???の誘い1
「お嬢様、またあの虫が訪ねてきていますが、追い返しましょうか?それとも追い払いましょうか?」
…エリー、最初から一つの選択肢しかないじゃない。
私はそうエリーに声をかけられ、読んでいた本を閉じた。
エリーはメイド長の娘で、現在16歳だ。特徴があるとすれば、私への忠誠心が些か高すぎること。
理由は簡単で、不治の病に伏してしまったエリーの母であるメイド長を、私が神聖力で治したからである。
その日からのエリーは、あからさまに私をキラキラとした目で見てくるようになったから、間違いない。
「…言葉ずかいに気をつけてね、エリー。だれに対しても虫と呼ぶのは良くないわ。それと、お通ししてちょうだい」
「…かしこまりました」
少々不満げだったけれど、エリーはそう言って私の部屋を出た。
「はぁぁ…」
一人になった私は、思わず額を抑えてため息をついてしまう。
だって…あの日私が初めて登城した以来、エドが週に一回ここへ訪ねてくるようになったのだから。
始めは前触れがあったのだけど、「週に一回遊びに来るね」と言われてしまってからは全く無い。
「頻度を減らしてほしい」とお願いしても「週に一回来ると約束しただろう?それに婚約者なのだから当然のことだ。」と言い張られる。
言っておくけれど、エドが一方的に宣言しただけで、約束はしていない。
2年くらい経った今でも欠かさずに週に一回訪問してくる執念は褒めるけれど、こちらのことも考えてほしい…
なんて言ってやりたいけど、エドが訪れる日時は何故か私のスケジュールが空いている時なものだから、言うことが出来ずにいる。やり手だ。
ということで、こちらもおもてなしは最低限にすることにした。エドが訪ねて来てもドレスは普段着で迎え、応接室か庭に案内して茶を用意するだけ。毎回盛大なおもてなしをしていたら、予算が半端なくなる。
暇な時は一緒に書庫で過ごすこともあるけれど、まあどうでもいいだろう。
それならどうして疲れるのか。それは…
「やあアイシャ。一週間会わなかっただけでこんなに綺麗になるなんて、将来が心配になるよ」
あ、来た。
「エド、あなたが私を女の子として見てないのは知っているけど、部屋に入るのならノックはしてよね」
「…どうしてそう決めつけちゃうかなあ?でも、ノックはしたさ。返事はなかったけどね」
「えっ、そうなの?それはごめんなさい」
ノックしていたなんて、全く気づかなかったわ。
いや、返事がなかったら入ってこなければいい話ではないかしら。
まあいつものことだし気にしないでおこう。
私がエドの訪問に不満を持っている理由、それは、距離が近いこと。物理的にもね。
そんなに私を王家に留めておきたいのか義務だと思っているのか、この王太子は私の前だとプレイボーイみたいになる。
可愛いやら綺麗やらの美辞麗句は当たり前で、いつも私の真隣を陣取っているのだ。
頑張っているエドには申し訳ないけれど、あしらうのが面倒くさい。
それに、演技のはずなのに、本気のように感じてしまう時があるから、私は少々振り回されてしまう節がある。
演技なのか、素の性格なのか…いや、思えば最初から距離が近かったから、素なのかもしれないわね。
「私はあなたをこんな風に育てたおぼえはないわ…」
「うん、一緒に育ちはしたけど、君に育てられたことはないからね」
あら、確かに子供を育てるのは親の特権だものね。
ここは譲るしかないわ。
「それより、『こんな風』ってどういう意味だい?」
わ、わあ、顔は笑っているのに、目は全く笑っていないわ…
だけど、そんなことで怖気づく私ではないのよ。
「もちろん、エドのたいどのことよ。いつの間にこんなにも女の子をふり回すのが上手になったの?」
いつも通りに憎まれ口を叩いたつもりだったのだけど、何故かエドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。
えっ? もしかして傷つけちゃった…?
「ご、ごめん…傷つくとは思って─」
「振り回されていたの?君が僕に?本当?」
そう言ってきたエドは、珍しく食い気味のようだ。
「へっ?うん、演技のはずなのに本気のように見えるから(婚約解消する決意がゆらいでしまって)、困っているのよ。だからこれからは…」
ちゃんと距離をとって欲しい、と言おうとしたのに、急に体を引き寄せられて言葉を塞がれる。
「え、エド?」
…え?どうして私、エドの腕の中にいるの?
「よかった…振り回されているのは僕だけだと思ってた…」
「…?それはどういう…」
意味が理解できなくて聞き返してみたけれど、私を抱きしめる腕の力が強くなるだけだったから、独自の解釈をすることにする。
いつも私のほうがエドに迷惑をかけているから、ちゃんと仕返し出来ていることに安心したのかしら。
きっとエドは、安心した時に人を抱きしめるのが癖になっているのね。やっぱり、まだ子供だわ。
あれ?それならいつも距離が近かかったのは、仕返しのためだった?
随分と根に持つタイプの子供ね。
そうは思っても、どうやら私はエドに甘いらしく、どこか弱々しげだった彼の腕を振り払うことは出来なかった。
これは本当に子供同士の会話なのか…?




