼりと頷いた。


「…ねえエド、私が見つけたことはひみつにしてほしいの」


きっと何も説明をしなくても、家族は私がこれまで聖獣を匿っていたことを察するはず。自意識過剰かもしれないけれど、私が隠し事をしていたことにみんなは傷ついてしまうかもしれない。


「本当にアイシャは家族思いだね。安心して、公爵家が不利になるようにはしないよ。僕の大事な婚約者の願いでもあるからね」


…エドはどうしてこんなにも優しいのかしら。大変になることは知っているはずなのに、そんな様子は見せずに笑ってくれるなんて。


「さ、そろそろ戻らないと鑑定式に遅れてしまうよ。でも、流石にその格好じゃ戻れないね」


そう言って、エドは私のドレスに付いてしまっていたシルアの毛を風魔法で取ってくれた。


「ありがとう、エド」


「どういたしまして。僕はいつでもアイシャの味方だからね」


どこまでも優しいエドに、私は胸がいっぱいになる。形式上の婚約者なのに、優しすぎではないだろうか。



私はこの時、改めてエドの幸せのために頑張ろう、と心に決めたのだった――例えそれが、私の幸せではなくても。

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